梶谷懐(神戸大学大学院経済学研究科教授)

 6月に急落した上海株式市場は、中国政府の露骨ともいえる「救市」(市場介入)にもかかわらず続落を続け、ついに8月下旬、「世界同時株安」をもたらすこととなった。日経平均株価が一時、937円も急落し、ニューヨークのダウ平均株価も一時、過去最大の1089ドルの値下がり幅を記録した8月24日は「ブラックマンデー」とすら呼ばれている。

 中国経済にいったい何が起きているのか。重要なのは、株価下落そのものより、それをもたらす原因となったマクロ経済状況の変化である。現在中国が陥っているのは「デット・デフレーション」である(これは日本がバブル崩壊後に陥った「デフレ・スパイラル」とほぼ同義)。

日本の高度経済成長期も超える過剰投資


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 中国では株式市場の高騰が昨年から続いてきた。だが、実体経済の指標とは全く連動しておらず、株高は不動産市場から流入した資金によって一時的に実現したものに過ぎない、というのが大方の見方だった。

 2008年のリーマンショックによる世界金融危機以降、中国は地方政府による公共事業を中心とした投資をもって潜在的な消費不足を補ってきた。13年の公式統計によれば、GDPのうち国内投資(在庫投資含む)が占める比率(粗投資率)は47・8%に達している。日本の高度経済成長期でも粗投資率は35%程度だったことを考えると、この中国全体の数字だけでも投資が過剰な状態にあることは明らかだ。

 しかしより深刻なのは、特に内陸部における投資依存度の高さである。例えば同じく13年に粗投資率が80%を超えている省・自治区は、全国で雲南、青海、チベット、内蒙古、寧夏、新疆の6つもある。このうちチベットと青海は投資率が100%を超えている。これは、投資の大部分が中央からの補助金で外の省から資本を購入することに充てられているためである。

 これらの国内投資の多くはもともとフローの投資収益率は低く、キャピタルゲインが発生することを前提に行われてきた。しかし、14年の中ごろから全国の不動産市場が下落に転じ、資産価値の期待上昇率がしぼむことにより、それらは収益性が低いだけではなく、キャピタルロスをもたらす可能性の高い「無駄な投資」となってしまった。まさにデット・デフレーションが視野に入る状態となっていた。

債務の拡大と不可分な投資の拡大


 デット・デフレーションとは、企業などが抱える過剰な債務が原因となって経済が目詰まりを起こし、不況が拡がっていく現象を指したものである。消費や輸出と異なり、投資の拡大は債務の拡大と不可分である。特に中国のような投資への依存度が高い経済では、資産価格の下落などによって債務の返済が焦げ付いてしまうリスクを常に抱えているといってよい。

 デット・デフレーションに陥ると、まず、物価の下落などによって資産価値や投資プロジェクトの収益性が徐々に下落し、企業の債務返済が次第に困難になるため、新規の投資を控えたり、従業員をリストラしたりするようになる。この状態が長引くと「デフレの罠」、つまり企業や金融機関の連鎖的な倒産が生じ、さらに不況が深刻化する状況に陥る。

 現況においては中国の消費者物価水準はまだプラスだが、不動産価格と投資プロジェクトの収益性の下落は続いており、デット・デフレーションに近い状態にある、と考えられる。

 デット・デフレーションを打開する一つの方法が「清算主義」である。これは低収益、高債務の企業を倒産させてでも債務を整理し、原因を根本からなくしてしまおうというものである。

 もう一つの処方箋は、政府が積極的な金融緩和を行って物価水準を上昇させるという「リフレ政策」を採り、企業の実質的な債務負担を減少させるべきだ、というもので、米連邦準備理事会(FRB)のバーナンキ前議長らが唱えたものである。

 清算主義的な主張にも一理はある。改革の「痛み」を和らげるために金融緩和を行えばまたしても投資が刺激されてしまうからだ。

 しかしこのような清算主義は、適切な政策割り当ての観点からみると問題が多い。今後の持続的な成長を考えれば、同時に、投資の抑制を含め、供給面の生産性を引き上げるための改革を行うことは必須である。

