野口裕之(政治部専門委員)

 大東亜戦争(1941~45年)を反省する必要はないが、敗因分析=総括は不可欠である。しかし、安全保障関係の現法体系に、総括していない国家的怠慢の動かぬ証拠を看る。「こうあるべき」と、希望的に観測した戦況の青写真に沿い戦略・作戦を立案した、大日本帝國陸海軍の甘さが敗因の一つと指摘される。自衛隊は楽観的シナリオに拠る作戦立案を戒めているが、作戦を担保する法律は「こうあるべき」論に支配される。例えば歴代日本政府は、戦争やテロが整然と時系列で激化していくと確信。戦域拡大もないと固く信じる。そうでなくては、戦闘機やミサイルの進化に目をつぶり《非戦闘地域》なる未来永劫戦闘のない“聖域”を設定。《平時》→《朝鮮半島・台湾有事=周辺事態》→《日本有事》などと将来の戦況を画定→線引きした、工程表の如き法律群の制定理由に説明がつかぬ。

減らす立法作業に舵を


 安全保障の現実を正視する安倍晋三政権になり、集団的自衛権の一部行使や日米防衛協力の指針(ガイドライン)再改定が視野に入り、法整備を控える。その際「こうあるべき」情勢とは無縁の法体系を目指すべく、国内法を増やすのではなく、減らす立法作業に舵を切るべきだ。

 おびただしい時間とエネルギーをかけ、造語を駆使した条文を増やそうが、情勢変化や兵器の進歩で次々と想定外が襲ってくる。「法匪国家」と決別し、政治の決断・監視の下、国際の法や慣習を味方に付け「新種の危機」を乗り切る、成熟した法治国家が国家主権や国民の生命・財産を守る。

 周辺事態とは《放置すれば武力攻撃を受ける恐れのある、日本の平和・安全に重要な影響を与える事態》。非戦闘地域とは《現に戦闘が行われておらず、且つ、活動期間を通じても行われることがない地域》だとか。周辺事態=朝鮮半島・台湾有事が日本に飛び火せぬよう、非戦闘地域に該当する後方地域などで、自衛隊が米海軍への給油といった限定的支援を可能にしたのが《周辺事態法》だった。

 周辺事態法成立(1999年)前後、米政府に送った内部文書には《HI-SENTOUCHIIKI》とあった。国際法上の《非武装/中立/安全》の各地帯と異なり、日本が勝手に「安全宣言」した地域を英単語に置換できなかったのだが、笑えなかった。「専守防衛を国是」とするなら尚のこと、非戦闘地域を攻撃し戦闘地域にするか否かを決める、生殺与奪の権は敵国側に有るのだ。

割り込んだ「周辺事態」


 日本領域を含む後方地域こそ、破壊活動で日本を威嚇し、米軍支援より手を引かせる特殊作戦部隊や工作員による騒擾(そうじょう)の舞台。ミサイルの攻撃目標にもなる。戦域拡大とともに、後方地域=非戦闘地域は一夜にして戦闘地域=日本有事に変わる。だのに、自衛隊の武力行使を唯一可能にする《防衛出動》のハードルは異様に高く、警察力のみで圧倒的優勢な火力や化学兵器を警戒する下策さえ強いられる。防衛出動下令には自衛隊法+国会答弁で《他国のわが国に対する計画的、組織的攻撃》が対象となるためだ。
自衛隊が2014年5月に行った離島上陸訓練=鹿児島県奄美大島周辺
 法制の欠陥を熟知する敵なら、防衛出動を下令させないよう策動する。各地の線路に石を置き列車を転覆させれば、わが国は大混乱に。事故かイタズラか不明。外国の特殊作戦部隊や工作員、テロ集団は名乗らない。国内過激派だと偽るかもしれない。国家と承認されぬ、正規軍並みの兵器を持つ《イスラム国》系も排除できない。

 しかも、時系列も地域も烈度・規模もモザイク状に入り乱れ、変幻自在に行ったり来たりを繰り返す。北海道は“有事”で九州は“平時”。“平時”と“周辺事態”と“有事”が混在し法律上、事態を断定できない危機が続く。自衛隊に対テロ・ゲリラ《治安出動》が発せられるだろうが、武器使用は一定限度を超える敵の武力が確認されぬ限り警察と同じ《正当防衛か緊急避難》時だけ。

 平時と有事の間に周辺事態が割り込んだのには理由がある。「自衛隊の暴発」を邪推し、平時は警察、有事は自衛隊と、高い壁で自衛隊を長きにわたり隔離した。ただし、朝鮮半島・台湾有事は日本有事とは違う。といって、平時でもないグレーゾーン。斯くして、平時/有事を隔てた1本の境界線は周辺事態の創作で、平時/周辺事態/有事の2本に。伴って、法律もまた一つ加わった。

軍権限は原則無制限


 グレーゾーン要素の多い島嶼防衛で、自衛隊に切れ目のない対処をさせようと《領域警備法》を制定しても、戦闘行為を含め柔軟な即応権限を予め付与しない限り、新たな「穴」は空き続ける。グレーゾーンの穴を埋めた後はライト・グレーゾーン→ミディアム・グレーゾーン→チャコール・グレーゾーン…が出現、比例して法律が増殖していく。法の継ぎ足しは本館-新館-別館を迷路のような廊下でつないでいく、巨大温泉ホテルの建て増しのよう。建築・消防・観光関係法をクリアしても、出火時には死傷者を出す。

 ミサイルが数分で着弾する時代。自衛隊の現場指揮官は、複雑な法体系を前に「法律家」の能力まで要求される。滑稽では済まされぬ、歪(いびつ)な法体系ができ上がった源流に、自衛隊の前身=警察予備隊・保安隊の生い立ちがある。予備隊・保安隊は警察の対応が不可能か、著しく困難な場合の補完組織として法制上位置付けられた。ところが、自衛隊になっても法律で同じ位置付けが引き継がれた。

 軍は外敵への備えで、国民の自由・権利侵害を前提としない。従って、軍の権限は《原則無制限》で、国際法などで禁じられる行為・行動以外は実施できる《ネガティブ・リスト》に基づく。これに比べ警察活動は、逮捕に象徴されるが、国民の自由・権利を制限する局面があり《原則制限=ポジティブ・リスト》となっている。だのに、自衛隊は警察同様ポジ・リストで、行為・行動を一つ一つ国内法で縛られた。

 できることを羅列する現行法は、自衛隊が実施不可能な作戦を敵に通報するに等しい。自衛隊最高司令官の安倍首相も自ら、集団的自衛権を理解できない国民に、何ができるか具体的に例示してしまった。恐ろしいことに国を挙げて無意識に「利敵行為」を犯している。

 中国軍の高笑いが聞こえる。