岡崎研究所

 インターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙の元編集長ヴァイノカーが、6月15日付ウォール・ストリート・ジャーナル紙掲載の論説で、プーチンが核をもちらつかせてNATOを掘り崩そうと試みているのに対して米国は断続的にしか意味ある反応をしていないと述べ、米国の対露対応に不満を表明しています。

 すなわち、ロシアの政権に近い学者がパリのシンクタンクで、「我々は今やNATOと対決する核能力を持っている」と述べた。ロシアはウクライナでの対決を超えた問題になっている。

 ロシアが核兵器を自慢するのは新しいことではない。しかし、米国がロシアはINF条約違反の巡航ミサイル実験をしたと抗議した2日後に、こういう発言をした、そのタイミングが問題である。デンプシー統合参謀本部議長が「プーチンはNATOを掘り崩す機会を狙っている」と指摘したことと合致する。

 過去にノスタルジアを持つプーチンにとり、一つの前例がある。1980年始め、ソ連はそのSS-20配備に対抗して、米国が巡航ミサイルとパーシングを欧州に配備するのを阻止するのにほとんど成功した。今、ロシアは欧州の躊躇や意見不一致の表れを喜んでいる。

 ある世論調査によれば、ドイツ、フランス、イタリアの世論はNATOの境界国がロシアに攻撃された場合、防衛することに反対している。ドイツが一番熱心でない。NATO条約5条(注:共同防衛義務条項)がふらついている。

 ロシアは、「ウクライナのロシア侵略への西側の反応は世界平和を脅かす」という方向に話を持っていっている。プーチンの脅しが核の脅しになる中、オバマ政権がロシアを止めるいかなる軍事的対応もしていないことは、プーチンを元気づけているだろう。ウクライナへの武器供与は手遅れである。ロシアの隣国への重火器と米軍配備は、これら諸国の恒久的な基地要求への妥協策にしか見えない。

 仏高官は「NATOが地域紛争でのロシア核についての対応を考えることは重要」としつつも、欧州への新しい米軍配備はありそうにないとしている。

 オバマはウクライナでのロシアの侵略に立ち向かうと言うが、最低限のことしかしていないように見える。基本的な問題はNATOが核についての新しい路線を打ち出す道はないと言うことである。メルケルは選挙で負ける可能性があるし、核に反対のドイツがNATOやEUで指導力を発揮するのは無理である。

 オバマ政権はモスクワを孤立させるのに成功したと言ってきたが、5月にロシアを訪問したケリーは対話の重要性を強調、プーチンが長時間討議に応じたことへのオバマの感謝の意を表明している。米国はまたロシアに半分強硬な姿勢を見せているが、どうなのか、と述べています。

出典:John Vinocur,‘Putin’s Nuclear Plan Is Working’(Wall Street Journal, June 15, 2015)

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 この論説は、最近のロシアによる核兵器に関連した動きがNATOを分裂させる恐れがあり、ウクライナに関する欧米とロシアの対決に核兵器の要因を持ち込むことでプーチンはNATO分断に成果を上げている、と論じています。確かにそういう面もありますが、ロシアの政策の成果を過大評価している嫌いがあります。

 プーチンは対独戦勝記念式典の演説で、ミサイル防衛を突破しうる新型大陸間弾道ミサイルを年間40基配備していくと述べ、これに種々の反応が出ています。しかし、これはSTART条約の範囲内である以上、大袈裟に反応する必要はありません。

 中距離核ミサイルについても、INF条約からの脱退が宣言される場合はともかく、ある実験が条約違反かどうかは、通常の話し合いをすればいいのではないかと思います。この条約により中国などが中距離ミサイルを自由に配備する中で、米露だけは出来ないということになっており、これが不都合であるという指摘には一理あります。しかし、まだそういう問題が米露間で話し合われているわけでもありません。もしINF条約が廃棄される場合には、それにより極東配備SS-20が廃棄された経緯もあり、日本の安全保障にも大きな影響があるので、要注意です。

 ロシアの核兵器増強は、世界情勢の健全化の見地から、望ましくないことですが、それに過剰に反応すると、かえってロシアの核兵器保有を最大限に活用する政策に効果を与える結果になります。ロシアは核兵器を保有していますが、衰退過程にある国家で、じっくりと対応していけばよいと思われます。ロシアの核使用ドクトリンも、安易に地域紛争に使うというようなものではありません。 

 オバマのウクライナ政策については、ケリー訪露は成果がなかっただけでなく、誤ったメッセージになった可能性が高いでしょう。オバマはもっとウクライナ問題を重大視すべきです。