西岡力(東京基督教大学教授)
島田洋一(福井県立大学教授)
江崎道朗(評論家)

中国共産党の「冷戦」「悪しき所業」隠し


西岡 戦後70年を迎えて第二次世界大戦についての日本の謝罪をめぐる議論が再び盛んになっています。私は、このこと自体に強い疑問をもっています。なぜ70年も経っていまだに議論せねばならないのか。第二次世界大戦で負けてから50年、60年、そして今年の70年と、10年ごとにわが国の敗北を記念して議論することが妥当なのか。

 しかも、その後に第三次世界大戦と位置づけられるべき東西冷戦があり、そこで日本は勝利した自由主義陣営に属していた。にもかかわらず日本は謝罪し続けなくてはならないという議論に巻き込まれている。私には理解できません。

 二つの勢力が日本の過去を糾弾しています。一つは中国共産党です。もう一つは朝日新聞に代表されるような、自国の過去の悪だけを強調する国内勢力です。私は後者を反日日本人、反日勢力と呼んでいます。

 今年2月に国連安保理で創設70周年の記念討論会が開かれ、中国の王毅外相が「過去の侵略の罪を糊塗しようとするものがいる」と婉曲表現ながら日本や安倍首相をあてこすった演説をしたことが話題になりました。ただ、この演説の最大の問題点は、「戦後70年間、国連の創設メンバーで、安保理の常任理事国の中国は、常に国連憲章の精神に従い、国連の役割を支え、平和と安定を守ることに尽くしてきた。今日の開かれた討論会が、反ファシスト戦争勝利と国連創設70年の記念の序幕になることを望む」(2月25日付読売新聞朝刊)という箇所です。

 まさに虚偽だらけの内容です。中国共産党政権の中華人民共和国は、国共内戦に国民党が敗れて1949年に成立したのであって、1945年に国連が創設された当時のメンバーは中華民国でした。中華人民共和国の国連加盟は1971年です。

 朝鮮戦争(1950年~)を考えると、演説の嘘はより明らかです。金日成の北朝鮮が韓国を武力侵略したとき、国連の安全保障理事会は国連軍を組織して侵略者を撃退すべきだと決議しました。国連史上、国連軍での戦いを決議した唯一のケースですが、その侵略者・北朝鮮の側に立って国連軍と戦ったのが中国共産党であり、中華人民共和国です。国連と戦った中華人民共和国が国連創設メンバーであるとか、国連の役割を支えて平和と安定を守ってきたなどと、よくも言えたものだと開いた口が塞がりません。

 これは冷戦を無視、隠蔽する議論であり、こうした欺瞞が日本をいまだに第二次大戦に縛り付けているのではないか。そんなことを話し合いたいと思います。

江崎 中国共産党は近年、尖閣諸島問題にからめて日本が「戦後国際秩序に挑戦している」と盛んに批判しています。しかし中国共産党の所業を考えると、「戦後国際秩序に挑戦」してきたのはまさしく彼らです。

 中国共産党は1950年代から60年代、アジア各国に「革命の輸出」を試み、騒乱を起こした加害者です。インドネシアはその最たるもので、中国の周恩来から支援を受けていたインドネシア共産党が1965年に起こした軍事クーデター「9・30」事件では、約80万人が死んだと言われています。カンボジアでは、数百万人を大虐殺したクメール・ルージュのポル・ポト派を支援し、1979年にはポル・ポト政権を崩壊させたベトナムを「懲罰する」といって中越戦争を起こした。日本に対しても、60年安保や赤軍派の一連の事件などを引き起こすに至った新左翼過激派の活動、成田闘争に手を突っ込んでいました。

西岡 1958年~60年の「大躍進政策」では、2000万~3000万人ともいわれる自国民を餓死させ、60年代後半からは文化大革命と称して知識人を弾圧して国内に大動乱を引き起こし、やはり数百万から1000万人以上の死者が出たといわれています。歴史も民族も異なるチベットに軍事侵略をして帝国主義的植民地統治をし、ウイグルや内モンゴルでも、同じことをしている。近年は異常な規模の軍拡を続け、周辺諸国に侵略的行為を繰り返しています。そして何より、民主化を求める学生たちを、軍を出動させて虐殺した天安門事件(1989年)です。

江崎 中国共産党が自らの悪しき所業を隠すために、「反ファシズム戦争勝利」を言い立てているのが見え見えです。

島田 「反ファシズム戦争」という言葉ですが、そもそも第二次大戦の構図は、戦勝国の英・米・仏・中・ソが自由・民主主義の「陣営」を組んで、日・独・伊の「ファシズム陣営」と戦ったといった単純なものではありません。その始まりは、ナチスのヒトラーとソ連のスターリンが「同盟」を組み、1939年9月に東西からポーランドに侵攻したことです。独ソは同年8月に結んだ不可侵条約の秘密議定書で、東ヨーロッパを両国の勢力範囲に分割することを約束していました。

 そもそもソ連は共産党一党独裁で、しかもスターリンは20世紀でも指折りの人権弾圧者です。経済は市場メカニズムを排除する点でファシズム以上に抑圧的で、政治的な自由度も当時の日独伊を遙かに下回っています。この点だけでも、「第二次大戦は反ファシスト陣営が勝利した戦争だ」という議論のおかしさは明らかです。

