WGIPの効果を決定的にした制度

 このあとのCIEの心理戦の力点は、関野が指摘しているように、極東国際軍事裁判を日本人に受け入れさせることにシフトしていく。そのために、日本人が侵略戦争をしたということ、その過程で残虐行為を行い、アジアの国々の人々に多大の被害を与えたこと、日本人全員がそれについて責任があるということが強調された。

 アメリカ軍自身も、投降してきた日本兵を多数殺したこと、広島・長崎で人道に反する無差別大量虐殺を行ったことから日本人の目をそらすためだ。

 では、このようなCIEによる心理戦は果たして効果があったのだろうか。これまで見てきた心理戦の体系から、その実施体制から、現在の日本の現実から、ないというほうが無理なのだが、江藤の言説を受け入れない人々は、そのような心理戦が行われていたとしても、効果がなかったと主張する。

 現にNHK放送文化研究所の元主任研究員向後英記も、『真相はこうだ』などのプロパガンダ番組が失敗だったといっている。竹山も番組の表現などが稚拙だったので、聴取者の反発を招いたが、その後改善されたといっている。だが、今日の常識では、反発もまた、反響の一種であり、聴取率をあげる要素の一つだ。そして、聴取されるということは、影響力を持つということだ。

 そこで、ダイクなどが熟知していたコミュニケーション理論に照らしても、彼らの心理戦が失敗であるはずがないことを明らかにしよう。

 冒頭で言及したポール・ラザーズフェルドは、「マスコミュニケーション、大衆の趣向、組織的社会行動」(Mass Communication, Popular Taste, and Organized Social Action, 1948)のなかで、人々を洗脳するためには次の三つの条件を満たさなければならないと述べている。ちなみにこの論文はアンソロジーに収められたのは四八年だが、内容は三〇年代のラジオ放送のもので、以前から知られていた。

(1)マスコミュニケーション手段の独占

(2)回路形成

(3)制度化

 まず(1)だが、人々をあるイデオロギーに染まらせるには、そのイデオロギーを肯定する情報だけが流れ、否定する情報が流れない状況を作る必要がある。つまり、イデオロギーを植えつける側のプロパガンダだけが流れて、カウンター・プロパガンダが一切流れないマスコミニュケーション環境を作らなければならない。

 占領軍は、日本放送協会や新聞などのメディアを支配することによって、そして検閲を実施することによって、江藤のいう「閉ざされた言語空間」を作り、カウンター・プロパガンダをすべてシャットアウトできるマスコミュニケーション環境を作りあげた。

 これは日本の占領期特有の、そしてこの後には決して実現することのなかったマスコミュニケーション環境だった。

 朝鮮戦争でもヴェトナム戦争でも、アメリカ軍は陸続きの近隣諸国から人や電波を介して占領地に入ってくる敵性プロパガンダを遮断することはできなかった。 

 インターネットが発達した今日では、イラク戦争やアフガニスタン戦争でも、やはりアメリカ軍は敵性プロパガンダを遮断することはできなかった。

 なぜアメリカは日本の占領には成功したのに、そのあとの占領では失敗したのかはこれで説明できる。

(2)は最初にある情報を与えると、それを受ける人間に固定的回路ができてしまい、そのあとそれに反する情報を何度送っても、受け付けなくなることをいう。

 これを、軟らかい土の上に水を流すことに喩えよう。最初に水を流したとき、溝ができて水路が形成される。このあと何度水を流そうと、水は同じ溝を流れていく。

 イデオロギーに関しても、今まで知らなかったことを初めて教えられると、そのあとそれと違ったことを何度教えられても、最初に教えられたこと以外は受け付けなくなる。

 戦争中に大本営発表を聞かされていた日本国民は、大勝利を収めているということ以外は、戦争について詳しく知らされていなかった。そこへ戦後、占領軍によって、『太平洋戦争史』や『真相はこうだ』シリーズによって、初めて詳しい情報を与えられた。それらは基本的にアメリカ側によるプロパガンダだったのだが、それ以前には知らされていなかっただけに、大多数の日本人は信じてしまった。そして、いったん信じて回路が形成されてしまうと、そのあとそれを否定する情報が与えられ、啓発されても、それを受け付けなくなってしまう。

