鹿間孝一(産経新聞特別記者兼論説委員)

 2020年東京五輪のエンブレムが、ベルギーの劇場のロゴとそっくりだというので騒ぎになっている。

 確かによく似ている。

 デザインしたアートディレクターが記者会見して「要素は同じものがあるが、デザインに対する考え方が違うので、まったく似ていない」「オリジナルと自信を持っている」と盗用疑惑を否定したが、ベルギーの劇場ロゴのデザイナー側は「盗作であることは明白」と法的手続きを取る考えを示している。

 さてどうなるか。

 建設費が膨大すぎて設計から見直すことになった新国立競技場に続いて、またしてもケチがついた。準備期間が5年を切った東京五輪は前途多難である。

 こちらは、そうカネも時間もかかるわけではないから、デザイン・コンペをやり直してはどうか。

 実は、いったん決まったシンボルマークを差し替えた例がある。

 1970年の大阪万博である。

当初デザイン「インテリだけが分かる案だ。大衆性なし!」トップ決断で差し替え

 大阪万博のシンボルマークは桜をかたどったもので、5つの花びらは5大陸、すなわち世界を、中央の丸は日本を表現している。その下に「EXPO ’70」の文字。

 グラフィックデザイナーの大高猛さん(1926~2000年)の作品である。
701967
日本万国博覧会(エキスポ'70)の新しいシンボルマークを持って“ご満悦”の「財界総理」こと石坂泰三・協会会長=昭和42(1967)年8月
 大高さんは大阪を拠点に活動し、日清食品のカップヌードルのパッケージデザインなどを手がけた。

 デザイナー15人と2団体を指名して行われたコンペで選ばれたのは別の作品だった。

 上部の1つの円、下部に鉄アレイのようにくっついた2つの円が配置された。上の円は日本を象徴する日の丸、下の2つの円は東西世界や対立する人間同士が手を取り合う様子を表現した。

 ところが、この作品に日本万国博覧会協会の石坂泰三会長(1886~1975年)がクレームをつけた。

 「これでは日本が世界の上にあぐらをかいていると受け取られる」というのである。さらに「インテリだけがわかるようなものはだめで、大衆性がなければいけない」。

 一理ある。しかも「財界総理」と呼ばれた元経団連会長の言葉は重みがある。審査委員たちも反論できず、コンペをやり直すことになった。

 わが国のデザイン界の重鎮だった亀倉雄策さん(1915~97年)による1964年東京五輪のシンボルマークを覚えている人も多いだろう。

 日の丸をイメージした赤い円に、金色の五輪マークと「TOKYO 1964」の文字。

 説明の必要がないシンプルなものほど目に焼きつく。

 大阪万博の桜のマークもシンプルで、石坂さんが望んだ大衆性があった。

 大阪万博は日本のデザイン界に革命をもたらした。

 名だたる建築家が奇抜で未来的なパビリオンの設計を競い、気鋭のファッションデザイナーたちが各パビリオンのコンパニオンのユニホームを手がけた。

 会場内の道路標識や街灯、電話スタンド、さらにはトイレやゴミ箱などあらゆるものがデザインされた。

 大学紛争や70年安保闘争、ベトナム反戦運動など反体制的な時代の風潮の中で、クリエーターたちがすべて万博に賛同していたわけではない。が、そんな「反パク(反万博)」のエネルギーさえも大阪万博はのみ込んだ。


 象徴的なのがチーフ・プロデューサーだった岡本太郎さん(1911~96年)が手がけた「太陽の塔」である。

太陽の塔
 お祭り広場は高さ30メートルの大屋根で覆う設計だったが、「べらぼうなものにする」と岡本さんが宣言した「太陽の塔」はとても屋根の下に収まらない。

 議論百出したが、岡本さんは大屋根を突き抜けさせることで解決した。アイデアの元になったのは石原慎太郎さんの芥川賞作品「太陽の季節」で、男性のシンボルが障子を突き破る有名なシーンである。

 岡本さんは「太陽の塔こそ反万博だ」と言ってはばからなかった。

 東京五輪があれこれ迷走するのは、こうした骨太の精神がないからではないか。


しかま・こういち 産経新聞特別記者兼論説委員(平成25年9月まで大阪特派員を兼務)。北海道生まれの大阪人。生涯一記者を自任していたが、なぜか社命によりサンケイリビング新聞社、日本工業新聞社で経営にタッチして、産経新聞に復帰した。記者歴30余年のうち大半が社会部遊軍。これといった専門分野はないが、その分、広く浅く、何にでも興味を持つ。とくに阪神タイガースとゴルフが好き。夕刊一面コラム「湊町365」(「産経ニュースWEST」では「浪速風」)を担当。共著に「新聞記者 司馬遼太郎」「20世紀かく語りき」「ブランドはなぜ墜ちたか」「なにが幼い命を奪ったのか 池田小児童殺傷事件」など。司馬遼太郎に憧れるも、いうまでもなく遼に及ばず。