柿谷勲夫(軍事評論家)

防大卒業式訓示に見た安倍首相の本気度


 4月下旬に来日したオバマ大統領は、アメリカの大統領として初めて尖閣諸島の防衛義務を明言し、集団的自衛権の行使についても我が国の検討を歓迎、支持を表明、日米共同声明でも同趣旨の文言を明記しました。安倍晋三首相の防衛に関する確固たる信念がこれを後押ししたことは間違いありません。来日1カ月前の3月22日、安倍首相は防衛大学校の卒業式で、外国の駐在武官をはじめ内外の来賓、家族、留学生を前に卒業生に行った訓示は、私の防大の学生、教官時代を通じて例をみない情熱に溢れた充実した内容でした。

 いずれの国においても、大統領など軍の最高指揮官の士官学校での訓示は、国防に関する施政方針演説と位置付けられており、安倍首相が何を語るかを外国の指導者や軍関係者は注目していたことでしょう。無関心だったのは我が国の政治家だけだったかも知れません。訓示の内容を紙面の関係で全てを紹介できませんが、主要部分を抜粋すれば次の通りです。

《内閣総理大臣、そして自衛隊の最高指揮官として、一言申し上げさせていただきます。

 今日は、22日。15年前の11月、中川尋史空将補と、門屋義廣一等空佐が殉職したのは、22日でありました。まずは、諸君と共に、お二人の御冥福を心よりお祈りしたいと思います。突然のトラブルにより、急速に高度を下げるT33A。この自衛隊機から、緊急脱出を告げる声が、入間タワーに届きました。「ベール・アウト」、しかし、そこから20秒間。事故の直前まで、二人は脱出せず、機中に残りました。

 眼下に広がる、狭山市の住宅街。何としてでも、住宅街への墜落を避け、入間川の河川敷へ事故機を操縦する。五千時間を超える飛行経験、それまでの自衛官人生の全てを懸けて、最後の瞬間まで、国民の命を守ろうとしました。…自衛隊員としての強い使命感と責任感を、私たちに示してくれたと思います。「雪中の松柏、いよいよ青々たり」…

 今ほど、自衛隊が、国民から信頼され、頼りにされている時代は、かつてなかったのではないでしょうか。…自衛隊を頼りにするのは、今や、日本だけではありません。…

 日本を取り巻く現実は、一層、厳しさを増しています。緊張感の高い現場で、今この瞬間も、士気高く任務にあたる自衛隊員の姿は、私の誇りであります。

 南西の海では主権に対する挑発も相次いでいます。北朝鮮による大量破壊兵器や弾道ミサイルの脅威も深刻さを増しています。

 日本近海の公海上において、ミサイル防衛のため警戒にあたる、米国のイージス艦が攻撃を受けるかもしれない。これは、机上の空論ではありません。現実に起こり得る事態です。その時に、日本は何もできない、ということで、本当によいのか。…

 平和国家という言葉を口で唱えるだけで、平和が得られるわけでもありません。もはや、現実から目を背け、建前論に終始している余裕もありません。必要なことは、現実に即した具体的な行動論と、そのための法的基盤の整備。それだけです。私は、現実を踏まえた、安全保障政策の立て直しを進めてまいります。…

 最高指揮官として、大切なお子さんを自衛隊に送り出してくださった皆さんに、この場を借りて、心から感謝申し上げたいと思います。お預かりする以上、しっかりと任務が遂行できるよう万全を期し、皆さんが誇れるような自衛官に育てあげることをお約束いたします》

 全世界に向かって集団的自衛権行使の容認を明言し、行使の主体となる自衛官の15年前の行為を称え、卒業生に覚悟を促し、家族に敬意を表したこの訓示は、歴史に残るでしょう。私はこの名演説に接し、15年前の自衛官に対する「加害者としての非難」と85年前の軍人に対する「英雄としての美談」を思い出しました。

 狭山の墜落事故翌日の平成11年11月23日付朝日新聞は「空自機墜落、高圧線切る」「交通・ATM乱れる」「その時、街が止まった」「信号が消え、改札口は閉じたまま、手術も中断」「吸入器停止、2人病院へ」などと自衛隊を非難する見出しだけを並べ、自らを犠牲にして住民を守った二人の自衛官に対する敬意や哀悼の意の表明はありませんでした。
身を低く構え、離島に上陸する訓練に臨む陸上自衛官隊員=2014年5月、鹿児島県・奄美大島の江仁屋離島

 当時の互力防衛庁長官は「高圧電線を切断し広範囲に停電させたこととあわせ、誠に遺憾で関係省庁に迷惑をかけたことをおわびする」(24日付朝日新聞夕刊)と陳謝し、葬送式を欠席しました。また、ある商店主が「我々は命懸けで商売をしているのに停電で迷惑した」と非難している場面を放映したテレビがありました。私は思わず画面に向かって「命を懸けたのは自衛官だ、お前は生きているではないか」と、叫びました。

