渡辺利夫(拓殖大学総長)

 被害者の記憶は加害者のそれよりはるかに強く、容易には没却できないものだと人はよくいう。そういう人がとかく語りたがるのは中国と韓国のことである。中韓と日本との間には戦後70年を経てもなお解決をみない問題が残されているといい、中韓から提起される歴史問題への日本人の自省が不十分なために和解の道が容易に開かれないともいう。日本のジャーナリズムの常套(じょうとう)句である。

 しかし、この常套句には人々を欺く嘘が含まれている。1951年に始まり65年に決着した日韓国交正常化交渉で慰安婦問題が議論になったことはない。国交樹立後も、朝日新聞による旧日本軍の慰安婦強制連行報道が開始される90年代初期までは慰安婦問題が日韓の外交課題となることもなかった。問題の出発点は、92年1月12日付の社説「歴史から目をそむけまい」によって原型が定まり、その後大規模に展開された朝日のプロパガンダであった。

 慰安婦問題が戦後70年の長きにわたって日韓の和解を妨げてきた問題だという主張は作為(さくい)である。日本人が日本を貶(おとし)めるために90年代に入って造作した話なのである。韓国の指導者にとってもこの造作は、少なくとも当初は迷惑なものであった可能性がある。

韓国の盧泰愚元大統領
 「実際は日本の言論機関の方がこの問題を提起し、わが国の国民の反日感情を焚(た)き付け、国民を憤激させてしまいました」というのが当時の盧泰愚大統領の発言である。何か戸惑いのようなものが感じられないか。

 しかし、世論を自らにひき付けて日本に臨む絶好の外交カードとしてこれを用いようと韓国の指導者が意を転じたとして何の不思議もない。実際、「歴史問題の政治化」は功を奏し、93年には河野談話、95年には村山談話という韓国の対日糾弾に有力な論拠となる政府見解を日本側から引き出すことに成功したのである。

欧米に浸透した日本糾弾


 朝日報道は、後に秦郁彦氏や西岡力氏の精力的な実証分析により誤報であることが判明した。朝日自身が昨年8月の検証記事により吉田清治証言を虚偽として記事を取り消し、慰安婦と挺身(ていしん)隊との混同についての検証が不十分であったことを明らかにして、後に社長の謝罪となった。

 しかしこの間、韓国は日本糾弾のキャンペーンを欧米で活発に展開、旧日本軍の「悪」は欧米のジャーナリズムとアカデミズムに深く浸透してしまった。日本人の油断に慚愧(ざんき)の思いが深い。

 米国マグロウヒル社の高校生用の歴史教科書には、20万人が強制徴用、彼女らは「天皇からの贈り物」(a gift from the emperor)として兵士に供され、戦争が終わった後は証拠隠滅のために殺害されたという、まったく根拠のない、それに非礼この上ない記述が平然となされるにいたった。日本外務省も黙認することはできず、昨年末に訂正を同社に求めたものの記述に変更はない。

 あまつさえ、今年2月には米国の歴史学者19人が「われわれはマグロウヒル社を応援するとともに、いかなる政府も歴史を検閲する権利をもたない」と逆襲に出たのである。

 今年5月には欧米の日本研究者ら187人が連名で声明文を発表し、日本の「慰安婦」制度は、その規模、軍による組織的管理、植民地・占領地の女性搾取などの点からみて、20世紀の戦時性暴力の中でも特筆すべきものだと難じた。根拠資料は何も示してはいない。連名者の中にエズラ・ボーゲル氏やロナルド・ドーア氏といった名前があって驚かされる。

真実は事実の中にのみ宿る


 戦後の日本の自由と民主主義は祝福に値するものだが、真の祝福を妨げているのは日本の「歴史解釈の問題」だという。「特定の用語に焦点を当てた狭い法律的議論」や「被害者の証言に反論するためのきわめて限定された資料」にこだわってはならないと諭し、「過去の過ちについて可能な限り全体的、かつできる限り偏見なき清算をこの時代の成果としてともに残そうではないか」と結ばれる。

 国家や民族による「歴史解釈」の相違を許さない傲慢を私は強く感じる。無数の民間非戦闘員を殺戮(さつりく)した広島、長崎への原爆投下や東京大空襲について、日米の歴史解釈が異なって当然のことであろう。自分の解釈に従えというのなら、国家関係は成り立たない。96年のクマラスワミ報告として知られる国連人権委員会報告、2007年の米国下院外交委員会での慰安婦決議などの「権威」には逆らうなということか。

 慰安婦問題は日本国内では大方の決着が付いたものの、肝心の国際社会では日本は無援の孤立を余儀なくされている。ことは日本自身の歴史解釈に関わる。真実は事実の中にのみ宿ると考えるまっとうな日本の歴史学者を糾合、反転攻勢に出ようと臍(ほぞ)を固めている。