著者 田中一成(東京都)

 朝日新聞の記者達が自分の属する国の政府を、何故こんなに悪し様に言うのかと、不思議に思ってしまう。但しこの傾向は朝日新聞に限ったことではない。未だに国内で跳梁跋扈している、いわゆるサヨクインテリに共通するものなのである。もちろん朝日新聞が、そのアジテーターであり主唱者であることは周知のことだ。その偏向思想や行動については、いずれ稿を改めて論じたいが、今日は取り敢えずサヨクインテリの思想や思考の内容について考えてみよう。話のきっかけとして、嘗てサヨクインテリのアイドル的な存在であった御三方、すなわち寺山修司、加藤登紀子、村上龍の御三方を取り上げてみよう。

劇作家、演出家の故・寺山修司
 寺山修司は、いわゆるベ平連(ベトナムに平和を!市民連合)の主導者ではなかった。むしろ、この運動のごく普通の賛同者に過ぎなかった。ただ一般の穏健な賛同者と違っていたのは、詩人としてのナイーブな感性のために、祖国日本に対する屈折した感情をもつに至ったことであろう。その一端を彼の「寺山修司名言集」によって伺うことができる。この本の副題は(身捨つるほどの祖国はありや)となっている。このセンチメンタルな惹句が、日本嫌いのサヨクインテリの琴線に触れたのであろう。しかし、そんなに値打ちのない国ならば、どうして国外に出て行かなかったのだろう。

 加藤登紀子は反戦歌手として、サヨクインテリのアイドルであった。最近は平穏な日本で生活費を稼ぐために、古寺巡礼などの番組に出たりしてお茶を濁している。しかしその信条は、あくまで確信犯的なサヨクである。いみじくもその本心を「週刊朝日」のエッセイ欄で次のように述べている。「日本という言葉を発するときに、たえず嫌悪の匂いが私の中に生まれ、その言葉から逃れたい衝動に駆られる」と。この奇妙な考え方をどう理解したらよいのだろうか。それほど嫌いならば、出て行けばよいのである。余計なお節介かもしれないが、日本のほかに嫌悪感を催さない国があるのだろうか。たとえば中国か、韓国か、或いはロシアか。それとも無国籍人間になろうとでもいうのだろうか。そんなことが、簡単にできないことは本人もご承知のはずだ。その上で、このような言辞を弄するとは、甘えるな!としか言いようがない。

 村上龍は『限りなく透明に近いブルー』で第75回芥川賞を受賞した。この作品が芥川賞に値するかは、かなりの論議があったという。私の読後感としても、高い評価を与えることはできなかった。以来、この作家は大した作品を生むこともなかった。それが原因かどうかは知らないが、いつしか政治や経済の分野に関心を持ち始め、この分野で積極的に発言したり行動したりするようになった。メールマガジン『JMM』を発刊したのも、その一環であろう。それには、明らかに村上の政治思想が表明されている。彼もまた、私が言う「サヨクインテリ」なのである。その考え方は、著作を通して容易に読み取ることができる。

 たとえば『希望の国のエクソダス』では、登場人物の一人に「日本には何でもある。しかし希望だけがない」と言わせている。これは村上自身の考え方でもあろう。まさにサヨクインテリの考え方そのものではないか。それに加えて現実感覚の欠如を、小説家らしい感傷的な文章で飾っているのである。敢えて私は、この作家に尋ねたい。「貴方は、アフリカやアラブ更にはインドにおける貧民の生活を体験したのか」と。雑誌やテレビ、とくに新聞で知ったからと言って、それにどれ程のリアリティがあるのか。もちろん私は、それ以上に無知だ。であるが故に、日本には希望がないなんて、とても言えない。ほんの少しの想像力があれば、これらの貧窮国で生活する人達の絶望感を察することができるはずだ。それと比べるとき、日本には希望がないなどの言辞は、まさに寝言ではないか。

 自分の国を悪し様に言い続けるサヨクインテリの例として、御三方の言辞を取り上げたが、このような例は数え立てればキリがない。サヨクインテリ達は、現実感覚を何時の日か取り戻すことができるのだろうか。そうしない限り、永遠に自らの母国を罵り続けることになるのであろう。