遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士)

 8月16日時点で死者112人、96人不明とされる天津の爆発事故は、習近平政権を揺るがしかねない。天津市濱海新区は昨年3月に出された国家新型城鎮化計画の中核「京津冀一体化計画」の根幹を成しているからだ。

国家新型城鎮化計画と「京津冀一体化計画」とは何か?


 2014年3月16日、中国政府は「国家新型城鎮化計画(2014年~2020年)」なるものを発表した。これは都市にいる3億に近い農民工(農村から都市への出稼ぎ労働者)の人権に配慮し暴動発生率を減少させるため、都市にいる農民工の都市市民化や農民工を出身地に戻し、内陸の都市化を進め、都市で戸籍のない農民工に新たな戸籍(住民票)を与えて郷鎮程度の小都市に定住させ、そのための就職先を創出させる、といった構想に基づくものだ。2013年11月に開催された三中全会で決定した「中央全面深化改革」の一環で、「中央全面深化改革領導小組」(全面的に改革を深化させる中央指導グループ)を中共中央の下に新設した(組長は習近平国家主席)。

 「城鎮化」の中の「城」は「都市」の意味で、「鎮」は「地方農村部の市街地」あるいは「町」という意味だ。日本的にイメージする都会の都市ではなく、都市の近郊(郊外)や内陸部の中小都市などを指す。したがって「城鎮化計画」は概念的には「都市化計画」と理解してもいいのだが、中国の広大な内陸部のことを考えると、日本の多摩ニュータウン的なイメージとまた少し異なる。

 さらに東沿海地区に集中している大都市の中に存在している都市住民と出稼ぎ農民工との間の二極化も深刻な問題なので、その問題解決も含んでいるという意味で、日本人が描く「都市化計画」とは必ずしも一致しない。

 ところで、都市にいる全農民工の数は2.69億人と、ほぼ3億に近い。

 経済が最も繁栄している中国の大都市圏である「京津冀(ジン・ジン・ジー)(3J)」(北京、天津、河北省の一部)、長三角(上海市、江蘇省、浙江省を含む長江三角州地帯)および「珠三角」(広東省、香港、澳門一帯)に流動人口が集中し、全国2.8%の面積に中国総人口の18%が居住し、このわずか2.8%の地域が中国全土の36%のGDPを生み出している。

 中でも「京津冀(きょう・しん・き)」は首都・北京と直轄市・天津を含んでいるだけに「ジン・ジン・ジー(3J)」と呼ばれて注目され、習近平政権における新しい形の国内経済を牽引していく国家新型城鎮化計画の花形を成すものであった。河北省を意味する「冀」は秦皇島や北戴河をはじめ、保定や張家口、承徳など、河北省の一部を含む。

 2014年3月5日、李克強国務院総理は全人代における政府活動報告で「環渤海および京津冀地区経済協力体制」を発表したが、その一週間前に習近平国家主席は「京津冀一体化計画」を「中国の重大な国家戦略」と位置付け貫徹実行を強調している。

 中共中央政治局は2015年4月30日に政治局会議を開いて、「京津冀共同発展計画綱要」を批准した。それにより交通・物流・関税などを簡便化するためにインフラ建設を加速させ、輸出入に関しても、「京津冀区域」であるならば、一回だけ税関を通せばよいことにして業務の能率を高めるよう指示している。2016年までに北京を中心とした外環道路をさらに拡張する計画が進んでいた。

天津市濱海新区


大規模爆発が起きた現場周辺で、依然として立ち上る黒煙=2015年8月13日、中国天津市(共同)
 天津において「京津冀一体化」の中心をなしているのが、今般爆発事故を起こした濱海新区である。

 天津市は中華人民共和国(現在の中国、新中国)が誕生した1949年から直轄市として行政区分されていたが、1958年2月に一時的に河北省天津市に区分され、1967年にまた中央行政の直轄市に戻っている。つまり、天津市は新中国誕生時には、北京市、上海市と並んで「三大直轄市」としての地位を確保していた。

 ところが改革開放が進むにつれて、天津市は首都北京と改革開放の花形のような上海の華やかな飛躍に置いてきぼりにされ、90年代半ばには、見るも憐れな、名ばかりの直轄市となった。

 そんなときに現れたのが「重慶市」の直轄市案である。1997年、重慶市が4番目の直轄市として中央に認められた。あわてたのは天津市だ。

 1994年3月の全人代で、天津市はすでに「天津経済技術開発区」を新設して10年の年月をかけて濱海新区を建設することを国家戦略とすることを提案していたが、2005年3月、全人代は第11次五カ年計画として「濱海新区(Binhai New Area)」設立を決定したのである。 

