天皇陛下と皇后陛下が3日から17日までの日程でカナダと米ハワイ州を訪問されている中、陛下の外国訪問中に衆院解散が可能かどうかが論じられている。解散は天皇の国事行為(憲法第7条)だが、麻生太郎首相(68)や河村建夫(たけお)官房長官(66)は皇太子殿下が代行されるため問題はないとの認識を表明した。だが、外国訪問でご不在中の解散は、天皇陛下を軽んじるものと受け取られかねない。解散のタイミングを図ることは所詮(しょせん)、権力闘争の一つにすぎないからだ。
 権威は歴史に由来するところが大きい。私たちの世代もまた未来からみて歴史を紡(つむ)ぐ存在だ。過去の日本人が歴代の天皇を重んじてきたように、麻生首相を含む現代の国民にも、国民統合の象徴である天皇の権威を大切にし、培っていく責務がある。それが日本の長期的な安定にもつながっていく。この辺りの感覚の不足が、多くの現役政治家の言動を軽いものと感じさせる一因になっている。

詔書による解散

 衆院の解散の段取りはおおむね次の通りだ。
《全閣僚が署名して解散を閣議決定し、解散詔書(しょうしょ)の原案を宮中に運ぶ。天皇陛下の御名御璽(ぎょめいぎょじ)(ご署名とご印)をいただいた後、首相官邸で首相が副署(ふくしょ)(署名)し、衆院議長へ伝達される。紫の袱紗(ふくさ)に包まれた解散詔書(写し)は衆院本会議場へ運ばれ、議長が「日本国憲法第7条により衆議院を解散する」と記された詔書を朗読して、解散される》
 詔書は天皇の命令を伝える公文書で、現在では国事行為に関して発せられる。外国訪問中の天皇陛下から詔書をいただくことは、もとよりできない。
 麻生首相は2日、「天皇陛下の外遊中、国事行為の代行は皇太子殿下がなさると法律で決められている。法律上、何ら問題はない」と述べた。政府が6月22日、皇太子殿下に国事行為を臨時代行していただくことを閣議決定したのを踏まえての発言だ。
 法的にはそうなのだろうが、国事行為代行の規定は、緊急の際のものとして運用した方がよい。現憲法下で衆院は20回解散されたが、天皇陛下の外国ご訪問中の例はない。森喜朗氏(71)が当時の首相だった2000年6月2日の解散は、陛下の欧州ご訪問からの帰国翌日だった。

象徴の重み

 天皇は「この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」(憲法第4条)が、天皇の役割を「儀礼にすぎない」と軽視するのは子供並みの発想だ。
 歴史学者の津田左右吉(そうきち)や憲法学者の美濃部達吉らと並び、戦後の天皇論の有力な論客だった思想家の葦津珍彦(あしづ・うずひこ)は著書「日本の君主制」(神社新報社)で、象徴天皇について「主権者たる国民とは、目に見えない統一的存在であり、目に見える個々の国民は、統治される国民である。天皇が“国民統合の象徴”といわれるのは、この目に見えない一つの国民の姿を、目に見える姿で現すのは、ただ天皇御一人に限られるという意味」だと指摘した。
 相は、党内の政敵や対立政党との闘争を経てその地位を勝ち取る。そのような事情から、政治家は政府の運営に不可欠ではあるものの、君主と比べ国民統合の象徴にふさわしくないのはやむを得ない。現憲法でも首相は内閣総理「大臣」であり、国会の指名に基づき、立憲君主である天皇から任命される。
 象徴天皇を考えるうえでも、日本の憲政を考えるうえでも、政治家は天皇陛下の権威を尊重するべきだろう。
 自民党の町村信孝(のぶたか)前官房長官(64)は2日、「陛下が親善の目的を達成できる国内環境を作って差し上げるのが、政治家の義務だ。海外で公務に励んでおられる陛下が国内のことでご心配されることがあってはならない」と述べ、天皇陛下の外国ご訪問中の解散は望ましくないとの考えを示した。早期解散牽制(けんせい)の思惑があったとしても、見識ある発言だ。
 麻生首相が天皇陛下の外国ご訪問中に衆院解散に打って出る可能性は低くなりつつあるが、陛下ご不在時の解散を首相が自由に行えるかのような言動は慎んだ方がよいのではないか。
(政治部 榊原智)