竹島を世界自然遺産に

黒田 竹島問題は近年になって、韓国人の愛国のシンボルとして激しくなったと私は理解しています。大使もこの本で、その転換点は盧武鉉大統領時代だったと指摘されています。それより前に金泳三政権が竹島に埠頭を造った(1995年12月建設着手)ことも転換点の一つだったと思います。この大きな現状変更に、当時の外務省をはじめ日本は韓国に遠慮があったのか対応が十分でなかった。その後、韓国はやり放題になりましたからね。

武藤 外務省として相当抗議をしましたが、現実として建設を止められなかった。

黒田 あの頃、民主化をきっかけにそれまでの日韓関係を支えてきた古くからの知日派が後退し、日韓双方がお互いを忖度しながら交渉するということがなくなったことも影響した。

武藤 そうですね、通常の外交ルートでの交渉しかできなくなりました。これが普通の国家同士の外交であればいいけれども、日韓のように山積する課題を抱えている関係では普通の国同士の交渉でうまくいくのか。

黒田 埠頭の建設は上陸や往来を容易にするということです。そして盧武鉉政権時代に民間人の往来が現実に自由化された。それまではなかなか行けなかったのが、観光地化され、いまや年間20万人以上が上陸しています。一日500人ですよ。盧武鉉政権時代に竹島問題は一気に大衆化、国民化したのです。

武藤 盧大統領は「過去の不当な歴史で取得し、侵略戦争で確保した占有地に対する権利を主張する(日本の)人々がいる」と言って歴史問題にしたのです。

黒田 日本は、かつて奪った島を再び奪おうとしていると曲解され、竹島への関心が一気に広がった。その背景にも韓国社会の変化があったと思います。盧大統領は戦後生まれで、解放後世代が初めて中心になった政権でした。過去の体験がない彼らは日本に侵略されたとか“独立戦争”を戦ったとか、そんな教えられた知識だけであの時代を見ています。その彼らの対日イメージが「独島は日帝侵略によって奪われ、再び奪われようとしている」という図式にぴったりと合致した。そこから竹島が対日ナショナリズムのシンボルとして局部拡大された。

武藤 そのとおりです。日本にも「日本が軍国主義化している」「右傾化している」などと非現実的なことを言う人々がいて拍車をかけた。

黒田 今や竹島は宗教化していますよ。国民宗教としての「独島教」ですね。日本の言い分などまったく聞こうとしません。

武藤 日本が何をやってもけしからんという反応が返ってくる。領土問題としてみると、「竹島の日」を制定したり教科書に記述したりという日本の取り組みなど穏健なものですよ。中国が尖閣諸島、あるいは南シナ海で何をやっているか見てほしい。それでも韓国が反発するのは、歴史問題になっているからです。

 私は、竹島問題が将来解決に向かうためには、幾つかの要素が必要だと思っています。一つは、韓国に日本は重要な国だと再認識してもらうこと。この問題で激しく日本と対立するのは韓国の国益に反すると悟らせること。二点目は、歴史問題から領土問題に戻すことです。ここでも慰安婦問題が鍵になると思います。慰安婦問題をきっかけに韓国の人たちに歴史問題で自分たちの考えがすべて正しいわけではなかったと認識をあらためてもらう。そのことが竹島問題にもよい影響を与えると思います。

黒田 かつて朝日新聞の論説主幹が日韓友情の島として竹島を韓国に譲れと書いて批判されました。韓国は大喜びでしたが、友情の島といいたいなら日韓共同でユネスコの世界自然遺産として登録すればいい。自然遺産になると、韓国がつくった施設は自然環境保護のため全部撤去しないといけませんからね。あの島は「まず自然に返せ」ですよ。

武藤 おもしろいアイデアですね。

黒田 あの小さな島は、韓国の各種施設で満身創痍ですが、不思議なことに韓国では自然保護地域なんですよね。

大人同士の関係構築に向けて

黒田 嫌韓・反韓感情が高まっている日本では、韓国が何を言っても放っておけという雰囲気が支配的です。付き合うメリットはないと考える国交断絶論者も珍しくない。ここで改めて日韓関係が大切である理由を考える必要があるでしょう。その一つが中国問題ではないかと思うんです。これまで日米の側にいた韓国が、中国との距離を縮めている。このまま中国の側に追いやらないよう、日米の側にとどめることが必要だという機運が生まれたら、日韓関係の改善につながるかもしれません。

 そこで大使にうかがいたいのですが、韓国が中国の側につく、たとえば米韓同盟を手直し、後退させたり、中国に軍事的に依存したり、といったことはあり得るのでしょうか。韓国人に聞くと、米中の間でバランスを取ろうとしているにすぎず、「そんなことはあり得ない」と言います。一方、日本では昔のイメージで、韓国が華夷秩序にまたも組み込まれようとしている、新たな朝貢外交の始まりだとしきりに言われています。

