遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士)

 抗日戦争勝利記念日の軍事パレードは中国建国以来初めてだ。狙いの一つは台湾総統選挙への威嚇だが、もう一つは国内統治問題にある。西側諸国のリーダーに参加させて威信を高めようという習近平の狙いは失敗した。某中国政府関係者に対する取材を通して分析する。

最初は中露会談から始まった


 2014年2月6日、ロシアのソチで開催されていた冬季五輪開会式に参加した習近平国家主席はプーチン大統領と会談し、2015年の抗日戦争勝利70周年記念式典に関して話しあった。会談後習近平国家主席は「私とプーチン大統領は、2015年に世界反ファシズム戦争ならびに中国人民抗日戦争勝利70周年記念行事を共同で開催することを決定した」と述べた。

 一方、プーチン大統領は「欧州のナチス勢力によるソ連など欧州諸国への侵略および日本軍国主義が中国などアジア被害国の人々に対して犯した重大な罪が忘れ去られてはならない。中国側とともに努力して世界反ファシズム戦争ならびに中国人民抗日戦争勝利70周年記念表示の成功させたい」と表明した。

 筆者が取材した某中国政府関係者によれば、このとき北京における70周年記念日で軍事パレードを催す方針が確認され、2015年5月8日にモスクワの赤の広場で催される反ファシスト戦勝70周年記念に行われる軍事パレードを是非とも参考にしてほしいということが話されたという。

 習近平国家主席とプーチン大統領は2014年だけでも10回以上会談している。ウクライナ問題で窮地に立たされたプーチン大統領としては軍事パレードに関して徹底的に習近平国家主席を支援することによって、中国をしっかりロシア側に引き寄せておきたい思惑があっただろう。

習近平国家主席の野望と狙い


 しかし習近平国家主席としては、ロシアもさることながら、日本を含めた西側先進諸国のリーダーたちが9月3日の北京における軍事パレードに参加してほしいという強い渇望があった。

「抗日戦争と世界反ファシズム戦争勝利70周年」の記念行事で、演説する習近平国家主席=9月3日、北京の天安門(共同)
 そこで先ずは経済で西側諸国を中国側になびかせようとして、AIIBアジアインフラ投資銀行や一帯一路(陸と海のシルクロード)などを全世界に呼びかけて、イギリスをはじめとしたヨーロッパ先進諸国の取り込みを成功させた。

 日本とアメリカは参加しなかったので、大きな狙いは叶えられなかったものの、それでもヨーロッパ先進国を含めた世界の数十カ国もの国が、中国の経済力に魅せられて友好関係を保とうとしていることは、習近平国家主席にとっては、非常に心強い踏み台となった。

 2015年6月23日、国務院新聞弁公室は記者会見を開き、9月3日の「中国人民抗日戦争と世界反ファシスト戦争勝利70周年記念行事」に関する詳細を説明するとともに、当日、軍事パレードを行うことを発表した。

 「抗日戦争」の前に「中国人民」を付けたことはいくらか評価できるとしても、それでも「抗日戦争は国民党軍が主として戦い」、「新中国は、その国民党軍を倒して誕生した国」である。

 だから抗日戦勝記念日に、「中国共産党政権」が軍事パレードを行うのは適切でない。

 この点に関して筆者は「おかしいだろう!」と先述の某中国政府関係者に咬みついた。すると意外にも某氏は「わかっている」と回答したのだ。これには驚いた。

 人生最後の賭けに出て、筆者は真実をすべて明らかにしようと命がけだ。某氏の「わかっている」という言葉に、ある種の感慨を覚えた。 彼らは「わかって」、やっているというのか――?

 「それならなぜ、抗日戦勝記念日に軍事パレードなどやるのか?」筆者は引き下がらなかった。

 某氏は声を落しながら、「中国は長いこと欧米列強の植民地だった。だから、今、いかに強大になったかを示したいのだ」と言う。

 「それならば、国慶節(建国記念日)にやればいいではないか。抗日戦争中、主戦場で戦っていなかった中国共産党軍が、その戦勝記念日に軍事パレードを強行するのは、何としても適切ではない」と筆者も譲らない。

 結果、某氏は、中国の本音を漏らした。

 「実は、中国としては、この軍事パレードに日本とかアメリカをはじめとした西側諸国のリーダーに参加してほしかった。そうすれば、中国人民に中国共産党の統治能力の高さを示すことができる。世界一流の国のリーダーたちが中国人民解放軍の軍事パレードに参加してくれれば、軍を管轄する中国共産党の権威も高まるではないか……」

 以下は筆者と某氏と筆者の会話である。

筆者:では、人民に対する中国共産党の統治能力が低いと人民が思っているだろうと、中国政府が思っていることになるのだろうか?

某氏:いや、そういうわけではないが、しかし、やはり腐敗問題とかいろいろあって、共産党政権が権威を落しているのは確かだ。だから習近平は必死で腐敗撲滅をしている。でも……。

筆者:でも、求心力? 中国共産党の求心力がすでに落ちているということですね?

某氏:いや、そういうわけではないが、人民が不満を持っているのは確かだ。逆に、中華民族の夢と誇らしさを人民に与えてあげないと……。人民はそれを欲しがっている。

筆者:そのような目的のために、抗日戦争を利用してほしくない! 日本国民の気持ちを考えたことはあるのか? こういうことをすれば、日本人は反感を持つだけだ。それに、結局、日本もアメリカもヨーロッパの先進諸国も軍事パレードどころか記念行事そのものに参加しないのだから、結局、習近平はメンツを無くしただけではないか? 軍事パレードの提案など、しない方が良かったとは思わないか?

某氏:それは否定できない面も、ないではない……。

筆者:だったら、抗日戦争記念日に軍事パレードをやったりしないで、国慶節にやれば良かったのではないのか?

某氏:いやいや、国慶節の閲兵式は10年ごとだから、2019年まで待たなければならない(中国語では軍事パレードと言わずに閲兵式と言う)。

筆者:それまで待つと、台湾総統選挙問題に間に合わないということではないんですか?

もう一つの本音は来年の台湾総統選挙


某氏:えっ?! まるで政府内部のようなことを言うんだね。

筆者:それくらい分からなくてどうしますか? 来年の総統選挙で民進党が勝ちそうだから、台湾独立を主張したときには、中国は反分裂国家法により武力を行使するという威嚇をしているんでしょう?そのために、台湾に大陸の軍事力を見せつけて、「独立を主張したりするなよ。そんなことをしたら、遠慮しないぞ」と威嚇している。そうではないんですか?

某氏:そこまで分かっているのなら、もう、何も言うことはない。日本を対象としているのではないことだけは本当だ。

 以上が、某中国政府関係者との実際の会話だ。

 台湾に関しては8月13日のコラム「中国の軍事パレードは台湾への威嚇」で分析した。

 今般の取材を通して、その時には見えてこなかった中国の内心が見えてきた。欧米諸国は、よくぞ参加しない選択を選んだものである。その見識に敬意を表する。

 わが日本国の安倍首相は、一時、軍事パレード以外の抗日戦争勝利70周年行事に参加する可能性があることを中国側に伝えていたようだ。途中から国会日程のために「行かない」と表明したが、危ないところだった。

 安倍内閣は、もっと中国の真意を研究しなければならないのではないだろうか。

えんどう・ほまれ 東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。単著に『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 完全版』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国人が選んだワースト中国人番付 やはり紅い中国は腐敗で滅ぶ』『完全解読 「中国外交戦略」の狙い』など多数。共著に『香港バリケード 若者はなぜ立ち上がったのか』。