坂元一哉(大阪大学大学院教授)

 国会で審議されている安保関連法案について、多くの憲法学者から、たとえ限定的であっても、集団的自衛権の行使を容認する法律は、憲法違反ではないかとの批判が出ている。

 政府と与党が、長い時間をかけて慎重に検討した重要法案だけに、そうした基礎的なところに批判が出たことは、残念というしかない。だが、専門家がそう批判する以上、政府は、集団的自衛権の限定行使を容認する新しい憲法解釈に基づく法律が、なぜ憲法違反ではないのか、国民に対し、より一層、丁寧かつ分かりやすく説明する必要があるだろう。

平和主義は「無防備」ではない


 いうまでもないことだが、ある法律が憲法違反にあたるかどうかを最終的に判断するのは、最高裁判所の仕事である。その意味で、いま政府が、集団的自衛権の限定行使を容認する法案が憲法違反にあたらないとするのは、学者の批判が正しいか正しくないかは別にして、この法案が国会の審議を経て現実に法律になり、その法律に関連して訴訟が起こっても、最高裁判所が憲法違反の判決を下すことはない。そう判断している、ということだろう。

 その判断の根拠は何か。政府が説明に使う最高裁の砂川事件に関する差し戻し判決(1959年)は、憲法の平和主義が「決して無防備、無抵抗を定めたものではない」と述べたうえで、わが国が「自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうることは、国家固有の権能の行使として当然のこと」だとしている。

 またこの判決は、たとえば安保条約が違憲かどうかというような「主権国としてのわが国の存立の基礎に極めて重大な関係をもつ高度の政治性を有する」問題は、「一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外」との判断も示している。

 この砂川判決を前提にすれば、将来、最高裁判所が政府がいう意味での集団的自衛権の限定行使について違憲判決を出すようなことはない。政府はそう判断しているのだろうが、私には、ごく当然の判断のように思える。

議論混乱させた舌足らずの説明


 というのも、政府が新しい憲法解釈でできるとする集団的自衛権の限定行使のための武力行使は、あくまで砂川判決にいう、国の「存立を全うする」ための、「自衛のための措置」としての武力行使、それも必要最小限の武力行使だからである。それが「他衛」にもなるからといって、最高裁が「一見極めて明白に違憲無効」と認めるとは考えにくい。

 むろん、この安保関連法案が、国会審議を経て法律になった後、万一、最高裁がその法律を違憲だと認めれば、法律は、改正しなければならない。その前提で法案を審議するのが立憲主義のルールだろう。

6月22日の衆院平和安全法制特別委で意見を述べる宮崎礼壹・元内閣法制局長官
 最高裁の砂川判決に関連して、憲法学者のなかには、この判決でいう「自衛のための措置」は個別的自衛権のことであって、集団的自衛権は含まれない、と議論する人がいる。国際法上の集団的自衛権の意味を誤解した議論だと思う。「自衛のための措置」とはもちろん自国を守るための措置のことだが、個別的自衛権も集団的自衛権も、どちらも自国を守るための措置として、国家に認められた国際法上の権利だからである。

 この点、国会に参考人として呼ばれた元内閣法制局長官が、集団的自衛権の本質は「他国防衛」だ、と述べたことには考えさせられた。歴代政府のそういう舌足らずの説明こそが、議論を混乱させてきたのではないだろうか。

死活的な地域の防衛は自衛措置


 もし集団的自衛権の本質が他国防衛なら、なぜその権利を「自衛」権と呼ぶのか。また日米安保条約では米国は、この権利に基づき日本を助ける(武力攻撃に共同対処する)ことになっているが、それは日本への武力攻撃が米国の「平和及び安全を危うくする」(第5条)からである。米国にとって日本防衛は「自衛のための措置」ではないのか。

 集団的自衛権という言葉は、個別的自衛権と同じく、国連憲章(45年)ではじめて使われた言葉である。だがこの権利の考え方自体は、それ以前から存在していた。それがよく分かるのは、英国が、国際紛争解決の手段としての戦争を禁じた不戦条約(28年)を結ぶ際に、自衛権に関して付けた留保である。そのなかで英国政府は、世界には英国の平和と安全に「特別で死活的な利害関係」のある地域があるが、それらの地域を攻撃から守ることは、英国にとって「一つの自衛措置」だと明確に述べている。

 集団的自衛権の本質は「自衛のための措置」としての他国防衛なのである。従来の舌足らずの説明を修正して、国の「存立を全うする」ため、他に適当な手段がない場合に限り、必要最小限、この「自衛のための措置」をとりうるようにする。それが、新しい政府憲法解釈の要点である。

さかもと・かずや 1956年、福岡県出身。京都大学大学院修士課程修了、三重大学助教授などを経て大阪大学大学院法学研究科教授。「戦後日本外交史」で吉田茂賞、「日米同盟の絆」でサントリー学芸賞、正論新風賞(2008年)など日米関係に関する活発な評論活動で知られる。