武藤 日本もアメリカも、韓国がごねると折れてなだめてきた。韓国はそれが当たり前になっていて、中国を怒らせるよりも、「アメリカさん、日本さん、すこしだけ我慢してくださいよ」という状況でしょう。

 ただ、朴槿惠大統領は明らかに中国に寄り過ぎています。本にも書きましたが、就任前の彼女の頭の中は中国で埋め尽くされていた。彼女を大統領にするための準備組織にいた人はそう言っていましたね。

 中国の現在の存在感を考えると重視するのも分からないではない。いまや韓国の最大の貿易相手で、北朝鮮に向き合う上でも重要な存在です。しかしこれまで、北朝鮮との関係で韓国を助けてきたのはアメリカと日本です。中国が東シナ海に一方的に設定した防空識別圏でも韓国のことは無視でしたでしょう。中国と仲良くすれば、結局は取り込まれます。

 そのことを理解していれば、中国の側につくことはないと思いますが、韓国の人たちが希望的観測を抱きがちであることは気になります。すべて自分たちが正しいと考えるのもその傾向のためだと思いますが、国際情勢評価を間違えるとたいへんなことになります。

黒田 日本には執拗なのに中国とは歴史の清算をしなくても平気でいるのも不思議ですよ。韓国が中国に対し朝鮮戦争介入について謝罪や反省をしろと要求したことなどありません。

武藤 中国に対しては面と向かって言えない。

黒田 韓国はとにかく日本が絡む問題になると国際的常識に合わない行動を取る。日本大使館前の慰安婦像問題にしても、アメリカ大使館前に不法な反米記念像ができたら韓国当局が放置することはあり得ないでしょう。

武藤 そうですね。

黒田 なぜそうなのか。批判すると必ず韓国の外交当事者や政治家は「わが国には特殊な事情がある」と言う。日本に対する厳しい国民感情があるからだ、と。韓国には《国民情緒法》という、憲法より上位の特殊な法律があると自嘲気味に語る人もいます。

武藤 憲法裁判所の慰安婦判決がそうでしょう。

黒田 実際の法体系ではあり得ない判決が、国民感情に沿って出される。その根拠が《国民情緒法》だというわけですね。NGO国家化した韓国内で日本だけ適用される《法律》ですが、なぜ日本にはそれが通用するのか。結局、これまで韓国の無理難題に日本が応じてきたからでしょう。

 しかし、民主党政権末期から安倍政権になって、日本はもう無理難題を受け入れなくなりました。私は、これは長期的にみると日韓関係正常化には必要なことで、《国民情緒法》も効果がないという経験が積み重なれば、撤回されるかもしれないと思っています。

武藤 安倍首相が4月のバンドン会議やアメリカ議会での演説で謝罪しなかったのも、これ以上韓国の言いなりにはならないという姿勢の表れだと思います。

 私は1975年に韓国に初めて赴任して以来、韓国が強くなれば日韓関係は成熟するだろうと期待してきました。韓国は経済先進国となりましたが、「相変わらず」です。いい加減に大人になってもらわないと日韓関係は改善しません。事実は事実として受け止めて、大人同士の関係を築いてほしい。この本には、そんな希望を込めています。嫌韓で書いたわけではない。

 日本が韓国をけしからんと考えるのも仕方がない面があります。しかし、感情的に行き過ぎた発言やヘイトスピーチの類いは控えたい。韓国の国民レベルでは反日感情はほとんどありません。韓国に対して倫理的に優位に立つ。そして慰安婦問題など懸案事項は国際社会を味方につける。この姿勢が対韓国では大切だと思います。

むとう・まさとし 昭和23(1948)年、東京都生まれ。横浜国立大学卒業後、外務省入省。韓国語研修の後、駐大韓民国日本国大使館勤務。参事官、公使を歴任。前後してアジア局北東アジア課長、駐オーストラリア日本大使館公使、駐ホノルル総領事、駐クウェート特命全権大使などを務めた後、2010年、駐大韓民国特命全権大使に就任。2012年退任。

くろだ・かつひろ 昭和16(1941)年、大阪府生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信社に入社後、韓国延世大学校に留学。ソウル支局長などをへて平成元年から産経新聞ソウル支局長を務める。日韓関係の報道でボーン・上田賞、日本記者クラブ賞、菊池寛賞を受賞。著書に『韓国人の歴史観』『・日本離れ・できない韓国』『韓国 反日感情の正体』など。