神田敏晶(ITジャーナリスト)

 オリンピックのエンブレムからサントリーのトートバッグに至るまで、佐野研二郎氏を取り巻くデザイン疑惑が絶えない。しかし、それを追求しているのが、マスメディアではなく、ネット上における無数の無名の人々だ。彼らはなぜ、そこまでしてネット上の捜査の手を緩めないのだろうか?

 新国立競技場の建築費用の疑惑に始まり、その疑惑の空気をまるごと継承してしまったのが、佐野氏のデザインしたオリンピックエンブレムだ。まさに2020年東京オリンピックは疑惑に呪われていると言っても過言ではない。ベルギーのリエージュ劇場のロゴをデザインしたオリビエ・ドビ氏の元にデザインが似ていると伝えたのは友人だった。当初、ドビ氏のコメントは「第一印象は、偶然としか思えませんでした。僕と同じアイデアを持っている、日本人デザイナーがいるんだなと」という穏やかなものだった。そして、スペインのデザイン事務所からも、東日本大震災の復興支援で寄付を募るために作ったデザインとも似ているという指摘が登場した。海を越えて伝わる情報も、電波や紙の時代では、希少であったが、ネットが介在することによって、言語の壁はあれど、距離の壁はほとんど、なくなったのだ。

 単なるアルファベットという、たった26文字しかないデザインエレメントの組み合わせで重複する可能性があってもおかしくないデザイン領域の世界。佐野氏は記者会見にのぞみ、盗作の疑惑は「事実無根」と宣言した。本当は、佐野氏は1人でその責任を負う必要はない。コンペで選ばれたのだから、そのエンブレムを選んだ選考会のメンバーやオリンピックの責任者も共に出席すべきだった。今回の東京オリンピックが呪われている原因は、それらが決定されるプロセスが社会に可視化されておらず、密室でおこなわれてきた経緯がある。このソーシャルメディア時代は、社会から承認を得るためには、すべてのプロセスを公開していかなければ納得されないという大衆側による、いわば「逆規制型の衆人環視社会」となっていると筆者は考えている。今までのマスメディア主導の世論形成とは全く事情が異なっているのだ。
エンブレムについての記者会見で説明する制作者の佐野研二郎さん=8月5日午前、東京都港区
 著名なデザイナーでもある佐野氏のデザインは、いまや「佐野研二郎+デザイン」で画像検索すれば作品はズラリと誰もが検索できる。さらに、その個々のデザインも画像検索すれば、似ているような別のデザインがさらにズラリと並ぶ。アルゴリズムが似ているネット上の画像をマッチングさせるので、ネット上の単なるヒマ人の「烏合の衆」はいつしか優秀な「ソーシャル捜査官」へと変貌しているのだ。

 佐野氏が臨んだ5日の記者会見で、フジテレビの記者が質問をした。「リエージュ劇場のデザインがアップされてるPinterestのサイトを見られたか?」というものだ。佐野氏は記者会見で「(Pinterestのサイト)を見ておりません!」と怒りをあらわにしながら断言した。しかし、ネット上では衝撃的な情報が出回る…。

ベルギーデザイナー「デザインSNSのPinterestからパクっただろ」佐野「違う。Pinterest見てない」→佐野垢発見

というものだ。解説が必要だが、Pinterestに佐野氏の公開されているアドレスを打ち込んで登録しようとしたらすでに登録されていて登録できないとPinterestのプログラムが返してくるのだ。これは不正やなりすましを防止するために、申し込んだ人の電子メールに確認をし、それが認証されてはじめて入会できるというプロセスをPinterestが踏んでいるからだ。Pinterestを見てないといった佐野氏の事務所の@mr-design.jpのメールアドレスでPinterestの登録がなされていることは、瞬時にネット上で拡散されてしまった。さらにそんな最中に、サントリーのトートデザインの「トレース」による盗用について全面的にスタッフがやってしまったことを認める文書を公表した。

 ネットの世界では、facebookやLINEのように実名や電話番号で個人を特定できるメディアも隆盛を誇っているが、まだまだ個人名は伏せながら、匿名というペルソナを持って活動できるメディアが多い。自分とは全く別の人格で決して本人が傷つくことなく、相手を無尽蔵に攻撃できる。失うのはアカウントだけだ。また、どこかの電子メールでアカウントを取得すれば良いだけだ。絶対に敵に倒されないロボットをコントロールするようなものだ。何も得るものもないが、失うものはない。日常のやりとりでは、絶対に主従の関係があり行動すら管理される。しかし、匿名性の高いネットの世界では思い切り強くなれる。そして残忍にもなれる。法律に触れない限り基本的に言論は自由だ。まるでそれは、「デスノートを持った夜神月(やがみ・ライト)」のように血祭りに上げることさえも可能だ。しかし、彼らには血祭りにあげられる側の心情は理解しにくい。

 さらに、ネット上の世論は常に偏りをみせない。ネットではネット上におえる「裏取り」のマナーが必要となっている。単なるデマではなく、デマはデマなりにデマらしい論理的な振る舞いが求められているという「裏取り」がないと拡散しない。ある意味、拡散される「デマ」は、限りなく信ぴょう性を持った「デマ」という見方もできるのでややこしいのである。

※参考1
※参考2
ベルギーデザイナー「デザインSNSのPinterestからパクっただろ」佐野「違う。Pinterest見てない」→佐野垢発見 [215630516]
※参考3