 現在までに1.5兆元(約30兆円)の投資をつぎ込んで「十大戦役」戦略を遂行してきた。

 習近平政権は、「京津冀一体化」計画に沿って、2014年12月12日,天津市濱海新区を「中国自由貿易試験区」として批准した。

 「自由貿易区(Free Trade Zone)」は、アメリカを中心としたTPPに対抗して、中国を中心に関係国と特定地区を指定して結んでいるものだが、すでに決定して進めている地区と試験的にこれから決定する地区の二つに分かれる。

 2013年10月26日に上海自由貿易区を正式に決定し、アジアインフラ投資銀行(AIIB)構想の旗頭にしようとした。

 2015年3月24日の中共中央政治局会議は広州南沙、深セン蛇口および珠海横琴に自由貿易区を設置することを決議。次いで天津、福建を自由貿易試験区として決定した。

天津の焦りが事故を生んだ――許認可制の腐敗構造


 これらの経緯から分かるように、天津はまず改革開放で後れを取ったことに焦り、重慶が直轄市に選ばれたことに焦り、そして何よりも濱海新区により、これらの後れを挽回しようと焦った。

 開発区が建設されるときには、大量の許認可が必要となってくる。

 1994年から2005年の約10年間の開発時期は、まさに「腐敗真っ盛り」の時代であった。許認可の窓口には各分野各レベルにおける党幹部がいて、そこは腐敗の温床になっていた。そこに「一刻も早く発展させなければ」という焦りがあれば、腐敗もいきおい、正当化されていく。

 全国にあまねく蔓延した腐敗に厳しく手をつけたのは習近平政権になってからだ。許認可制度も多くが撤廃されたり簡略化されて、腐敗の温床を崩し始めてはいるが、2005年から10年も経っている。計画が提案されたころから数えれば20年だ。その間に、どれだけの不正が蓄積されてきたかしれない。

 2007年から2013年まで天津市の書記を務めていた、現在のチャイナ・セブン(中共中央政治局常務委員会委員7名)の一人である張高麗は、この不正に対して責任を追及されてしかるべき立場にある。

 今般の事故の原因となっている猛毒のシアン化ナトリウムは、700屯保管されていたとされ、その取扱いに関する許認可の多くは、闇で取引されていたと考えていい。

 そのために消防関係者がシアン化ナトリウムであることを把握しておらず、また水を掛けると爆発することなどの危険物取扱に関する情報も共有されていなかった。その結果、放水による消火中に二次爆発を招いたため、現在行方不明中のほとんどが消防隊員となっている。

 飛散したシアン化物が土壌に染み込み、下水道を通して海に流れ、一方では大気を汚染させている。

 8月16日夕方6時、最高検察院が瑞海公司の危険物倉庫の管理状況に関して現場検証に入ったと、中国の中央テレビ局CCTVは臨時ニュースを報道した。防毒マスクをつけた調査員の姿は、習近平政権の危なさを連想させる。

 習近平政権にとって腐敗撲滅は中国共産党一党支配が続くか否かの分岐点である。

 日本の中国研究者および一部のメディアは、今もなお腐敗撲滅運動を権力闘争などと評する者がいる。あまりに中国の実情を分かっていない証拠で、胡錦濤時代と習近平時代では、状況はまったく異なっていることに気がついていない。

 中国を読み解く日本の目を、ミスリードする危険な行為だ。

 いま習近平政権が闘っているのは、「一党支配体制が継続できるか否か」であって、権力闘争ではない。権力闘争が真っ盛りだった胡錦濤政権の「チャイナ・ナイン体制」と習近平政権の「チャイナ・セブン体制」はまったく異なる。習近平政権には権力闘争をするゆとりなど、すでにないのである。

 習近平政権は対外的には膨張によってしか体制を安定させることができず、国内的には、まさにこのたびの天津濱海新区を含む「京津冀一体化」を中心とした国家新型城鎮化計画に国家の命運を賭けているのである。

 その意味で天津の爆発事故は、習近平政権を揺るがしかねない要素を持っている。

えんどう・ほまれ 東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。単著に『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 完全版』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国人が選んだワースト中国人番付 やはり紅い中国は腐敗で滅ぶ』『完全解読 「中国外交戦略」の狙い』など多数。共著に『香港バリケード 若者はなぜ立ち上がったのか』。