西岡 中国共産党はトウ小平の改革開放のかけ声で、経済における社会主義理論を捨て、計画経済をやめて生産手段の私有を解禁してマルクスの言うところの「搾取」を認め、市場経済を導入しました。しかし、社会主義市場経済など理論的にあり得ない。マルクス・レーニン主義は下部構造の経済が上部構造である政治を規定するとしています。下部構造で社会主義をやめて資本主義を復活させたのに、上部構造では、社会主義のための人民民主主義、プロレタリアート独裁を続けるという理論は矛盾しています。共産党独裁統治の根拠はすでに崩壊したんです。そのために、自分たちは反ファシズム戦争を戦って勝利したという歴史を必要としている。

 簡潔にいえば、労働者を搾取する資本家を絶滅させたことが正統性の根拠だったのに、敵である資本家を復活させた。だから、日本軍国主義ファシズムと戦って中国を勝利させた歴史を捏造したうえ、軍国主義が復活しようとしているというフィクションで現在の日本を敵に仕立て上げ、それと中国共産党は戦うのだという虚構を独裁統治の正統性の根拠に利用している。

 しかし、実際に日本と戦ったのは中国国民党であって、中国共産党ではない。八路軍や新四軍とよばれた中国共産党軍は日本とは戦闘らしい戦闘をせず、専ら自らの勢力拡大に勤しんでいました。

 だから「戦後」という枠組みで歴史を議論すること自体、中国共産党の欺瞞統治戦略の土俵に乗ることになってしまう。中国共産党の罠に陥るのです。

中国は帝国主義的ファシズム国家


北京郊外にある盧溝橋近くの中国人民抗日戦争記念館で各国大使らに公開された抗日戦争70年に関する展覧会
島田 概念的に整理しましょう。ファシズムという用語の起源ともなった象徴的人物は、第二次大戦中のイタリアの指導者ベニト・ムッソリーニです。彼は若いころは純粋社会主義者で、レーニンから「イタリア唯一の真の革命家」、欧州共産主義の次代を担う存在とまで評価されていました。ところが第一次大戦中に、労働者階級の国際連帯など幻想に過ぎず、また生産手段のあくなき国有化は国力の衰退を招くと痛感し、資本主義のエネルギーも利用した国家主義的独裁を打ち立てるべきだと考えた。

西岡 ムッソリーニはトウ小平だったということ?

島田 そう。ファシズムの最大公約数的な定義は、資本主義のエネルギーを抑圧体制活性化のため利用する、ということです。もちろん自由な言論や議会制民主主義を否定し、ある国家宗教的理念を体現した指導者に束(イタリア語で「ファッショ」)になって付き従うべきだという原理もファシズムの特徴の一つです。

 ちなみにアメリカのルーズベルト政権も、ブレーンのほとんどがムッソリーニに畏敬の念を抱いていました。当時のアメリカもファシズム的傾向と無縁ではなく、ソ連と抵抗なく手を結んだのは、側近にコミンテルンのスパイが多かったせいだけではありません。なお、優越人種主義や領土拡張主義はファシズムの本来的属性とは言えません。ムッソリーニのファシスタ党にはユダヤ人の幹部が少なからずいましたし、スペインのフランコ政権は、ヒトラーの再三の圧力にも拘わらず枢軸側で参戦せず、内にこもる傾向が顕著でした。ナチスにも、ナンバー2のゲーリンクなど、破滅を危惧し領土拡張に慎重だった幹部がいます。すなわち、ファシズムに偏執的人種主義が加わったのがナチズム、さらに際限なき拡張主義が加わったのがヒトラリズムと言えるでしょう。なお、自集団を頭部と位置づけ有機的な支配圏拡張を図るのが帝国主義ですが、ヒトラリズムは帝国主義の破滅的形態とも言えます。

 中国はトウ小平時代に改革開放の名で、原始共産主義を捨てファシズムに転換しました。その後の中国は政治・経済体制として典型的なファシズムであり、少数民族弾圧政策をとっている点ではナチズムの要素もある。ではヒトラリズムに該当するかどうか。現在、いわゆるサラミスライス戦術でじわじわと無法に領土を拡張しており、ヒトラーほど無謀ではないけれども、有機的拡張主義という点では同類です。一言で表せば、現在の中国は「帝国主義的ファシズム」と言えるでしょう。ファシズムに加えて、ナチズムの要素を持ち、ヒトラリズムの傾向をも見せている中国が、反ファシズム戦争の勝利を祝うのは倒錯の極みです。

西岡 直感的に言えば、日本は確かにナチスと組んだけれども、アメリカもルーズベルト大統領がスターリンと組んだ。そして戦後に冷戦が始まり、スターリンがナチスと同じような「悪」だということに気づいた。中国大陸を共産党にとられ、朝鮮戦争も始まった。そこで日本に憲法第9条を押しつけたり社会主義的政策を行ったりしたことが失敗だったと悟り、いわゆる「逆コース」政策をとるようになった。再軍備を迫って朝鮮戦争勃発直後の1950年8月に警察予備隊がつくられ、その後の自衛隊創設につながったわけですね。

江崎 それでも中華人民共和国は国連常任理事国になっている。これは、アメリカがソ連との冷戦を有利に戦うため、あるいはベトナム戦争停戦のために1972年、ニクソン大統領が訪中して、中国と組んだからです。アメリカが理念的には敵であるはずの北京と組んでソ連と戦おうとしたため、中国共産党の本質に目をつぶってしまった。その結果、今日まで中国共産党の犯罪的行為が厳しく問われてこなかったのが残念です。