 これは、戦争についてある程度知っている大人には、効果はあまりないが、まったく知識がなく、抵抗力もない子供たちには効果は絶大だった。

 最後は(3)の制度化だ。前述の二つのことが、短期的に強力に行われても、それが行われなくなれば、その効果はやがて消える。これを永続的なものにするためには、機関や制度が作られる必要がある。共産主義国であれば、共産主義のドクトリンを説くだけでなく、それを人民に説明し、教育する機関や制度を作る。これによってイデオロギーやドクトリンは永続性を獲得する。

 日本では、教育機関と教育制度が占領期にアメリカ軍が行った心理戦の効果を永続化させた。

 CIEはまず「大東亜共栄圏」に関する書物の焚書を行った。次いで「大東亜戦争」という名称の使用を禁じ、「太平洋戦争」という名称を強制した。しかも、それを強制したということを明らかにせずに、中屋を東京大学に送り込み、彼を現代史の研究と教育の中心的人物とすることで、あたかも良心的日本人が自発的にしたかのように「制度化」した。

 不思議なことに、占領軍とはイデオロギー的に敵対しているはずの日教組もこの「制度化」には進んで協力した。

 かくして日本の教育機関と教育制度そのものが、現代史に関しては、反日プロパガンダを行うものとして「制度化」された。そして、いわゆる「自虐的」歴史観が公教育によって「制度化」され、これによって広まり、永続化することになってしまった。

 とくに現代史に関しては、占領軍の心理戦が功を奏したため、歴史的事実と反日的プロパガンダとが区別できなくなっている。

 この病弊がCIEの標的とされた大手メディア企業や教育機関や太平洋戦争史観を奉じる「正統」歴史学者にとくに顕著にみられるのは不思議ではない。WGIPが失敗だったのなら、このようなことは起こらなかっただろう。

 もう一つラザーズフェルトのコミュニケーション理論によって説明できるCIEの心理戦の成功例は「五大改革」の一つ「婦人解放」だ。CIEは日本放送協会にラジオ番組「婦人の時間」を放送させただけでなく、放送後に、聴取者を集めてその内容について話し合う集会を開かせた。この集会で啓発された女性たちは、今度は自らの口コミで同調者を増やして運動の輪を広げていった。これはラザーズフェルドの「人々の選択」(The People's Choice, 1999)で明らかにした理論の実践だ。つまり、ラジオ番組を流すだけでなく、番組の聴取者のなかからオピニオンリーダーを作ることによって、コミュニケーションの二段階の流れを作ることで「婦人解放」のイデオロギーを広めていったのだ。

「婦人解放」に関しては筆者も否定的に考えるものではないが、実際のところ、占領軍によるこの心理戦は、婦人を解放したというより、その動きを速めたといえる。

 戦後七〇年になるのだから、私たちはそろそろ占領軍の政治戦と心理戦の呪縛から抜け出さなければならないのだが、そのためにはまず、占領軍が行ったことがアメリカの利益にそって日本の「国体」を作り変える政治戦と心理戦だということ、憲法も教育基本法も放送法も、言論と表現の自由を奪われ、検閲が行われたこの占領期に作られたのだということをしっかり認識し、その意味をよく考えなければならない。



ありま・てつお 昭和28(1953)年、青森県生まれ。早稲田大学卒業後、東北大学大学院文学研究科修了。東北大学大学院国際文化研究科助教授などを経て現職。アメリカの占領政策と日本のマスメディアの関係を明らかにする研究に注力。著者に『アレン・ダレス 原爆・天皇制・終戦をめぐる暗闘』『児玉誉士夫 巨魁の昭和史』『こうしてテレビは始まった―占領・冷戦・再軍備のはざまで』『1949年の大東亜共栄圏―自主防衛への終わらざる戦い』など多数。