遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士)

 中国は1982年からガス田開発に着手。しかし2008年3月にチベット騒乱が起き北京五輪開催が危ぶまれたので日本との共同開発に合意したが、売国政府と罵倒され自己開発を続けた。なぜ日本政府は公開しなかったのか?

80年代、海底資源に目をつけた中国

 改革開放後まもなく、中国は陸地ではなく海底における石油掘削を始めようと、1982年にCNOOC(中国海洋石油総公司、シーヌーク)を設立した。背景には中国大陸沖合の海底における石油や天然ガス資源の探査・採掘がある。しかし陸における石油掘削に関しては毛沢東が中華人民共和国誕生後、中国人民解放軍の力をつぎ込んで開発したので、それなりの技術を持っている。海底となると未経験だ。外国の技術を借りるしかない。

 そこでCNOOCという窓口を開設して、海外の技術導入に関して呼び掛けた。

 結果、日本をはじめとするいくつかの国の企業が手を挙げて落札し、技術提携が始まった。翌83年、CNOOCは中国の中央行政省庁の一つである石油工業部から独立した中国石油化工総公司(Sinopec、シノペック)が統一して管轄するようになる。

 石油閥で逮捕され、無期懲役となったチャイナ・ナイン(胡錦濤時代の中共中央政治局常務委員9人)の一人、周永康が石油閥を形成し始めたときのことである。

 最初のころは渤海湾付近で技術を習得したが、技術を学び終えると中国は自立し、1996年の第九次五カ年計画で「海洋資源開発」を国家目標の一つに掲げた。こうして1999年に東シナ海ガス田開発が始まったのである。

 日中中間線ギリギリの場所なので、日本も一部警戒し、ときには抗議もしたが、強い姿勢ではなかった。そのような中、日本側から共同開発にしてはという声が上がったが、中国は相手にしなかった。


分岐点は北京オリンピック

 ところが中国が突然、共同開発に応じてもいいと言ってきた。

 2008年8月8日、中国が100年の夢として待っていたオリンピックがようやく北京で開催されるというのに、2008年3月にチベット騒乱が起きてしまったからだ。人権を訴えるチベット自治区のチベット人たちを武力で弾圧したため、それまで北京オリンピックに参加すると言っていた西側諸国の首脳たちが、人権弾圧を理由に、いっせいに北京オリンピック欠席を表明したのである。

 あわてたのは、ときの胡錦濤国家主席だ。

 主要な西側諸国を訪問し、リップサービスを振りまいて、「どうか北京オリンピックに参加してくれ」と頭を下げた。

 日本に関しては福田康夫が総理大臣だったときに東京で日中首脳会談を行い(5月7日)、胡錦濤はリップサービスとして「東シナ海ガス田開発の共同開発をします」と誓いを立てる。

 帰国後、関連部署で内容をまとめさせ、6月18日に東シナ海における日中共同開発に関して日中共同プレスを発表したところ、大変な事態となった。

 中国のネット空間が燃え上がり、胡錦濤政権を「売国政府」と罵倒し始めたのだ。

 「ここはもともと中国が開発してきた中国の領土領海。なぜ日本と共同開発などしなければならないのか!」

 「胡錦濤は現代の李鴻章(りこうしょう)だ!」

 などとして、胡錦濤個人が売国奴呼ばわりされ、ネットが炎上。

 このままでは中国人民自身が北京オリンピックを台無しにさせてしまう可能性がある。胡錦濤は真っ青になってしまい、それ以降、「日中共同開発」は封印されてしまった。
封印されたまま、中国はじわりじわりと、それまで通りに東シナ海ガス田開発を続けていたのである。

日本はなぜ公開しなかったのか?――埋蔵量が少ないので海上の拠点に

 ただ、日中双方とも、東シナ海の天然ガス埋蔵量はあまり多くないということが分かっていた。そのため日本はコストをかけても採算が合わないとして軽視してきた。
中国はそれを良いことに、海上の拠点、プラットホームを作り始めたのである。

 中国内で大々的に報道したわけではないが、しかしきちんと情報を公開し、関心のあるネットユーザーを納得させてきた。ネットユーザーの大多数を占める若者たちは、中国政府が「売国奴」と彼らが考えるような言動をすれば、すぐに炎上するが、そういう特別なことをしなければ、特に強い関心は払わない。だから「その程度」で静かに動くように、中国は開発を継続し、その事実を公表してきた。

 問題は、逆に、日本だ。

 日本政府、少なくとも防衛省や外務省は、これを知っていたはずだ。

 にもかかわらず、中国が着々とプラットホームを構築している事実を、なぜ日本国民に分かる形で公開してこなかったのか。

 これまでの長い経緯を見てみると、(自民党とか民主党とか)どの党であるかによらず、必ず「親中派」あるいは「媚中派」の議員とか、それなりの政府高官がいるものである。そのため「わざわざ、そこまでして中国を刺激することはないでしょう」といった「配慮」をする人たちがいるのだ。

 この「配慮」が日本国民のためになっているのか否か――。

 ほとんどの場合、「否」である。

 日本国民を守るという目的から考えたとき、それは「日本国民のため」にはなっていない。

 問題はむしろ、ここにあると言っていいだろう。

 埋蔵量が少なくても「開発」してプラットホームなどを建設するというのは、当然のことながら「見晴らしが良い」こととか「飛行機の離着陸ができる」とか、さまざまな防衛上、つまりは軍事上の目的があるからだろうことは誰にでも想像できる。

 中国は中国の領域上で何をやろうと中国の自由だと主張しているが、日本の外交戦略というのは、こういうのでいいのだろうか?

 程永華・駐日中国大使は「これまで中国がずっとやってきたことを、なぜ突然指摘して報道し、非難し始めるのか」という趣旨のことを言っているが、残念ながら、その通りだ。

 日本が報道しなかった(つまり、政府が事実を公開しなかった)だけであって、中国の東シナ海共同開発は2008年6月18日から封印され、中国は胡錦濤のリップサービのときだけ「共同開発」と言っただけで、その瞬間以外は、ずっと自己開発を続けているのである。中国は別に、それを隠そうとはしていない。実際に近くまで行き見さえすれば、誰にでも見える形で開発してきたのである。日本が「見ても、言わなかった」だけである。

 だから中国政府に「安保法案を可決させる環境をつくるために、今になって、わざわざ防衛白書を修正させてまで公開させたのだ」と日本を批難するすきを作ってしまうのである。

 なお、日本のメディアの一部は、「2010年の尖閣諸島国有化以来、共同開発交渉が途絶えた」と報道しているが、それは如何なものだろうか。 分岐点はもっと前の、北京五輪の年だったことを見まちがえてはならない。

 そうでないと、いったい何が起きているのか、事実が見えなくなるのではないだろうか?

えんどう・ほまれ 東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。単著に『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 完全版』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国人が選んだワースト中国人番付 やはり紅い中国は腐敗で滅ぶ』『完全解読 「中国外交戦略」の狙い』など多数。共著に『香港バリケード 若者はなぜ立ち上がったのか』。