中国発の世界的な株価下落が大きな社会問題になっている。6月中旬から始まった中国の株式バブル崩壊、これはギリシャ危機の影響を受ける形で7月8日9日の暴落によりそれが決定づけられたといえる。この事態を受けて中国政府はPKO(プライスキープオペレーション)買いや売却防止処置など積極的な株価対策を行い必死に株価を維持する努力をしていたわけであるが、これは虚しい努力であったといえよう。7月28日の二度目の暴落(セカンドショック)とお盆明けから始まったゆるやかな下落と先週末からの暴落により買い支え分が消滅し、回復の目処が立たない状況なのである。

 実はバブル崩壊というのは、暴落などの急性期と一種の小康状態である慢性期を繰り返しながら、徐々に他の市場を侵食し、被害を拡大してゆくわけである。中国で起きている3つの波はこの典型であり、第一波が株式市場に限定されていたのに対して、第二波は商品市場などにも影響が拡大しており、今回の第三波はついに実体経済に辿り着いた形になる。そして、今回の暴落は単なる価格調整ではなく、実体経済の悪化予測を受けてのものであるため、企業の倒産や雇用の悪化に直接結びつくものになるわけだ。
株価が下落し、北京の証券会社でうつむく個人投資家=8月24日(共同)
 とかく不幸は重なるものである。今回の場合、中国にとってさらに不幸だったのは天津大爆発が起きてしまったことであり、これによりチャイナリスクが再認識されワールドサプライチェーンから切り離される可能性が高まったことにある。今回事故が起きた天津は世界第4位の国際港湾であると同時に中国の首都北京の海運の窓口であり、中国北部の重要な産業拠点の一つである。特に今回の爆心地のあるTEDA(天津経済技術開発区)はその中核地点であり、日本などの海外企業の進出拠点であるとともに中国における技術開発拠点であったのである。

 ただでさえ、バブル崩壊の影響により内需が冷え込むことが予測される中で、輸出や開発そして物流の拠点で事故が起きてしまった意味は大きく、さらにいえば、23億人の致死量に相当するシアン化ナトリウムを含む膨大な量の危険物質を大量拡散させてしまった意味は大きいといえる。また、発がん性など中長期的影響の懸念があるものが多数存在するとともに、それが交じり合い合成物になると同時に雨などで地中に浸透してしまっている現状を考えると将来的にも厳しいと言わざるを得ないだろう。

 特に爆心地周辺はトヨタとその関連企業を中心に日系のグローバル企業が多く、日本や欧米などの環境基準に合わせた企業運営がなされているわけであり、汚染リスクが高い状態を放置したままで操業を再開するのは難しいと思われる。そして、現在のところトヨタのTEDA工場のある3km圏内は立ち入ることもできないため、被害と汚染の状況把握もできない状況にあると思われる。

 今回の天津の大爆発は単なる爆発事故ではなく、1.港湾機能の低下とサプライチェーンからの切り離なされるリスク 2.中長期的な技術開発拠点の消失 3.企業運営のリスク上昇と貿易保険等の料率上昇 という大きなリスクをはらんだものであるのだ。そして、報道を通じて爆発のシーンと株価暴落が繰り返し流されたことにより、中国の壊滅という刷り込みが発生してしまっていることも大きな意味を持つ、これにより世界の共通認識になってしまったのである。当然、これも外国人の中国からのキャピタルフライト(資金逃避)の大きな要因になっているものと思われる。

 この実体経済の悪化予測に対して中国政府は無策であったわけではない。中国政府は賃金上昇などにより失われた競争力回復のために人民元の切り下げを行ったわけである。これまで中国の人民元は通貨バスケットを基準値にして2%以内の変動を認める『管理フロート制』と言われる固定相場に近い制度を使用していた。通貨バスケットとはその名の通りいろいろな通貨を一つのバスケットに入れて基準値を決める仕組みなのであるが、バスケットの中身の米ドル比率が高いために事実上のドルペッグ状態になっていたわけである。
 
