石井昌浩(教育評論家、元国立市教育長)

 夏休みが終わろうとする時、何とも悲しい事件が起きてしまいました。顔を粘着テープで何重にも巻かれ、両手を縛られた寝屋川市立中学1年の男女生徒の痛ましい遺体は、凄惨な犯行をもろに示しています。これからの長い人生を一瞬にして奪われた、年若い二人の無念と、残された家族の悲しみを思うと心が痛みます。

 犯人は、なぜこんなむごたらしい事件を大都会の街中で起こせたのでしょうか。まだ警察の捜査と容疑者の取り調べが進行中ですから推測の域を出ませんが、多分、犯人は優しそうな物腰で言葉巧みに声をかけて車に乗るのを誘ったのだと思います。リラックスした雰囲気のまましばらく乗り回してから、突然本性を現して鬼のような恐ろしげな形相と野太い声で脅し上げ、恐怖で二人を身動きできなくさせ、抵抗不能な状況に追い込んだのではないでしょうか。

星野凌斗(りょうと)くんの遺体が発見された現場で献花し、手を合わせる人ら=2015年8月24日午後、大阪府柏原市(甘利慈撮影)
 死者に鞭打つようなことになるのですが、中学1年の子供二人が深夜に外を出歩くことの異常さが、犯人に付け入る余地を与えてしまったことは否定できないと思います。二人は、簡易テントを持ち出して何度か野宿をしていたと言います。24時間灯りの消えることのない街に慣れ親しんだ若者には、自らの身を危険にさらす闇が見えにくくなっていたのかも知れません。また、残された家族を責めるような形になるのですが、中1の我が子の深夜徘徊を日頃見過ごしていた家庭にもかなり問題があったのではないかと思います。今の時代、子供たちは無防備のまま雑多な情報にさらされ、矛盾に満ちた社会の本当の姿を教えられることもなく、いわば「お客様扱い」されたままで過ごしています。子供たちは、いきなり社会の荒波に投げ出され、もがくことになりはしないでしょうか。何と言っても子供の教育の基盤は家庭にあります。

 このような悲しく卑劣な事件を繰り返させないために学校に何が出来るでしょうか。事件のアフターケアとして、いつも提案されるのは「心のケア」です。しかし、この考えに私は疑問をもっています。子供は大人が案ずるほどにはひ弱ではありません。癒し系の心のケアと並行して犯罪から身を守る心構えが大切ではないでしょうか。犯罪から身を守るすべを子供に教えるといっても容易なことではありません。防犯対策には大人に騙されない心構えを具体的に教えるのが効果的だと思います。その心構えを先生が担当するのは難しいと思います。先生という職業は普段、怪しげな人を相手にすることが少ないからです。普通の人を相手にしている先生が子供に注意を促したところで所詮パンチに欠けます。危ない人、時には犯罪者も相手にする警察の防犯係の専門家に教えて貰うのが一番でしょう。その際、何百人も体育館に集めてというスタイルではダメです。教室ごとにきめ細かく伝える必要があります。学校には、子供たちが自分の頭で筋道を立て、事態に即応してどうしたらいいかを考える、自立できる力を与えて欲しいのです。

 防犯カメラ、特に時刻機能の付いた防犯カメラの映像の効果が犯罪捜査に有効なことは今度の事件でも立証されました。しかしまだ、抑止力としては必ずしも十分とは言えません。防犯カメラの抑止力の及ばないところは人間に頼って子供を犯罪から守る以外にないと思います。「家庭・学校・地域の連携」とお題目のように言われ続けていながら、家庭も学校も地域もそれぞれに難題を抱えていて自分の守備範囲だけで手一杯で、連携がうまく進んでいません。おまけに学校が知り得る情報は、昨今の個人情報保護の壁もあって制限が多く、家庭での子供の生活状況が把握しにくくなっています。プライバシー保護を理由に、最近では表札の無い家庭も珍しくありません。かつて一般に行われていた家庭訪問すら実施できない地域が増えています。地域の大人が子供に声をかけようという動きも高まってはいますが、しかし、下手に声をかけると「オヤジ狩り」にあって命まで奪われかねないケースもあり、情けないことに気軽に声をかけられないのが実態と言えましょう。

 この2月、川崎市立中学1年の上村亮太君が多摩川べりで殺害された事件がありました。上村君の場合にも、「安全な居場所」がどこにも用意されていませんでした。携帯電話の無料通信アプリ「LINE(ライン)」などを活用してネット社会の中では濃密に子供同士がつながっているのですが、肝心の直接心を通わせる交流は乏しくなっています。おまけに、子供同士の交友関係は、大人が簡単に入り込めるほどのヤワなものではありません。子供同士の情報空間は外部に閉ざされ、密室化しています。小学生には「学童保育」などのそれなりの受け皿がありますが、中学生になるとまるで盲点のように、気軽に入れる居場所や施設が地域のどこにも見当たりません。今は、塾や稽古ごとにも通っていない中学生にとっては「ネット依存症」になりがちな誘惑に満ちた社会と言えます。

 子供を守るのは大人の責任です。悲しいことに大人の社会には、油断するとトンデモナイ目に合う危険な落とし穴が隠されていることを子供に伝えなければなりません。子供にも危険を察知して身を守る覚悟を求める必要があります。「人間とは何か」「社会の一員としてどう生きていくのか」「何を求めて人生を生きるのか」について、自ら問いを立て、自ら考え、自ら答えを見いだす力を授けるのが子供を守る大人の責任ではないでしょうか。