袴田茂樹(新潟県立大学教授)

 プーチン大統領は6月19日、北方領土問題に関し「全ての問題は解決可能」と発言し、わが国の期待を高めた。6月24日、安倍晋三首相と大統領が電話会談をし、一部マスコミは「プーチンの年内来日確認」と報じたが、公式的には「確認」とは発表されていない。ただ、日本政府はこの件では米国と対立してでも、プーチン大統領の年内訪日を実現しようとしている。今日の国際情勢の下、この対露戦略は正しいのか。

北方四島の軍備は日本向け


 独でのG7サミットが終わった6月8日に、露のショイグ国防相は極東を視察し、択捉、国後などの軍備建設速度を2倍にするよう命じた。これについて主要露紙は「国防相がクリール守備隊にこれほど注意を払っているのは、日本による島の返還要求や軍事費増額と関連している。…必要なら軍事防衛するつもりの南クリール(四島)の帰属問題については、露は以前と同様、日本との交渉は望んでいない」と報じた(『独立新聞』6・10)。露が四島への最新軍備配備を「日本向け」と報じたのは初めてだ。このような露の力の政策に対し、欧米は最近対露姿勢を一層厳しくした。

 米国は東欧・バルト諸国の要請に応じ、大量の戦車や重火器を7カ国に配備すると決定した。一方、6月16日、プーチン大統領は新型大陸間弾道核ミサイル40基の年内配備計画を発表した。

 独など欧州連合(EU)は6月17日、対露制裁を半年延長すると決定。また今年2月と6月、北大西洋条約機構(NATO)は緊急即応部隊を1万3千人から最大4万人に増員すると決めた。5月にケリー米国務長官が訪露しプーチン大統領やラブロフ外相と会談した後、米露や欧露の緊張関係はむしろ強まった。

 欧米諸国は、露によるウクライナや周辺国への軍事介入を阻止するには、対話やミンスク合意だけでは不可能と結論し、抑止力強化を真剣に考え始めた。

領土棚上げがロシアの本音


 この状況下で、日本政府の対露姿勢は一見逆向きに見える。確かに中国や近隣諸国との緊張関係を考えると、長期戦略として露との良好な関係構築は重要だ。しかし北方領土問題を抱える日本としては、露による他国の主権侵害に対して、本来はG7の他の国以上に、はっきり批判すべきだろう。

 主権侵害問題で明確にシグナルを出さないと、将来、尖閣問題を「日中間の琉球問題」にエスカレートさせかねない。つまり露に対しては長期戦略としては安定を目指すが、個別問題では必要に応じ厳しく対応するという、メリハリの利いた高等戦略が必要なのだ。

北方領土返還要求全国大会であいさつする安倍首相(中央)
=2月7日午後、東京・日比谷公会堂
 安倍政権がプーチン大統領訪日に拘(こだわ)る目的は、(1)北方領土問題の解決(2)中露の接近阻止(3)安倍・プーチン信頼関係の保持-だろう。その現実性を考えたい。

 まず(1)について。第2次安倍政権になって、日露首脳間の信頼関係や政治・経済関係が過去最良になったときも、領土交渉はパフォーマンスだけで1センチも進まなかった。最近、ロシア外務省付属国際関係大学教授で日本問題の権威であるストレリツォフ氏と討議をしたが、彼は「交渉は単なるパフォーマンスで、領土問題の解決は不可能」と断言、そしてプーチン大統領が領土問題で対日譲歩したら政治的自殺になるとして、領土交渉を数十年あるいは無期限に凍結(棚上げ)すべきだと主張した。

 これは露側の本音だ。冒頭に紹介したプーチン大統領の「解決可能」発言だが、彼は、「露だけでは何もできない。日本側の動き(譲歩)を待っている」とも述べた。つまり彼は具体策を持っての来日ではなく、まず日本側の譲歩や対露協力を見て、露側の対応を考えよう、ということだ。またもや、パフォーマンスだけなのか。

日本をG7から切り離す


 (2)についてだが、中露接近の最大の原因は日本ではなく欧米の厳しい対露批判政策だ。欧米が対露姿勢を厳しくしているとき、これをチャンスと日本が対露協力を深めても中露関係に影響はなく、欧米の対日不信を強めるだけだ。

 (3)の安倍・プーチンの信頼関係については、次の例を指摘しよう。独露の経済関係は日露よりはるかに深く、またメルケル首相はプーチン大統領と個人的信頼関係を構築した。しかし彼女は、必要な時には安倍首相よりずっと厳しい発言や行動をとる。それ故プーチンは彼女に一目置くのだ。露は単なる宥和(ゆうわ)姿勢は「弱さ」と見る。日本政府の対露宥和策は、好都合だが尊敬するわけではない。

 プーチン大統領は、日本をG7から切り離して取り込む政策だ。しかし、領土問題の解決策はなく、訪日は彼自身ジレンマだ。

 欧米と露の厳しい対立が強まっている現今、日本と米国との戦略関係の重要性を考えると、私は日本政府が米欧の対露戦略に逆らって年内にプーチン大統領を招待することの妥当性に強い疑問を抱く。日露間で「期待と失望」を繰り返さないためにも、今の国際状況での招待問題を考え直すのが日露両国のためではないか。