「瀬尾温知のMais um・マイズゥン」(ポルトガル語でOne moreという意味)

瀬尾温知(スポーツライター)

 TOKYOの中心にあるKの文字が消え、「TOYO(盗用)五輪」と印象づけられてしまうのか。東京オリンピックのロゴをデザインした佐野研二郎さんへの疑いが再燃し、事態は収束に向かうどころか、作品のイメージは悪化の一途をたどっている。

 東京オリンピックのエンブレム制作者・佐野さんが手がけたサントリービール株式会社のキャンペーン用のトートバッグのデザインが、他の作品の絵や写真と似ているとの指摘が相次ぎ、サントリーは13日、佐野さん側からの取り下げを求める連絡を受けて、キャンペーン商品の一部を発送中止にした。
 ベルギーのデザイナー側がリエージュ劇場のロゴマークを盗用されたとして、IOC・国際オリンピック委員会などに使用の差し止めを求める文書を送ったことに対し、佐野さんは5日に会見を開いて、「まったくの事実無根だ」と否定し、「これまでパクったことは一切ない」とも述べたばかりだった。

 東京五輪組織委員会はこの問題について、「国際商標の調査を行ったうえで登録を済ませており、リエージュ劇場側が商標登録を行っていないため解決済み」として、問題にはならないとの見解を示していた。組織委員会が、佐野さんが取り下げを求めた今度の件を受けて、どういった対応に出るかに注目は集まるが、お役所じみた組織の保守的な考えのもとでは、おそらく「問題はない」の一辺倒に徹するのではないだろうか。

 そもそもこの問題は法律上で云々すべき事柄ではない。著作権侵害に触れるか触れないかの懸念ではなく、国民が東京五輪のシンボルに誇りを持てるかどうかの観点が一番大切なことである。デザインの好き嫌いは別にして、オリジナリティーは不可欠だからだ。サントリーの仕事に佐野さんは直接携わってないのかもしれない。ただ、自身の事務所の作品で、キャンペーン広告には「佐野研二郎デザイン」と銘打ってあるのだから責任逃れはできない。東京五輪のデザインは、組織委員会というバックに守られているからいいが、キャンペーン商品は分が悪いから非を認めたのだろう、と受け止められても仕方がない。自分たちでTOKYOのKの字を消してしまったと言える過失である。

 今回の騒動を目にしていていると、佐野さんの姿がアーティストというよりは事業家の風体として写ってくる。作品を世に認めてもらいたいとの原点を忘れずに抱いているのならば、自分の作品以前に似たものがあると指摘されて、自尊心が許さないのがアーティストの気概というものであろう。盗用はしていないと正当性を訴えたうえで、発想力のあるアーティストとしての気概を見せるべきである。このままでは「商業の商業アーティストによる商業のためのオリンピック」などと揶揄されて、作品のイメージは悪化したままになる。

 TOKYOのKの字を佐野さんがKeepするために、“Keep it real”(英語のスラングで「自分らしくな」)との言葉を送りたい。それにしても東京オリンピック開催までは5年ある。新国立競技場の整備計画も含めて、「なにをそんなに焦って自分たちを追い詰めているんだい」と、開催が来年に迫っても問題が山積みのブラジルから呑気な声が聞こえてくる。