香田洋二(元自衛艦隊司令官)

 平成25年12月6日成立、同13日に公布された「特定秘密の保護に関する法律」(以下「特定秘密保護法」)が平成26年12月10日から施行された。我が国の秘密保全体制をようやく世界標準まで押し上げるとともに安全保障に関わる保全体制構築の新たな法的根拠の導入であり歓迎すべきことである。

 しかし、一部マスコミや識者は、今回も過去の安全保障をめぐる重要案件の論争と同様、的外れの反対論をなりふり構わず展開している。拙論では「何をいまさら」の感があることは承知の上で、我が国の安全保障・防衛の観点に立った秘密保護の必要性を確認する。

機密は国家の個人情報


 今日の成熟した民主主義社会の基本要素の一つに個人情報があり、その取り扱い及び保護に関する国民の関心は近年特に高まっている。政府機関等の公的活動に加え民間活動においても個人情報保護に十分な配慮がされるようになった。

 例えば母校の同窓会名簿資料提出や通信販売等の申し込み用返信はがきに保護シールを貼ることは広く定着しており、かつては当たり前であった各種会合の参加者リストにおいても掲載内容から特定の個人情報を省き、あるいはリストそのものを配布しないことも珍しくない。これは民主主義社会を構成する各個人の情報保護意識の高まりの表れであり、自然かつ当然のことである。個人情報の保護は当然のことと認識され、その必要性に関しては疑問の余地はない。近年、個人情報保護措置が不十分な場合には、それが大きな社会問題となっている。

 これが民主主義に基づく自由が保障された我が国の現状である。(専制的なロシア帝国そして全体主義が支配した共産ソ連時代以来の社会習慣をいまだに引きずっている今日のロシア、共産党独裁の続く中華人民共和国では、個人情報そのもの及びその保護という意識は、民主主義社会に比較して低いといえる。国民にその意識があるとしてもそれが国家により抑圧され、権利の主張さえできないのが現実である)

 一方、我が国社会における国家情報保護に関する国民の認識・感性はいかなるものであろうか。

 現在の国際社会は二百ヶ国近くの独立国に加え膨大な数の各種団体・機関により構成されており、これら国や機関の位置づけや役割は基本的には国内社会における各個人と同様である。各国とも、国家生存・国家目標達成・国益の追求上必要な情報を多数保有し、その中には外部に対する保護が必要なものが存在することは言うまでもなく、この点は規模や内容の差はあるものの本質的には個人情報と同一である。

 国家の場合、活動範囲が多岐にわたることから対外的保護が必要な情報が個人情報に比べ多くなることは当然である。人々が国家を構成し、国家により国際社会が形作られて以来、人間社会の基本要素の一つが国家情報であり、その情報保護は国際社会における慣習として定着してきた。

 その歴史は、個人情報保護の歴史より遙かに長いということは、否定のできない事実であり、国家情報は個人情報と同じく適切に保護されなければならない。

 この観点から各国は例外なく国家情報保護に関する法律を制定し、その徹底を図ってきた。国家の情報保護活動は国家安全保障(対外)や国民の安全(国内)に関わる情報保護がその中心をなしているが、その対象範囲が第二次大戦後の国際交流の爆発的進化/深化、経済の相互依存の進展と国際競争の激化等から、民間・学会を含む広い意味の国家情報に拡大した結果、各国の立法措置もこの現状を強く反映したものになった。民主主義国家だけではない。個人情報保護は重視されないロシアや中国においても、国家情報保護は極端に重視されているのが現実である。

 今日の人間社会における民主主義の広がりと定着により個人の権利意識が進展した結果、個人情報保護と国家情報保護との関係は複雑かつ微妙になった。個人と国家が両立する以上、両者はいずれかが優先されるのではなく、両者とも尊重されなければならないものであり、そのカギは「どのような環境下」で「何をどこまで保護するか」あるいは「どのような情報がどの程度まで保護されるべきか」ということである。

 個人情報保護には強い関心と執着を示す人々や団体が、国家情報保護のための特定秘密保護法には強く反対する現実は、この運動の大きな論理破綻と矛盾といえ、その裏には何らかの政治的意図があるとしか思えない。

国際水準より厳しい法律


 特定秘密保護法は「特定秘密の指定等」、「有効期間満了時・解除の手続等」及び「適性評価」の3点を基本としている。

◆指定の要件
 特定秘密の指定要件は以下の3つ。

・防衛、外交、特定有害活動の防止及びテロリズムの防止について、それぞれの具体的な運用基準の細目に該当するか
・不特定多数の人に知られていないかという「非公知性」
・漏えいにより、我が国に対する攻撃が容易になる等、安全保障に著しい支障を与える事態が起きるかという観点に立脚した「特段の秘匿の必要性」
 
 この3要件に該当するか厳格な判断を行い、指定する情報が過小になったり過大になったりという不適切措置の防止をすることが明記されている。また、行政機関等による法令違反の指定や隠ぺいを目的とした指定の禁止、国民に対する説明責任を確実とするため指定情報の範囲の明確化も明記されている。

◆有効期間の設定
 特定秘密とされる情報には原則5年以内の有効期間が設定される。指定後に諸情勢が変化することも考慮して、指定理由を見直すために「適当と考えられる最短の期間」を定めることになっている。年数の設定が困難な場合には有効期間を5年とした上で、解除条件を指定の理由の中で明らかにする等、秘密指定期間の無用の長期化の防止措置を講ずることを定めている。

◆期間延長と指定解除の手続き
 特定秘密の有効期間満了時、前述の指定3要件を満たす情勢が依然としてあれば、期間延長は30年まで、やむを得ない場合、内閣の承認があれば30年超、認められるが、理由は明確化することとされている。また、「特定秘密指定の理由の不断の点検」と「指定理由を満たさないと認めた場合の有効期間以前の速やかな解除」も明確にし、これら措置の表示と関連職員への周知徹底も明示した。
 
 通算30年を超える特定秘密は、有効期間満了後に、歴史的資料としての重要性を考慮してファイルなどが国立公文書館に移管されるが、30年以下の特定秘密については、移管される場合もある一方で、内閣総理大臣の同意を得て廃棄することも可能である。

◆関係員の適性評価
 特定秘密を取り扱う職員や事業者については、基本的な考え方として・プライバシーの保護への十分な配慮・法定7事項以外の調査の禁止・評価結果の目的以外使用の禁止・法の下の平等の順守と基本的人権の尊重―を明示した上で、実施体制、同手続、適性評価に関する個人情報管理等を定めた。法定7事項とは、関係職員の適性評価を行う要素を「特定有害・テロリズムとの関係」「犯罪・懲戒歴」「情報取り扱いに関する非違の経歴」「薬物の乱用等」「精神疾患」「飲酒癖」及び「信用状態等の経済状況」と必要最低限度に絞ったものである。

 ここで述べた各基本事項は、独立国としての秘密保護に関する法律の考え方としては国際標準であると考えられるが、全体として政府に厳しいものであり、国民の権利をより重視しているものと考えられる。