井沢元彦(作家)

 いわゆる節目の年ではあるが、実は10年前20年前であっても、これから書く事は変わらなかったかもしれない。

 それは戦前も戦後も異なっているようで実はまるで同じだということである。

 それは一言で言えば空想的防衛論と言うべきだろう。日本には神風思想というものがある。言うまでもなく国難にあたって神は天皇をいただくこの国を守るために何らかの奇跡を起こすというものだ。これは天皇信仰と分かちがたく結びついているため、一般には「神風を信じる人は右翼、信じない人は左翼」という「常識」がある。

 私は歴史学者ではないが、それだからこそ専門分野にとらわれず日本史全体を鳥瞰的に見ているつもりだが、そうした視点から見ると実は「左翼も神風を信じている」のである。念のためだが「左翼」は「右翼」の誤植では無い。そして私に言わせれば、この点に気がつかないことが日本人の愚かしさであり、その原因は真の日本史を知らないことに理由がある。

 まず神風思想というものがどうして始まったのか、その点を振り返ってみよう。もちろんこれは鎌倉時代の話である。日本は初めて外国から本格的な侵略を受けた。いわゆる元寇、モンゴル帝国の侵略である。実はこの侵略、日本にとってはタイミングが良かった。というのはその少し前に日本には史上初めての軍事政権である鎌倉幕府が成立していたからだ。では、それまでの日本の統治者である朝廷(天皇家)はなぜ武士たちに政権を奪われ、軍事政権である幕府の成立を許したのか?

 話せば長いのだがごく簡単に言うと、日本には神道に基づく「ケガレ忌避」つまり、あらゆる不幸の根源であるケガレを徹底的に避けようという「宗教」がある。ケガレは様々な理由で発生するが、もっとも大きな発生源は「人間の死」である。つまりケガレを避けるためにはケガレに触れる職業を忌避しなければいけない。それは軍人であり警察官だ。だから朝廷は軍事部門と警察部門をほぼ開店休業状態にしてしまった。今で言えば自衛隊と警察を事実上廃止してしまったのである。

 それで日本は平和になったか? とんでもない、治安は乱れ全国は騒乱状態になった。そんな中、自分の身は自分で守るという武器を持った自営農民たちが階級として発達し、ついには独自の政権を作り朝廷を圧倒した。これが幕府である。

 侵略などという国難を、あえて日本にとってタイミングがよかったと言ったのは、幕府成立以前の平安時代に元が攻めてきたら日本はなすすべもなくやられていたかもしれないからだ。ひょっとして日本という国はなくなり、われわれはいま中国語をしゃべっていたかもしれないのである。

 ところが我が先祖は見事に敵を撃退した。

 様々な幸運は確かにあった、たとえば日本は海に囲まれているということである。元の最大の強みは騎馬軍団による攻撃だ。しかし日本には騎馬軍団を派遣するわけにはいかなかった、当時の船舶では大量の軍馬を輸送するのは不可能だったからである。だが幸運よりも何よりも日本が勝てたのは鎌倉武士の奮戦のおかげである。これが最大の勝因だ。ところが朝廷も貴族階級もそれは認めたくなかった。かれらはケガレている。だから「悪」である。「悪」の力によって神聖なる日本が守られたとは、どうしても認めたくない。そこで彼らが持ち出したのが神風であった。確かにあの時低気圧による暴風雨が起こり、元軍を悩ましたのは事実である。しかし決定的な勝因では無い。それを朝廷勢力は「神風のおかげで勝ったのだ」と盛んに吹聴した。言うまでもなく「勝てたのは鎌倉武士の力(軍事力)ではない」と思い込みたかったからである。
生の松原の石塁前を行軍する御家人、竹崎季長(蒙古襲来絵詞・部分、宮内庁三の丸尚蔵館蔵)
 そしてその時から800年近く経過した現代でも、「ケガレ忌避」という先祖の宗教はわれわれ現代人の心の中にも刷り込まれている。こういう人たちはたとえば「抑止力は戦争を防止する」などという考え方を絶対に認めない。なぜなら抑止力といえば軍事力であり、それは「悪」そのものであるからだ。

 確かに戦後70年日本は平和だった。日本を侵略してくる外国はなかった。それはいったいなぜか。もちろん運が良かったという事は前提にあるかもしれないが、侵略を排除できたのは日米安保条約という「外部のガードマン契約」と自衛隊という「自社の防衛システム」があったからだろう。現実的に見ればこれが最大の要因である事はだれの目にも明らかだ。ところが日本人だけは「軍事力=悪」と考えているから(戦前は諸外国との競争に勝つために「軍事力=悪」という考え方は国策で抑制されていたのだが、その国が戦争に負けたことによって過去の何倍にも増幅されてしまった)、戦後70年の平和が軍事力によって守られたとは認めたくない。しかしいくら認めたくなくても事実は事実である、しかしそれでも認めたくないなら、どうすればいいか?

 おわかりだろう、平安貴族と同じことをすればいいのである。彼らは現実には鎌倉武士の軍事力で勝ったにもかかわらず「神風のおかげだ」と言って自らをごまかし他もごまかそうとした。同じことだ。戦後70年の平和は軍事力で守られたのでは無い、「平和憲法」によって守られたのだと主張し自らをごまかし他もごまかそうとした。だから彼らにとって平和憲法というのは神風と同じく信仰の対象なのである。

 平和憲法いわゆる日本国憲法は日本人に対する強制力はあるが、外国人には何の効力もない。日本を侵略しようとしている国にとって、それが歯止めになることなどあり得ないのだ。にもかかわらず護憲派はそのように主張する。それは合理的な主張ではなく、信仰だからだ。だからこそ彼らはかつて「平和憲法を維持したまま(自衛隊を解体し)安保条約も廃棄せよ」などという無茶苦茶なことを主張していた。

 その主張を貫くためには日本の周囲に、日本にとって仮想敵となりうる国家があっては具合が悪いから、たとえば「北朝鮮は日本人を拉致してなどいない」というデタラメを叫び続けていた。

 しかしそれでもそんな「嘘つき」どもの力はまだまだ強い。それは彼らの考えが、彼らはまったく意識していないが、実は日本人の古来からの信仰に基づくものだからである。

 だから「右翼にとっての神風と左翼にとっての平和憲法」はまるで同じものなのであり、現在の日本人が最も成すべき事は、こういう歴史に早く気がつくことである。