 そして、8月11日の切り下げ後に新たに導入された仕組みは、前日の取引価格を参考に毎日変動の基準値を変更するという仕組みである。中国当局は、前日の価格が下がれば基準値も下がり、同水準であれば基準値は同じ水準、逆に上がれば引き上げられるという仕組みで『事実上の変動相場』であるとしている。

 しかし、この変更にはいくつかの見方が存在する。

 ひとつは国際社会から求められている完全変動相場移行のための段階処置と見る見方である。中国はIMF(国際通貨基金)に対して、5年毎に行われるクオータ(出資比率)改革にあわせ、出資の拡大と人民元のSDR(特別引出権)への組み込みを求めていた。IMFというのは世界各国が通貨危機などに陥った場合、ドルなど外貨を貸し出す国際機関であり、重要な決定を行う場合は出資比率の85%の賛成が必要となっている。中国の出資比率の拡大とSDRへの組み込みは、中国と人民元の国際的な地位の拡大に大きな意味を持つからである。

 これに対して、5月末、G7は人民元のSDRへの年内組み込みの基本合意をしたわけであるが、それに対して、日本と米国は人民元の変動相場への移行という条件をつけたわけである。人民元を管理フロート制のままSDRに組み込んでも、管理フロート制は事実上ドル比率が高い仕組みなので人民元を組み込んだところでドルの比率があがるだけという理由であるが、これはIMFに最大の影響力を持つ米国の事実上の拒絶であると言われていた。そして、8月19日 中国が事実上の変動相場への移行を発表したにも関わらずIMFはSDRの来年10月までの凍結を決めた。

 そして、もうひとつの見方は、変動相場への移行を理由とした単なる通貨切り下げではないかという見方である。中国の場合、バブル崩壊や実体経済の悪化などリスク要因が多く、必然的に通貨が下がる傾向にあるため、中国政府が後付的に市場を利用したという見方である。基本的に実体経済にとって、通貨高よりも通貨安のほうが望ましい。通貨が安ければ、輸出企業の国際競争力が上がり、内需にとっても国産品が安い海外商品との競争にさらされず、国内産業保護につながるからである。だからこそ、通貨安方向への為替操作は国際社会からの批判対象なのである。単なる通貨切り下げとした場合、国際社会から『為替操作』との批判を浴び、米国の為替操作国指定などペナルティを受ける可能性が高い。しかし、変動相場への移行処置というのではれば批判の対象になりえないからである。

 そして、この人民元切り下げにはもうひとつの理由もある。中国では株式バブル崩壊により大規模なキャピタルフライトが起きていた。外国人投資家や中国人が人民元を売り、ドルなどに替えて海外に資産を移す動きである。それに対して、中国政府は人民元価格を守るために大規模な為替介入を行っていたわけである。これはドルを売り人民元を買うというものであり、これが継続すると保有する外貨準備が大量に失われることになる。しかし、人民元を切り下げ変動相場に近い状態にすれば失われる額が減少するわけである。

 世界最大の外貨準備を持つと言われている中国であるが、これが大幅な減少傾向にあるのである。中国の2015年7月末時点の外貨準備は3兆6500億ドル、最大であった2014年6月末の3兆9900億と比較すると3400億ドルが失われていることになる。そして、今年の第二四半期だけで2000億ドル近くが失われたわけである。また、中国の場合、外貨準備の中身にも疑問符が付けられている。中国の外貨準備のうち、確実に換金できる米国債は1兆2700億ドル程度しかなく、他の資産がどうなっているのかよくわからないのである。このため、今回の事実上の変動相場の導入は、中国がこれまでのようなドル売り介入しきれなくなったという見方もあるわけである。
 
 今回の事実上の変動相場への移行は、これまで上げてきた理由のどれか一つが原因ではなく、このような理由を総合判断した結果といえるわけであるが、どちらにしても、これまでの『強い経済と保有する外貨を利用した強気の外交』ができなくなりつつある現状を確認するものであり、中国弱体化の始まりを意味するものになるのだと思われる。そして、米国は9月の首脳会談で人民元の切り下げ問題などを議題とするとしており、中国の弱体化を前提とした国際社会の中国への圧力は今後も高まるものと思われるのである。