「安倍談話」が発出された。その輪郭は、既に浮かび上がっていた。

 『朝日新聞』記事(電子版/八月十二日配信)によれば、安倍晋三総理は、自民党山口県連会合での挨拶の中で、「安倍談話」に関連して、「先の大戦に対する反省と戦後の歩み、これから日本がどういう国になっていくかを世界に向けて発信していきたい」と語ったと報じている。この記事によれば、安倍総理は、「日本はこの70年間、ひたすら平和国家としての歩みを進めてきた。その歩みは決して変わることはない」と強調した上で、「先の大戦に対する深い反省のもと平和を守り、アジアの繁栄のために力を尽くしてきた。私は日本の歩みを誇りに思うし、今後も勝ち得た信頼のもとに世界に貢献していかなければならない」と述べた。「安倍談話」は、先刻の有識者懇談会報告書の線に落ち着く。即ち、それは、中国は「苦虫を噛み潰した評価」、韓国は「大いなる不満」、米国を含む他の国々は「概ね歓迎」という反応を出すと予想できる線に落ち着く。そのように予感させる材料は、事欠かなかったといってよいであろう。

 筆者は、特に満州事変以後の軌跡に関して、「侵略」の認識と「反省」の言葉は入るかもしれないけれども、特定の国々に対する「謝罪/詫び」の言葉は表明されないのであろうと観ていた。そして、筆者は、この辺りの記述に割かれる紙幅は、「安倍談話」全体の10パーセントぐらいの割合に留まり、「談話」全体の80パーセントの文言は、特に米英豪蘭四ヵ国や東南アジア諸国との関係を念頭に置いた「和解の実績」の説明、さらには「積極的平和主義」の信条の表明のために費やされるであろうと読んでいた。「アジア・アフリカ会議(バンドン会議)60周年記念首脳会議」や米国連邦議会上下両院合同会議での安倍総理演説を経た「流れ」を凝視するならば、それが「常識な判断」というものであろう。

 ところで、この種の談話を評価する上で考慮しなければならないのは、国際政治が「お手々、つないで…」という類のものではないとすれば、談話発出に際しても、「どこの国との関係を重視したいか」という意図は当然に反映されるのであろうということである。

 「安倍談話」に関していえば、筆者は、その策定に際しては、特に米英豪蘭四ヵ国との「調整」が水面下で進んでいたかもしれないと想像する。日本にとっては、この四ヵ国は、前の大戦では「まともに戦った相手」であるし、安倍内閣下の「地球儀を俯瞰する外交」の文脈では最も重視されている国々である。「安倍談話」策定に際しては、特に中韓両国との関係への影響だけが過剰に議論されていたけれども、実は第一に考慮すべきは、こうした米英豪蘭四ヵ国との関係であった。これらの国々との「敵対から友情へ」という物語を損ねない限りは、「安倍談話」における一つの隠れた目的は達成されていたことになるのではないか。実際、「安倍談話」では、「ですから、私たちは、心に留めなければなりません。…米国や英国、オランダ、豪州などの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を」や「それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵として熾烈に戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩讐を越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります」という「敵対から友情へ」の文言が二度、登場するのである。「安倍談話」もまた、「地球儀を俯瞰する外交」の文脈で展開されてきた対外政策路線における一つのピースでしかない。

 そもそも、「村山談話」それ自体もまた、「植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国」という文言によって、「どこの国との関係を重視したいか」が示唆されていたのである。「村山談話」における力点が特に中国や朝鮮半島との関係に置かれていたのは、現在となっては明白であろう。実際、「村山談話」には、「米国をはじめ、世界の国々から寄せられた支援と協力に対し、あらためて深甚な謝意を表明いたします。また、アジア太平洋近隣諸国、米国、さらには欧州諸国との間に今日のような友好関係を築き上げるに至ったことを、心から喜びたいと思います」とあるけれども、それは、その文言から判断する限りは、決して米英豪蘭四ヵ国との「和解」を念頭に置いたものではかった。中韓両国が「村山談話」の継承を折々に要求した際、そこで要求されていたのは、たんなる「歴史認識」の継承ではなく、「中韓両国に配慮した対外姿勢の継続」であった。こうした「村山談話」の性格を理解することは大事であろう。

 その意味では、「安倍談話」は、事前の侃々諤々たる議論にもかかわらず、落ち着くべきところに落ち着いたものになったという評価になるのであろう。そのこと自体は、「諒」とせられるべきものであろう。