 中川二佐(事故当時)は将補に、門屋三佐(同)は一佐に、二階級特別昇進しました。平成8年、ペルーの日本大使公邸がテロリストに占拠された事件は、翌9年にペルー軍が突入して解決されました。このとき戦死した中佐は大佐に昇進、日本政府は勲三等旭日中綬章を授与しました。中川将補と門屋一佐には、殉職から1年後、ともに勲四等瑞宝章が授与されました。自衛官に授与する勲章が外国軍人に授与するものよりも格段に下とは不思議です。

 事故から15年経って、防大卒業式訓示の冒頭で殉職者に対し哀悼の辞を述べたことに対し、亡くなった二人のパイロットは叙勲以上の感銘を受けたものと推察します。しかし、安倍首相の訓示を卒業式当日放映したNHKも翌日報じた全国紙も、なぜか、冒頭部分を無視しました。

 昭和4年、空中戦闘法研究のため、英国留学中の小林淑人海軍大尉の飛行訓練中に類似の事態が生じました。その状況を真珠湾攻撃の機動部隊の航空参謀、のちに航空幕僚長を務めた源田實氏の著書『海軍航空隊始末記』(昭和36年 文藝春秋新社)から紹介します。

《ある日、戰闘機シスキンに搭乘して、上昇スピンの訓練をやっていたが、突如として、發動機から火を噴き出した。直ちに、落下傘降下を企圖したが、下方を見ると、丁度運惡く、人家の集團があった。…
 大尉は飛行機の姿勢を維持しながら、數分間の水平飛行を續けた。操縦席の中に、災が入って來た。操縦桿を持つ右手、スロットルを持つ左手、共に手袋を通して皮膚が燒けただれた。飛行帽の下の眉毛は燒け落ちた。それでも、大尉は齒を喰いしばって我慢した。やがて、前方に原野が開けて來た。…バンドを解いて、機外に飛び出した。
 小林大尉のこの美談は、當時の英國の各新聞に掲載せられ、日本海軍軍人の聲價を高めた。…英國の多くの家庭において、毎朝母親は子供に尋ねた。「あなたは、小林大尉を知っていますか」「はい、知っております」「どうした人ですか」「多くの人々を救けるために、自分の身の危險を顧みず、燃える飛行機を操縦して、安全な所まで飛び續け、そこで落下傘降下をした人です」という工合に、小林大尉は、當時の英國において、英雄として取り扱われた》

 源田空幕長の記述は、安倍首相の訓示とほぼ同じ、否、安倍首相の訓示が源田空将の記述と奇しくも同じでした。私がこの著書を読んだのは防大の4年生のときでした。自衛隊を「税金泥棒」と呼んでいる我が国と比べて大違いであり、大変感動しました。

 安倍首相の日頃の言動と行動から、その狙いは我が国を戦後体制から脱却させ、普通の国、主権国家にする、との熱意を強く感じます。そのための手段が安倍内閣の安保、外交政策で、四本柱は「国家安全保障会議」(日本版NSC)の設立、「特定秘密保護法」の制定、「集団的自衛権行使」の容認、憲法を改正して自衛隊の「国防軍」への位置付けです。

 第一歩として昨年「国家安全保障会議」創設関連法と「特定秘密保護法」を成立させ、現在、中間目標である「集団的自衛権の行使」に向けて邁進中、最終目標は占領軍に押し付けられた「日本国憲法」(占領憲法)の改正でしょう。

 その四本柱のいずれにおいても軍隊(自衛隊)、軍人(自衛官)が中核として任を果たすべきであることは論を待ちません。だから、安倍首相は訓示で卒業生に覚悟を促すとともに、それに見合うものとして、春の叙勲で元統合幕僚会議議長(現、統合幕僚長)に対して瑞宝大綬章(旧、勲一等瑞宝章)を授与したのでしょう。元自衛官の勲一等は、内務官僚出身の初代統幕議長が退官後、自治医大理事長の肩書で勲一等瑞宝章、元日赤社長の肩書で勲一等旭日大綬章はありますが、それ以降、陸士、海兵、防大出身者を含めて初めてです。因みに今回、一川保夫元防衛相に授与したのが旭日重光章(旧、勲二等旭日重光章)です。安倍首相の決意の程がうかがえます。

 しかし、政治家、高級官僚、有識者などは、安倍首相の決意を理解せず、NSC、特定秘密保護法、集団的自衛権の行使をめぐる議論において、中核になるべき自衛官を従来どおり軽く扱っています。