【英国で考えるエネルギー環境問題】

有馬 純(国際環境経済研究所主席研究員、日本貿易振興機構ロンドン事務所長)



 言論アリーナ「アゴラ」に池田信夫氏が、川口マーン恵美氏の「ドイツの脱原発がわかる本:日本が見習ってはいけない」の書評が出た。


 脱原発を選んだドイツに対する一部マスメディアのナイーブともいえる礼賛論には辟易していたこともあり、「昔陸軍、今反原発派。ドイツを見習え、バスに乗り遅れるな、という点で同じ」とコメントしたところ、ネット上で反論をいただき、何度かコメントのやり取りをするうちに、原発再稼動の適否に関する議論に発展した(具体的なやり取りは上記のサイトでご覧いただける)。

 ちなみに反論された方々はいずれも、温室効果ガス削減が必要という立場に立っておられる(温暖化なんか問題ないという意見であれば、わざわざ原発の再稼動などせずとも、安価で豊富な石炭を使えばよいと言う結論になり、そもそも議論がかみ合わない)。やり取りの中で、私が「原発全停止による化石燃料輸入増による国富流出、エネルギーコストの上昇、対外依存度の上昇によるエネルギーセキュリティ上の問題、温室効果ガス上昇という問題に対処するために、安全性の確認された原発の再稼動は最も費用対効果の高い手段」と述べたところ、以下のような反論をいただいた。

1.
原発全停止によって、年間3.7兆円の国富が流出している俗説があるが、これは誤りで、実際には7-8000億円の増加。http://oceangreen.jp/kaisetsu-shuu/Boueki-Akaji.html つまり3.7兆円の燃料費の増加は確かに認められるものの、増加分の大部分は、円安と燃料価格の高騰によるもの。現在は原油価格、LNG価格ともに大幅に下落しているので原発停止による燃料費の増加は、わずかなもの。
2.
再稼働は無償で出来るわけではない。安全対策費は膨大であり、核廃棄物の最終処分や廃炉のコストも、十分に確保されているとは言えない。安全対策費を考えると原発再稼動による経済効果は現時点ではゼロまたはマイナス。

 この反論の興味深いところは、「原発は危険な技術なのだからやめるべきだ」というドグマチックなものとは一味違って、「経済面で考えても再稼動はメリットがない、むしろマイナスである」と論じているところである。立命館大学の大島堅一教授も「石油などの輸入費が高いのは、アベノミクスによる円安の影響。そろそろ限界に近いだろうし、原油価格は下落傾向にある。安価なLNGの発電比率を増やすことも可能なはずだ」と主張している。


 しかしこれらの議論には多くの点で疑問がある。

 「化石燃料輸入額増大のうち数量要因はごく一部」ということだが、だから何だと言うのだろう。確かに現在の貿易赤字の原因を全て原発全停止による燃料費の増分に帰するのは間違っている。円安によっても輸出が伸びない構造的要因も大きいだろう。しかし、3.7兆円が原発全停止による化石燃料輸入増加によって生じたことはまぎれもない事実である。それを数量要因、価格要因(更には為替要因、燃料価格要因)に分解して、数量面の貢献分はそのごく一部であると論ずるのは論理のすり替えだ。そもそも全停止がなければ化石燃料の輸入増は不要だったのであり、負担しなくても良いコストであった。むしろアベノミクスにより円安が進み、化石燃料価格も上昇しており、化石燃料輸入国にとって不利な材料がある中でも電力安定供給のために輸入せざるを得なかったという事実を重視すべきである。

再稼働前に重大事故を想定した訓練を行う川内原発の作業員ら=7月27日午前、鹿児島県薩摩川内市(代表撮影)
 「石油価格も低下しているのだから、再稼動によって節約できる費用はわずかである」という議論も理解に苦しむ。天然ガスの輸入量は2010年度の7000万トンから2013年度には8700万トンに約25%増大した。再稼動によってその増分を少しでも減らすことができれば、化石燃料価格が低下しているとしても、経済的メリットが発生することは自明である。「再稼動で貿易赤字が解消する」というのは間違っているが、価格低下により節約額が目減りしたからといって、貿易赤字を構成している諸要因を緩和できるオプションを放棄せよということなのだろうか?しかもこの議論の決定的な落とし穴は化石燃料価格の低下を所与のものとしていることだ。昨年から生じた原油価格の低下が今後も続くと誰が保証できるのだろう。既に原油価格低下に底打ち感も出てきている。また中東を含め、日本への石油供給ルートでクライシスが生じないと誰が保証できるのだろう。日本の天然ガス輸入価格は原油価格とリンクしており、原油価格が上昇すれば間違いなく天然ガス輸入価格も上昇することになる。「再稼動で節約できる費用はわずかだ」という議論は、化石燃料の輸入増が国富流出のみならず、エネルギーセキュリティ上の問題でもあることを矮小化している。

