佐伯啓思(京都大学名誉教授)

《PHP新書『従属国家論』より》

ポツダム宣言の「無条件降伏」


 おそらく誰もがポツダム宣言というものを知っていながら、これを読んだことのある人はごくわずかなのではないでしょうか。

 ポツダム宣言は非常に重要なものです。なぜなら、これを受け入れることによって日本は戦争を終結させた。そしてポツダム宣言にしたがってアメリカは日本を占領したわけです。だから、これは日本の戦後を考える上で決定的に重要な文書なのです。

 もしも、日本の「戦後」が占領政策から始まったのだとすれば、その始点はポツダム宣言になるのです。ここにはいったい何が書かれていて、何を受け入れたのか。そのことをわれわれは当然知らなければならないのです。

 こういうことを学校教育の中でほとんどやらないということは、かなり大きな問題だと思いますね。

 ポツダム宣言を簡単に説明しましょう。

 一三項目がありますが、一九四五年、終戦の直前、七月二十六日にこの宣言が出されています。アメリカのトルーマン大統領、イギリスのチャーチル首相、それから中国国民党の蔣介石代表、この三名の連名になっています。

ポツダム会議が開かれるツェツィーリエンホフ宮殿に入る
トルーマン米大統領(Wikimedia Commons)
 実際にはチャーチルはイギリスに戻り、蔣介石は出席できる状況ではなかった。ですからこれは事実上アメリカのトルーマン大統領がひとりで作り、アメリカがひとりでやった自作自演です。

 基本的にこういうことが書かれています。外務省訳を要約しつつ紹介しましょう。

 「無分別なる打算によって日本帝国を滅亡の淵に陥れた我儘な軍国主義的助言者により、日本国が引続き統御せらるべきか」は、今決定される時である。

 「我儘な軍国主義的助言者」とは何とも格調の低い表現ですが、要するに、我儘で無謀で打算的な軍国主義者たちが日本を滅亡の淵に陥れようとしている。彼らを始末するかどうかは、今、日本の国民の決意にかかっているという。

 連合国は、無責任な軍国主義が世界から駆逐されて、平和で安全で正義に基づいた秩序が生み出されることを主張するものである。そのためには日本国民を欺いて世界征服の虚に出るという過誤を犯した軍国主義的勢力を永久に排除しなければならない。

 つまり、日本の軍国主義者たちは国民を欺いて「世界征服の挙」に出た、というのです。

 その次にこういうことが書かれています。「新しい秩序が建設されて、日本国の戦争遂行能力がなくなるという確証が得られるまでは、連合国の指定すべき日本国領内の諸地点は占領せらるべし」と。

 新しい秩序が建設され、日本の戦争遂行能力が破砕されるまでは、連合国は日本国の中の「諸地点」を占領する、というのです。日本国を占領するとは書かれていない。日本から軍事的勢力がなくなるまで、日本国の中の諸地点を占拠するという。

 ポツダム宣言では、別に日本国を占領するとは書かれていないのです。

 次にこういうことがありますね。われわれは日本人を奴隷化しようとしているのではないと。そういう意図は持っていない。ただ捕虜の虐待を含む、一切の戦争犯罪人に対して、厳重なる処罰を加えられなければならない。

 これが東京裁判の根拠になります。だから一切の戦争犯罪人に対しては厳重な処罰を加えるという、こういうふうに書いています。軍国主義者は「戦争犯罪人」なのです。「犯罪人」ですから、裁判で裁かれるべきなのです。

 そして最後に例の有名な、問題になる箇所があります。それは「無条件降伏」ということで、われわれは、戦後、日本はポツダム宣言によって無条件降伏を受け入れた、と了解してきました。

 しかし、ポツダム宣言ではこうなっています。外務省訳を現代文にして述べてみましょう。「われらは、日本国政府が、直ちに全日本国軍隊の無条件降伏を宣言することを日本の政府に要求する」となっています。ただそれに続けて「これ以外の日本国の選択は、迅速かつ完全な壊滅をもたらすだけだ」とある。

 この最後の文章は、確かに「無条件降伏」とも読めます。このポツダム宣言を受け入れるほかないのだぞ、といっているのですから。

 しかしポツダム宣言それ自体で、国家の無条件降伏を要求しているわけではないのです。

 アメリカが要求しているのは、日本国政府が直ちに全日本国軍隊の無条件降伏を宣言するということなのです。

 日本国政府が軍隊の無条件降伏を宣言することを日本国政府に要求する、ということなのです。

 だから無条件降伏するのは軍隊なのですね。これは英文では “unconditional surrender of all Japanese armed forces”となっている。これがポツダム宣言なんですね。

 さて、このポツダム宣言全体のストーリーをまとめてみると次のようになるでしょう。

 日本の軍国主義者たちが日本国民を欺いて世界の征服を企むという過ちを犯し、自由やら正義に基づく世界の秩序を破壊しようとした。そこで自由な人民が立ち上がった。彼らの力によってドイツの野蛮な行為は壊滅させられた。今や日本は、自由と正義の前に敗北しつつある。日本の敗戦の後には、過誤を犯した戦争犯罪人である軍国主義者たちは厳重に処罰され、日本から軍事力が完全に除去されなければならない。日本には新しい民主的な政府が打ち立てられなければならない。そのために連合軍は日本の諸地点を占拠する。

 おおよそこういうことです。

さえき・けいし 京都大学名誉教授。1949年奈良県生まれ。東京大学経済学部卒業、同大学大学院経済学研究科博士課程単位取得。滋賀大学経済学部教授などを経て、現在、京都大学大学院人間・環境学研究科教授。専攻は社会経済学、社会思想史。おもな著書に『隠された思考』(筑摩書房、サントリー学芸賞)、『「アメリカニズム」の終焉』(TBSブリタニカ、東畑記念賞)、『現代日本のリベラリズム』(講談社、読売論壇賞)、『「欲望」と資本主義』(講談社現代新書)、『反・幸福論』『日本の宿命』『正義の偽装』(以上、新潮新書)、『アダム・スミスの誤算』『ケインズの予言』(以上、中公文庫)など多数ある。