碓井真史(新潟青陵大学大学院教授)

 不可解な部分が多い事件である。逮捕された山田浩二容疑者は、容疑を否認している。ここでは、容疑者が二人の中学生を殺害、遺棄したと仮定して、いくつかの点について考えられる可能性について述べてみたい。

 なぜ二人の中学生を殺害したのか。殺人事件で最も多い動機は、人間関係のからみである。怒りや恨みによる犯行である。しかし、容疑者と被害者に人間関係はなさそうである。金銭目当てでもない。何か別の重大な犯罪を目撃されたわけでもないだろう。強姦目的でもなさそうである。

 そうすると、殺すこと自体が目的だったのではないかと考えられる。容疑者は、以前にも少年を誘拐し、拘束する事件を起こして逮捕されている。被害者を苦しめること、殺すこと自体に、何らかの快感があったのかもしれない。いわゆる「快楽殺人者」は、殺人や遺体損壊に性的快感を感じる殺人である。今回の事件が、快楽殺人だったのかどうかはまだわからない。

平田奈津美さんの遺体が見つかった現場には、メッセージの書かれた花束が供えられた=2015年8月22日午前、大阪府高槻市(安元雄太撮影)
 被害者の男子中学生の遺体は、林の中に遺棄しているにもかかわらず、女子中学生の遺体は人目につきやすい駐車場に遺棄されている。彼は、通常の犯罪者のように全力で犯行発覚を防ぐ気持ちはなかったのだろう。二人の被害者の遺体の扱いが大きく異なるのは、連れ去った最初の段階から、男女二人に対する思いが違ったからなのかもしれない。

 男子中学生の遺体は発見を遅らせたいと考え、女子中学生の遺体はむしろ早く発見して欲しいと願っているかのような遺棄の仕方である。可能性としては、遺体を早く発見させ遺族に返したいと思ったのかもしれない。あるいは、深い傷跡が残る遺体を見せつけたかったのかもしれない。

 怒りや金銭目的など通常の動機とは異なる、異様な動機で行われる猟奇的殺人事件。これらの犯人たちの多くは、歪んだ空想を膨らませすぎた人々である。たとえば、殺人や血が噴き出す場面に快感を感じる。あるいは、少女を誘拐してまるで夫婦のような生活をする。このような想像をしながら、彼らは楽しんでいる。

 さらに想像だけではもの足らなくなると、写真やビデオで満足しようとする。この段階で止まっているならば、大きな犯罪にはならないのだが、異様な空想が膨らみすぎると、犯行を実行しないではいられなくなってしまう。

 多くの異様な欲求を持つ人々は、自分の異様な欲求を飼い慣らし、自分の行動をコントロールしている。そして、社会的に認められる範囲内で、欲求を満たしている。しかし、欲求が強すぎる場合、あるいは社会の中で地道に生きていく意欲を失った場合、そして狙いやすい被害者の登場など犯行を実行できる環境が整った場合に、犯罪は実行される。

 今回の容疑者は、前科があるものの仕事をして、社会生活を営んでいた。彼のフェイスブックを見ると、一見楽しそうな日常生活が浮かび上がってくる。しかし、たとえば先月彼が母校の中学校を訪問した際の投稿がある。そこで彼は、次のように述べている。

 「卒業してからメッチャ波瀾万丈の人生を歩んで来た俺!!(卒業前までも普通じゃないくらいメッチャ波瀾万丈やったけど)。俺は思いもしない生き方を送るようになる。当時の俺はこんな人生になるとは夢にも思わなかったはず。どこで間違ったんだろう」

 彼は、高校には進学していない。投稿文では、元気すぎる中学生だったようにも読めるが、同級生たちの印象では、変わった子どもであり、危ないタイプに映っていたようである。彼は、中学校で上手くいかず、高校生進学もせず、大人になった後は逮捕されている。彼にとっては、不本意な人生だったことだろう。「自分の人生はこんなはずではなかった」という思いを持っていたのではないだろうか。

 大きな犯罪を犯す犯人には、「こんなはずではなかった」と感じている人も多い。人は、幸せにななって理想に近づくために、努力して一歩一歩目標に近づいていく。しかし、その地道な努力ができないと思い込むと、絶望して引きこもったり、自殺を考えたり、あるいは最後の「一発大逆転」を考える。それは、大それた犯罪であることもある。

 大きな事件を起こし、満足な逃亡計画も立てないような犯罪者の行動を、重罰だけでは抑えられない。大切な仕事や家族といった社会との絆(ソーシャル・ボンド)が、犯罪のブレーキとなる。彼には、肥大した自分の欲望を抑えるだけの社会的絆がなかったのかもしれない。

 彼は、幸せになりたかったのだろう。フェイスブックの文章は、明るく元気で、周囲から高く評価されたいと願っているように感じられる。彼は、子どもの頃、親から盗んだ金や、万引きした品物を友人に配っていたとの証言もある。何とかして周囲に良く思われたいと願っている様子は、子どもの時も大人になってもあまり変わっていないようにも感じられる。

 犯行後も彼のフェイスブック投稿は続いている。有名なカレー店に行き、とても美味しかったと写真付きの投稿をしている。これらの行動は、疑いを持たれないために平静を装い、今まで通りの行動を続けていたとも考えられる。

 あるいは、通常の殺人者なら感じるはずの良心の呵責を感じていなかったのかもしれない。普通は、乱暴な殺人者も、殺害後は眠れなくなったり食事が取れなくなったりするという。しかし彼は、睡眠も食欲も問題なかったのかもしれない。平静を装ったのではなく、本当に平静だったのかもしれない。彼は、女子中学生の腕に何十カ所もの深い傷をつけている。彼は、平静な状態どころか、殺害後にむしろ高揚感があったのかもしれない。

 あるいは、フェイスブックの投稿に毎回少数ながらもらっていた「いいね」を、殺人実行後も、もらいたかったのかもしれない。

 彼の行動は、よく言えば若者のようであり、悪く言えば幼児性を感じる。事件の隠蔽を図っているように思える点もあれば、まるで早く見つけて欲しいかのような行動もとっている。

 被害者の「LINE」なりすましも、すぐに本人ではないと見破られている。事件後に、知人に「大変なことをしてしまった」と語っている。遺体遺棄現場に舞い戻ってもいる。

 単に稚拙な隠蔽工作なのかもしれない。あるいは、彼は捕まりたくないと思いつつ、同時に早く捕まえて欲しいと願っていたのかもしれない。たとえば、性犯罪者の多くは、逮捕を恐れながらも、自分で自分がコントロールできないことに悩んでいる。異様な欲望から犯罪を繰り返す加害者は、犯行を隠蔽し逮捕されることを恐れつつ、同時に心の底では誰かに早く止めて欲しいと願っていることもある。

 今回の容疑者がどんな動機で殺害し、どのような思いで遺体を遺棄したのか。供述を待たなければわからないことも多い。いや、供述が始まり供述調書が出来上がっても、彼の心の底はまだ見えないかもしれない。刑事とは異なる立場の、鑑定医のような人が、彼の立場に立ってじっくりと話を聞かない限りは、彼の心の中は見えないかもしれない。今はまだ、彼自身さえ、わからないのかもしれない。

 加害者を安易にかばうつもりはない。しかし、加害者の心を知ることが、類似事件の防止につながるだろう。容疑者は、13年前にも少年に対する事件を起こしている。このとき、もう少し彼の内面に立ち入り、治療的なアプローチができていれば、今回の事件も起きなかったかもしれないのだ。