米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾(ぎのわん)市)の移設見直し問題が、日米同盟関係を危機にさらしている。日本は、戦争を継続中の国と基地交渉をしていることを忘れない方がいい。アフガニスタンなどで戦争中の米国の要人の迫力と、「友愛外交」を唱える極楽トンボのような日本のリーダーとでは土台役者が違う。鳩山由紀夫首相(62)や岡田克也外相(56)のおろおろした姿は本当に情けない。このありさまではいずれ、米政府に屈服する形で問題は収拾されるのではないか。それでも米国の日本への軽侮と不信は残り、日本国民の生活の基盤である安全保障環境は損なわれたままとなる。その傷を癒すには、かなりの歳月が必要だ。その責任を鳩山政権はどうとるつもりか。
 鳩山内閣発足を翌週に控えた9月11日、鳩山氏の外交ブレーンとされる寺島実郎(じつろう)・日本総合研究所会長(62)は講演で「戦後64年たち、独立国に外国の軍隊が駐留しているのは不自然だという世界の常識に返るべきだ。東アジアに軍事的空白をつくらない形で、在日米軍基地の段階的縮小と日米地位協定の改定を実現していくべきだ」と述べた。

問題意識は正しくても

 自国の領土から外国軍である米軍の駐留部隊を縮小、撤退させ、米軍基地周辺の国民に安寧な生活をもたらしたいという鳩山氏らの問題意識自体はまっとうだ。
 しかし、鳩山氏や岡田氏が決定的に間違っているのは、中露、朝鮮半島など日本を取り巻く国がこの20年以上、核兵器の開発・高度化も含め軍拡を続けてきたのに、日本は一方的軍縮を続け、軍事バランスが悪化してきたのを理解していない点だ。国の独立と国民の生命財産を守るため、現状を正す決意を併せ持っていないから、基地問題もにっちもさっちも行かなくなっている。
 「日本の防衛力がGDP(国内総生産)の1%で済んでいるのは、誰のおかげかお忘れか」
 10月20日、来日した米国のロバート・ゲーツ国防長官(66)が、普天間問題を協議した10月20日の北沢俊美防衛相(71)との会談で投げつけた言葉だ。
 これに対して「第2の敗戦だ」と悔しがる防衛省内の声もあったが、封印された。
 日本は、米国の世界戦略のために欠かせない基地を提供している。北朝鮮の核開発、拉致問題では、米国は日本に背信的な行動を時にとってもいる。それでも「守ってもらっている」側は弱いのだ。

戦後平和主義こそが問題

 米国は「日本は一喝すれば引き下がる」と思っている。今までの対米交渉がそうだったし、今度の普天間問題もそうなりつつある。
 米国は戦時中なのだ。たとえば、アフガン戦争は9年目だ。バラク・オバマ大統領(48)は来夏までに米兵3万人の増派を決定した。アフガンでの米兵の戦死者は930人を超え、1000人に達するのも時間の問題だ。沖縄の海兵隊員もアフガンに赴いている。
 若者が命がけで戦っている国に、基地周辺の住民の被害だけを持ち出しても大きな効果はない。理由はどうあれ、戦争中の米国が、洋上での給油活動さえやめる「同盟国」から、「政権交代したから基地の移転先を変えてくれ」と言われて、納得するだろうか。
 米国を振り向かせたいなら、日米の役割分担を見直すことだ。東アジアの安定のため、日本が集団的自衛権の行使や自衛隊の抜本的増強に踏み切ることが必要ではないか。
耐えられないほどの額の資金提供という選択肢もあるだろうが、これは貢納(こうのう)であり、国民の自尊心と国の道義の水準を傷つける。
 なぜ、沖縄を含む日本にいまなお、これほどの米軍基地があるのか。それは、戦後平和主義のせいでもある。大東亜戦争(太平洋戦争)に敗れ、日本国民は自主防衛の努力を放棄した。戦死者を覚悟してでも「東洋平和」、今風に言えば「アジア太平洋地域の平和と安定」を守る役割を担うことを忌避(きひ)し続けている。
 沖縄県民に同情を寄せてやまない鳩山氏、岡田氏ら戦後平和主義を信奉する人々こそが、基地返還、縮小を妨げている。
 国民が目を覚まし、国際基準と国力に応じた軍隊を持つ普通の民主主義国になるよう歩み出さなければ、いつまでたっても米国に「基地移転のお願い」をして蹴(け)り飛ばされ、青い顔をするのがオチだ。
(政治部 榊原智)