島が見え出すと、韓国人の観光客は大型客船のデッキに集まり、歓声を上げて一斉にカメラのシャッターを押した。大衆歌謡「独島はわれらの土地」の大合唱が青くすんだ海に響く。

 緑の木も、白い砂浜もない。焦げ茶色の絶壁がそそり立つ。文字通り、とりつく島のない岩山だった。

 産経新聞社ソウル支局長の黒田勝弘は昨年秋、韓国人観光客に交じって、日本と韓国のほぼ中間の日本海に位置する日本固有の領土である竹島(韓国名・独島)の取材に訪れた。

 島にへばりつくように、コンクリート建ての警備隊宿舎やヘリポート、レーダー施設が建つ。孤島の軍事要さいだ。長さ八十メートルの防波堤などの建設も進む。

 竹島が「岩か、島か」という論争がある、という話を黒田は思いだした。

 「やはり、岩だな」

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 昨年2月。政治家になって一日も休んだことのない自民党政調会長の山崎拓は、都内のホテルで、突然の休日にぼうぜんとした。

 与党訪韓団が出発前日になって入国を拒否されたためで、外交上は異例。韓国が彼らの言う竹島の実効支配を強める形でふ頭建設を進め、外相の池田行彦が抗議をしたのがきっかけだった。
島根県隠岐の島町の竹島沖の日本領海を含む海域で射撃訓練をする韓国海軍(聯合=共同)

 「実効支配」。実際に自分のものとして確保していることを示す言葉で、領土紛争では、実効支配の有無が決定的な意味を持つ。

 「この騒動を機に竹島の資料を復刻しよう」。東京・中野のエムティ出版社長の新岡和幸は、国立公文書館の内閣文庫から外務省資料「竹島考証」を取り寄せ、復刻作業に入った。

 明治14年、政府の命令で北沢正誠がまとめた数少ない竹島研究書の一つ。新岡のところに、在京の韓国大使館員を名乗る男性から意外な電話が入った。

 「竹島に関する本を出版されると聞いた。出版する前に見せてください」

 「事前検閲か。書店に出てから買ってください」

 新岡が突っぱねると、抗議の手紙もきた。「韓国の領土について日本人が本を出すのは困る。出版は天につばする行為だ」

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 自民党のある外交調査会メンバーが最近、顔を寄せてひそひそ声になった。

 「昨年11月の日韓外相会談の中に、極秘の内容があるらしいぞ」

 韓国側が竹島上空に軍用機の常設訓練空域を設定すると通告したため、池田が抗議して撤回させ、「このやりとりは公開しないことにしたい」と封印してしまったというのである。

 外務省側はこれを否定する。メンバーは「領土問題は世論が大切なのに、外務省は自分たちが管理しているつもりになって、結果的に竹島を国民の目から遠ざけている」と批判する。

 今年4月の自民党幹部との懇談の席上だった。首相の橋本龍太郎が酒の酌をして回ると、「日米安保条約は竹島には適用できない」とする池田の国会答弁が、ある議員と話題になった。

 「隣に座って聞いていたが、私も少しひやっとしたんです」。外務官僚が用意した池田答弁だったが、橋本はこう受け止めた。

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 昭和53年5月。韓国の閣僚が車の中で、自民党訪韓団の衆院議員、相沢英之に語りかけた。

 「水もないし、人も住めない島です。両国の船で出かけていって、砲撃して島を爆破しましょうか」

 「そうしましょう」

 二人は笑い合った。韓国政府は領海十二カイリを宣言する一方で、竹島周辺で島根のイカ釣り漁船のだ捕を続けていた。

 相沢らの強い抗議を受けて、閣僚らは「警備艇がきたら逃げてくれ」と述べ、事実上、だ捕しない方針を非公式に伝えた。

 同行者は「当時は、まだ韓国が経済的に自立する前で、韓国にとって日本は『憎いが頼もしい国』だったからね」と回顧する。

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 韓国の教科書に、こんなくだりがある。「日本は我が国を侵略する時、独島を強奪。露日戦争の時、強制的に日本領土に編入してしまった」(『国史 中学校 下』=一九九〇年)

 竹島は独立と抗日運動のシンボルである。韓国は今や、外交上の「竹島カード」も獲得しつつある。

 日韓漁業交渉は国連海洋法条約に基づき、天然資源の開発・利用権も持つ排他的経済水域の線引きが焦点だ。だが、竹島の領土問題が明確でないため、線引きが困難になっている。

 早々と原則論を放棄して問題の「棚上げ」を主張する日本側に対し、韓国側は線引きによる漁民の利益減少を恐れ、原則論を言い続けて交渉を長引かせる。

 竹島は「実効支配」を現在進行形で失いつつある領土といえる。

(敬称略、肩書、日付など当時のまま)


〈メモ〉 竹島は島根県隠岐島の北西157キロ。東島、西島と呼ばれる二つの小さい島と、周辺の岩礁からなる。総面積は0・23平方キロ。アワビ、サザエなど海産物の宝庫といわれる。日本では過去に「松島」の名称で呼ばれた。明治38年、島根県告示で竹島を島根県に編入し、領有の意思を明確にした。韓国は昭和27年に李承晩ラインを設定、竹島を韓国領に含めた。40年の日韓基本条約では、「竹島を平和的に処理する」との交換公文を締結。52年、日本は韓国周辺海域を除外して12カイリの領海法を施行したのに対し、韓国は53年、竹島周辺にも12カイリの領海を設定した。63年には韓国漁民が竹島に移住し、平成7年に船の接岸施設を建設。「竹島をめぐる領土紛争を契機に日韓が全面戦争に突入する」というストーリーの映画も韓国で公開されるなど、韓国世論は沸騰している。