平川祐弘(東京大学名誉教授)

 悪霊が豚にのりうつった。「すると又(また)一匹あらはれた。此(こ)の時庄太郎は不図(ふと)気が附いて、向ふを見ると、遥の青草原の尽きる辺から幾万匹か数へ切れぬ豚が、群をなして一直線に、此絶壁の上に立つてゐる庄太郎を目懸けて鼻を鳴らしてくる」

 漱石『夢十夜』で庄太郎は七日六晩、杖(つえ)で豚の鼻頭を叩(たた)いて谷底へ落としたが、とうとう精魂が尽きて仕舞に豚に舐(な)められてしまった。

 この話が新約聖書マルコ伝5章に由来すると世間は察したが、確証は得られない。寺田寅彦は明治末年ロンドンで「絶壁に野猪の群が駆けてくる絵」を見て漱石先生の夢の一節は此れだなと思ったが、さてどこの美術館かは忘れてしまった。そんな第十夜の発想源が、百年前はテイト・ギャラリーに展示されていたリヴィエアの一幅と突き止めたのは東大大学院留学中の尹相仁(ユン・サンイン)氏で、氏の『世紀末と漱石』は岩波書店から刊行されサントリー学芸賞を授けられた。

 その『ガダラの豚の奇跡』が今回初めて日本で展示された(『夏目漱石の美術世界』東京藝大美術館、7月7日まで)。その折に尹博士と20年ぶりに久闊(きゅうかつ)を叙した。聞けばこの3月、ソウル国立大学校アジア言語文明学部の初代の日本専攻教授に就任したという。

ソウル大で日本語が学術語に


 「日本語がソウル大でも学術語としてついに認められたということです」「東大でも今は韓国語は第二外国語の一つ、韓国語を学ぶ者は今年は五十数人です」。尹教授と日本の韓国語専任教員が話している。日韓のわだかまりについて各国学生ともども話し合った。

 平川「台湾でも李登輝総統が出てくるまで官立大学では日本語はご法度(はっと)でした。私は30年前、台湾の私立大学で東方語という名義で日本語を教えました」

 尹「韓国では外大で1961年から日本語を教えだしました。日本語教授も日本関係学会も多い。しかし大学受験の外国語から日本語は排除され教育の権利を侵害されたと訴訟が起きたこともある。今度ソウル大に日本語専攻ができたことで韓国の学問世界でも日本語日本文化は市民権を得ました」

 平川「植民地支配は二級市民を作り差別するから悪ですが、日本のように植民地に国立大学を造った国は珍しくありませんか」

 尹「京城帝大は1924年創立、日本の6番目の帝大で大阪、名古屋の帝大より古い。3分の1が朝鮮人学生でした。ソウル大は1946年の創立、今年で67年目。李承晩大統領は京城帝大を出て総督府の官吏となった者も左翼運動に飛び込んだ者も憎んだ」
京城帝国大学(Wikimedia Commons)

京城帝大と台北帝大の違い


 元台湾大学客員教授「韓国の人は京城帝大のことをよくいいませんね。台湾大学は先年、建学80周年を祝しました。日本が台北帝大を創立した1928年から数えてです。台湾の方は台北帝大を誇りにしています」

 韓国人留学生「いや韓国でも出身者は京城帝大を誇りにしています」

 平川「2005年に台湾大学は日語系の大学院が完成し、私も集中講義に招かれましたが、その時、私の恩師の島田謹二教授が戦前台北で教えていた教室で、私も教えるよう取り計らってくれました。台湾の人はおおっぴらに台北帝大を肯定しています。そうしたことは韓国ではあり得ないでしょう。ただ日本の台湾統治と朝鮮統治と同じに論じてはいけない。中国にとって化外(けがい)の地であった台湾と違い、朝鮮は一つの文明で長く王朝も続いた。その朝鮮全体を奪うことは民族の誇りも奪うことになったから反日感情も強かった」

 尹「京城帝大の日本人の先生にはよい思い出ももっています」

 だが、個人的によく思っていても、後難をおそれ公然と口に出せない雰囲気だとすると、韓国のお国柄はやはりきついな、と私は考えた。第二次大戦前夜、日本の新聞は無闇(むやみ)に反英を煽(あお)った。日本の要人が釈明して英国大使館のサンソム参事官に「日本人は個人的には英国に対しよい感情をもっている。しかし分別のある人は今は黙っているのです」と言った。するとサンソム氏は「真面目で分別のある人が黙るような国は到底いい状態にあるとはいえませんよ」と答えた。事実、悪霊に取りつかれた群のように日本人は亡国の断崖に向かって駆けた。そんなことも思い出された。

日本めぐる自由な言論空間を


 尹教授は「漱石と同様、自己本位の立場で日本研究を進めます」と話を結んで拍手を浴びた。かつての日本には研究対象国に惚(ほ)れ込み毛礼賛に走った中文の教授もいた。近頃は逆に嫌中・嫌韓の人もいる。動は反動を生む。北京やソウルで日本について分別のある発言が難しくなれば大変だ。韓国における日本論や日本研究は今後どれだけ自由な(或(ある)いは不自由な)言論空間の中で発展することか。

 最後に司会が、京城帝大や台北帝大の功罪を3カ国・地域の関係者が一堂に会して論ずると、客観的な歴史認識が出るのでないかと示唆した。良い提案に思われた。

ひらかわ・すけひろ 1931(昭和6)年東京都生まれ。1953(昭和28)年、東京大学教養学部教養学科卒業。フランス、ドイツ、イタリアに留学し、北米、中国、台湾などで教壇に立つ。平成4年、東京大学名誉教授。著書に『和魂洋才の系譜』(平凡社)、『アーサー・ウェイリー「源氏物語」の翻訳者』(白水社)、『ダンテ「神曲」講義』『西洋人の神道観』『日本の正論』(河出書房新社)、『竹山道雄と昭和の時代』(藤原書店)『市丸利之助伝』(肥前佐賀文庫)、『日本人に生まれて、まあよかった』(新潮新書)等多数。