最近、「反知性主義」という言葉を目にしたり、耳にしたりする機会が多くなった。

 よく読んでみると、この「反知性主義」という表現は「バカ」や「無知」の言い換えに過ぎない場合が多い。

 要するに、「あの人はバカだ」、「あの政治家は無知だ」というのでは、あまりに品がないから、「あの人は反知性主義的だ」などと表現することが多い。確かに、「バカ」と罵るよりも「反知性主義だ」と批判した方が、上品そうに感じる。

 しかし、本来、「反知性主義」とは、独特の意味合いを持つ言葉であり、ただの「バカ」や「無知」とは異なる概念だ。

 この独特な意味をもつ「反知性主義」を分かりやすく解説したのが、森本あんり氏の『反知性主義』(新潮選書)だ。

 残念ながら、有識者とされる人々が某誌で「反知性主義に陥らないための必読書」などというタイトルで、様々な本を列挙していたが、言葉の本来の意味を意識しながら、必読書を推薦していた人は、極少数にとどまっていたように思われる。「反知性主義」をただの「バカ」や「無知」とのみ認識している人が余りに多い。

 森本氏に従えば、「反知性主義」という言葉は、1952年の大統領選挙の際に誕生した言葉だという。共和党の候補者がアイゼンハワー、民主党の候補者がスティーブンソン。スティーブンソンは、プリンストン大学出身の俊英であった。これに対して、アイゼンハワーはノルマンディー作戦を指揮した将軍として名をはせた人物ではあったが、知的には凡庸とみなされていた。

 結局、この大統領選挙は、知的に凡庸とされたアイゼンハワーの圧勝に終わる。アメリカ国民は、知的に優れたスティーブンソンより、アイゼンハワーを選んだのだ。

 何だ、そういうことなら、日本でもあるではないか、と思われた方もおられるだろう。

 例えば、戦後の日本で圧倒的に人気のある総理大臣は田中角栄だ。彼は小学校しか出ていないにもかかわらず総理大臣にまで登りつめ、「今太閤」とも呼ばれた。「金権政治の権化」のように批判されることも多いが、現在に至るまで、「田中角栄が好きだ」と公言する人は多い。逆に、インテリ、秀才と目された宮澤喜一のことを好きだという人はすくないだろう。語学に堪能なインテリ政治家、宮澤喜一は日本国の大衆の心を掴むことは出来なかった。田中角栄には人間としての温かみを感じるが、宮澤喜一からは、冷たい雰囲気しか伝わってこないと、多くの日本国民は感じていた。
中曽根総理・田中角栄会談後、イヨッ!のポーズでホテルを出る田中角栄=1983年10月
 従って、政治家が知性のみで選ばれない、という現象は、アメリカ独自の現象ではない。民主主義社会において、政治家を選ぶ基準は「知性」のみではない。これは当然の話で、知性のみで政治家が選ばれるのならば、選挙ではなく、試験を課せばいいということになるだろう。

 アメリカの「反知性主義」の特徴は、それが宗教的な概念であるということだろう。

 「キリスト教」と一口に言っても、その教えは様々だ。カトリックとプロテスタントという区分くらいは、多くの日本国民に知られているが、その中にも様々な教えが存在している。

 「反知性主義」の根底に存在するのは、神の前では、全ての人々が平等であり、知性の有無によって人間の価値は変わらないという強い信念だ。

 アメリカでは、当初、牧師になるのは教養溢れるインテリというふうに相場が決まっていた。大学でキリスト教神学を専門的に学んだインテリたちが牧師となった。ハーバード大学などの名門校出身のインテリが牧師となって、人々に説教をした。従って、教会では、大衆には理解するのが難解な説教が行われていた。

 こうした「知的な宗教」に反旗を翻す「信仰復興運動」こそが、アメリカの「反知性主義」の原点なのだ。

 自分たちの信仰は、本物といえるのだろうか。

 そういう、素朴な疑問に多くの人が陥り、宗教的関心が一気に高まる現象が、アメリカでは起る。この際に登場するのが、極めて雄弁で、反権威的な宗教者だ。人々の心を鷲掴みにし、従来の権威を否定する。神は知性の有無によって人間を区別しない。ただ、純然たる信仰のみが人間を救う。これが彼らの信仰の核心だ。

 彼らは多くの牧師たちが行ったような難解な説教はしない。誰にでもわかりやすい説教を行う。洋の東西を問わず、大衆は、わかりやすい表現を好む。多くの人々が熱狂的に、素朴な信仰を尊ぶようになる。

 神の前では、知性の有無は無関係であり、ただ信仰が重要である。

 こうした信念こそが「反知性主義」の原点なのであり、それは単純な「バカ」や「無知」とは異なる概念なのだ。

 日本において「反知性主義」を「バカ」や「無知」の言い換えとして理解していても無害だろうが、今でもアメリカを動かし続ける「反知性主義」をそのようなものとして認識するのは誤りだ。

 森本氏の著作を一読することを強くお勧めしたい。