 加えて需要面でのショックを抑えるために、消費や輸出を刺激する政策と組み合わされる必要がある。急激に成長率が低下してしまうと、本来高い成長率を見込める民間企業から先に倒産に追い込まれ、人的資源が有効に活用されないため、かえって生産性が低下してしまうからだ。

 以上を踏まえれば、不況に陥った中国経済にとって望ましい政策とは以下のようなものであるはずだ。

 まず、高すぎる投資率を抑制し、資源配分の効率性を高めるための金融市場や社会保障制度などの改革を行う。その一方で、需要のショックを和らげるため一定のインフレ率をターゲットにした金融緩和を行い、為替レートを低めに誘導するというリフレ政策を行うのである。

 景気を下支えするための金融緩和を持続的に行ってきた中国当局の政策スタンスは、一見このような望ましい方向を目指しているように見える。

 確かに、中国人民銀行は預貸比率規制の撤廃や預貸基準金利と預金準備率の引き下げなど、6月下旬から継続的に金融緩和を行い、大都市の不動産指標も次第に上向きつつある。

中国当局による不可解な元買い介入


 中国人民銀行は8月11日から13日にかけての3日間、人民元レートの基準値を4.5%も切り下げた。

 当局はこの1年ほど、一貫して元買い介入を行い、人民元の対ドルレートは1ドル=6.1元から6.2元台で推移してきた。しかし、対ドルの先物レートが14年末から大きく下落し1ドル=6.3元台の後半から6.4元台で推移するなど、市場に強い元安圧力が存在していた。

 しかし、デット・デフレーションの発生により、国内需要の落ち込みが生じている状況のもとでは、このような介入は本来望ましくないものであった。元の下落を食い止めるために元買い介入を行うことは、市中から元を引き上げる引き締め効果を持ってしまい、デフレ脱却のための金融緩和を相殺する効果を持つからだ。

 AIIBの設立やシルクロード基金を通じた資本輸出によってアジアにおけるインフラ建設を進めると同時に人民元の国際化を目指す中国政府としては、大幅な元の減価は避けたかった。しかし、なかなか反転しない株価を目にした当局は、国内経済が「デフレの罠」に陥っては本末転倒と考え、切り下げに踏み込んだのだろう。

 また、資源配分の効率性という観点からは、金融緩和によって増加する銀行融資が、どのような貸出先に行われるかが問題となる。特に内陸部の省に関しては、過剰な投資を一定期間抑制し、その結果ある程度低成長が持続することになってもやむを得ない、という政治的な決断が必要になるかもしれない。

 中国政府は7%という具体的な成長目標にこだわってきた。7月15日に中国政府は、4~6月期のGDP成長率が前年比7%に達したことも公表している。しかし、それにこだわることは決して得策ではない。内陸部を中心に効率性の低い投資が過剰に行われ、成長率を何とか下支えしてきた結果、不動産や株式市場のバブルを誘発してきた「投資過剰経済」の体質が温存されてしまうからだ。

 いずれにせよ、現在の中国政府は、いくつもの異なる課題を同時に解決せねばならず、深刻なジレンマに陥っているようにもみえる。その中で、景気を下支えするための一連の経済政策が、生産性上昇のための改革と一体となって行われるのか、それとも非効率な投資を続け、問題を先送りさせる結果に終わるのか。そこに今後における中国経済の持続的な成長の可否がかかっていると言っても過言ではない。

かじたに・かい 神戸大学大学院経済学研究科教授。専門は現代中国の財政・金融。2001年、神戸大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。神戸学院大学経済学部准教授などを経て、14年より現職。主な著書に『現代中国の財政金融システム:グローバル化と中央―地方関係の経済学』(名古屋大学出版会、11年)、『「壁と卵」の現代中国論』(人文書院、11年)、『日本と中国、「脱近代」の誘惑』(大田出版、15年)などがある。