 「原発の発電コストは上がっているのだから、再稼動の経済効果はむしろマイナス」という議論は更に理解に苦しむ。確かに原子力の発電コストは総合資源エネルギー調査会発電コスト検証グループが行った試算では、原子力に追加的安全対策、廃炉費用、事故対策費用、再処理費用等を上積みし、更にそれぞれのコストを倍増する感度分析も行ったが、2014年、2030年いずれの断面で見ても、発電量の膨大な原子力の発電コストは依然として化石燃料火力よりも低い。しかもこのコスト比較はモデルプラントによるものであり、既設の原発が再稼動されることになれば、そのコストは更に低いものになる。したがって原発再稼動の経済的効果としては、化石燃料輸入代替効果と、以前より上昇したとはいえ、依然、化石燃料火力よりも、そして当然ながら再生可能エネルギーよりも発電コストが低いことによる電力コスト節約効果がある。


 しかし一番理解できないのは、温暖化防止が必要という立場に立っていながら、再稼動には反対というロジックだ。上記の「再稼動の経済的メリットはマイナス」を主張された方は、他方で「温暖化防止のために再生可能エネルギーを推進すべき」との立場を取っておられる。再生可能エネルギーを推進する論者は、例外なく、温暖化対策のみならず、将来の化石燃料輸入依存の低下、燃料費節約効果への貢献を指摘している。現在はコストが高いが、将来の化石燃料価格上昇のことを考えれば、現在のコストを将来のコスト節約で相殺できるというロジックだ。しかし、化石燃料価格の低下を理由に、再稼動の経済的メリットを否定するのであれば、原子力よりもはるかにコスト高の再生可能エネルギーを推進する経済的理由など皆無になる。それとも原子力を論ずるときと再生可能エネルギーを論ずるときで化石燃料価格の想定を変えているのであろうか。だとすればダブルスタンダードに他ならない。

 ・・・・というような反論をしたところ、それに対する直接の答はなく、「原子力は安全性に問題があり、事故があれば日本はおしまい。再生可能エネルギーは温暖化対策、化石燃料枯渇のためにコスト高でも導入すべき」という、よく聞かれる意見が返ってきた。「化石燃料が枯渇するというならば、化石燃料価格は上昇するはずであり、原発全停止の国富流出効果や再稼動の経済的メリットを否定する議論と矛盾するはずなのだが・・・・」と思いつつ、こうなると冒頭の水掛け論になってしまうので、丁重に議論を打ち切らせていただいた。

 ロンドンに身をおいて日本でのエネルギー政策議論を見ていると、エネルギー安全保障、エネルギーコストの低減、温室効果ガス低減という、往々にして両立の難しい政策目的を実施するために、再生可能エネルギー、原子力を含め、いろいろな手段を組み合わせるという発想ではなく、原子力を手段から排除するということが自己目的化しているような議論がしばしば目につく。燃料価格上昇を理由に原発全停止の影響を小さく見せる一方で、原油価格低下を理由に再稼動のメリットを否定するという珍妙な議論も、脱原発から全ての議論が始まるからであろう。日本で再生可能エネルギー推進を唱える人々の間で「原子力をやめて再生可能エネルギーに」という議論がしばしば見られることは残念なことだ。ちなみに原子力オプションを支持する論者に再生可能エネルギー不要論を唱える人はいない(少なくとも私は承知していない)。本来、どちらも化石燃料依存を低下させ、温室効果ガス削減にも役立つ技術なのに、どうして両方使おうという発想ができないのだろうか。

 脱原発がある種の宗教になっているドイツでは望むべくもないのかもしれないが、英国には「パンドラの約束」製作に関与したマーク・ライナースや、元英国グリーンピース事務局長のスティーブン・ティンダールのように「温暖化対策のためには再生可能エネルギーだけではなく原子力も必要」という環境関係者がいる。そういう議論は日本では望めないのであろうか。