森本敏(拓殖大学特任教授)

戦略的拠点となった尖閣諸島


 わが国は北東から南西方向にかけて約3千キロに及ぶ縦深性のある地形を持ち、6850以上の島嶼(とうしょ)群からできているが、そのうち5つの本島を除けばあとは離島である。しかも、この島嶼群の中で有人島は420ほどであり、あとは無人の離島である。特に、鹿児島県大隅半島から沖縄南西端の与那国島までの約1100キロはわが国の3分の1を占め、この南西方面は第1列島線とほぼ一致する。

 中国は第1列島線から第2列島線までの間をアクセス拒否の海域にしようとしており、中国の海空軍は2008年以降、毎年のごとく東側に活動域を拡大してきた。そうなると、将来におけるわが国の戦略目標は第1列島線と第2列島線の中間に位置する海域で、中国に対して優位なバランスを確保することになる。

 1970年代初めに中国が尖閣諸島の領有権を主張し始めた頃の動機は、海洋資源獲得だったが、今や、尖閣諸島を在沖縄米軍と南西方面の自衛隊を牽制(けんせい)する重要な戦略的拠点として確保することにある。近年、中国で尖閣諸島を核心的利益に含む発言が見られるようになったのもその証左である。

中国軍による作業が進む浙江省・南麂(なんき)島のヘリポート整備区。沖縄本島より尖閣諸島に約100キロ近い=11月(共同)
 中国は国連海洋法条約を恣意(しい)的に解釈して、排他的経済水域と大陸棚の外縁までを海洋国土と呼称し、国家主権を主張している。尖閣諸島が中国の領土になり、そこから200カイリ(370キロ)の排他的経済水域内が中国の海洋国土になれば、在沖縄米軍と南西方面の防衛に任じる自衛隊の活動は大きな制約を受けることになる。

 中国にとって尖閣諸島の領有権を主張するだけでなく、費用対効果の面で有効な手段があればぜひとも確保したい領土であろう。南シナ海で中国がやってきた島嶼占領の手法を東シナ海に適用すると、中国が国際法上、武力攻撃とはみなされない方法を使って、領土占領を狙うという可能性がないとはいえない。

緊密な連携活動と練度の向上を


 しかし、わが国の施政の下にある領域に対して、武力攻撃でない限り米国は日米安保条約に基づいてわが国の防衛のために共同行動をとるという条約上の義務を有しない。尖閣諸島に日米安保条約5条を適用するという米国のコミットは勇気づけられるものであるが、尖閣が危なくなると米国が助けてくれると考えるのは合理的ではない。こうした場合にわが国が自国の領域を守るためにまず、自らが必要な措置をとることは国家として当然の義務である。

 法執行機関である海保や警察を中心に、自衛隊を含めて平時から警戒監視に専念することは当然として、武力攻撃には至らない事態には、海上警備行動や治安出動を含めて法執行機関や自衛隊の緊密な連携措置をとることは国家の警察作用である。これらの諸活動をスムーズにかつ、迅速に行うため確実な手順を決め、緊密な連携活動を訓練し、練度を高めておくことも国家の義務である。

 それでも尖閣諸島を占領しようと行動された場合にどうするか。

 まず第1に、そのような事態になることをできるかぎり未然に防止する努力が必要である。警戒監視活動を重層的に強化しておくことや、平素から部隊を配置して抑止を機能させておくことは当然であるが、中国を不要に挑発しないよう十分、留意することである。

 わが国が中国を挑発したという言い訳を中国に与えるような対応を、相手は待ち構えている。日中間の連絡メカニズムの具体的手段について合意し、誤解や挑発や偶発によって不測の事態が起こらないよう注意深い慎重な努力を根気よく続けることも必要であろう。多国間協力を通じた外交努力をすすめ、頻繁に行う共同演習も抑止行動の一環である。

不可欠な即応緊急部隊の展開


 第2に、それでも実際に非合法な手段を駆使して島嶼群を占領しようとする可能性はある。それに備えて南西方面の島嶼群に必要な即応緊急部隊を展開しておくことは不可欠の手段である。わが国はこの面でまだ不足している。

 奄美大島や先島諸島の要地に即応部隊を展開し、また、いつでも展開できるように部隊受け入れの基盤を構築することが重要である。本土を含めて他地域から部隊を迅速に輸送展開する態勢を確保しておくことも必要となる。

 また、それでも島嶼群を占領された場合には、ただちに水陸両用部隊を駆使して領土を取り返す手段と態勢を確立しておくことが求められる。そのための自衛隊の統合運用は不可欠であり、南西方面にある全ての部隊を統合任務部隊として西部方面総監に一括して指揮させる体制を確立することも検討すべきであろう。

 第3は、日米同盟関係の強化である。尖閣シナリオに基づく日米共同作戦計画を策定し、調整メカニズムを確立して共同対処の態勢を確立し、訓練を行う必要がある。ガイドラインと安保法制はそれを可能とするものであるが、法制が成立しても実態が追いついていくよう努力する必要があり、これは今後の大きな課題であろう。

もりもと・さとし 昭和16年、東京都出身。防衛大学校卒業後、航空自衛隊を経て外務省安全保障課に出向。外務省入省後、情報調査局安全保障政策室長などを歴任。拓殖大海外事情研究所長や初代の防衛相補佐官などを務め、平成24年6月に野田佳彦政権下で民間人初の防衛相(11代)に就任。