武田邦彦(中部大学特任教授)

大げさで抽象的な表現が災害を生む


 このところ、気象の変化で起こる災害が続いている。そのたびに、気象庁は「記録的」とか「観測史上最大」という表現を使っているが、この表現では「備え」もできず、「原因」もわからず、「対策」も適切に採ることができない。 数年前から気象庁の表現は大げさで抽象的になり、生活をしている方としてはなにをどうすれば良いかわからない。

 たとえば「今までに経験したことがない」という表現が出てきたのも数年前だが、「今までに経験したことがない」というのはあまりに「個人的」で、80歳の人で日本のあちこちに転勤した人のことを言っているのか、それとも10歳ぐらいの少年を念頭に置いているのか判らない。 もし、80歳の経験豊かな人のことなら、「日本の気象変化のうち、かなり珍しい」と言うことになるので、避難したり、何かの対策が必要だ。でも10歳ぐらいの人が経験していないということになると、日本ではほぼ毎年、どこかで起こることになるので、避難したりする必要がない。 だから「今までに経験したことがない」という表現は、その表現が不適切であることによってかなりの犠牲者を出した原因となっていると思う。

 台風11号で避難命令がでた四日市市で、約30万人が避難対象だったのに、180人しか避難しなかったということが「大げさな表現がもたらす典型的な現象」ということができるだろう。この時、気象庁は「直ちに命を守る行動を取ってください」と言っていた。そしてそれを受けて自治体が避難命令(正しくは避難指示・・・判りにくい言葉で、避難勧告より強い)を出しても住民はそれを完全に無視した(桑名市では20万人に命令がでて、避難した人は80人)。 「これまでに経験の無い」のだから「直ちに命を守る行動」といっても、全く判らない。

 一方では、テレビで台風の規模や最大風速、予想雨量を伝えているが、気圧は935ヘクトパスカルで普通の台風、最大風速は35メートルで台風としてはやや小さめ、それにすでに高知県で降り始めからの雨量が1000ミリを超えているのに、三重県の予想雨量はそれより下回っている。 でも「三重県は脆弱だから」とも発表されない。しかも四日市市では風はそれほど強くなく、雨が問題だったが、川の周辺に避難指示がでたのではなく、四日市市全体に発令される。でも住民は「人間」だから、あまりにも不合理なことはできない。川が氾濫すると言っても堤防が結果してい浸水する地域は決まっている。それから遠く数メートル以上の高い地域の人がわざわざより危険なところに避難することなどありえない。 このことをテレビでは「安全を最優先」とか「空振りを恐れない」と見当外れの解説をしているが、そんなことではなく、「説明や発令が合理的ではない」ということであり、注意はするに越したことはないが、三重県に雨が降るから東京の人に避難命令が出るようなものだ。

 現地に行ってみると、台風の規模と地形から見て「命を守る行動」がなんなのか全く判らないことが理解される。 広島の土砂崩れでも、「記録的」といい「観測史上最大」と言っていた。でも、雨量を見ると前線が中国山脈の北にあるときの7月などに降る九州から中国地方の雨(湿舌による豪雨)は普通のことで、たとえば「広島の住宅地に10年前に設置されたアメダスでは初めてで、九州から中国地方に夏に降る雨としては毎年、降る程度のもの」と思う。 テレビが住民にインタビューをすると、「今までにこんなこと経験したことがありますか」との誘導質問があり「これまでに経験したことがない」と答えた人の映像を出す。でも今日の広島の住民は誘導質問に対して、「いや、ときどきこのぐらいの雨はありますよ。でも少し時間が長かったかも知れませんね」と答えていた。

  今度の災害が、本当に記録的なのか、それとも1時間ほど長く降ったのかによって今後の対策が違う。本当に記録的なら仕方が無いところもあるが、1時間ほど長く降ると土砂崩れが起きて命を失うというような治水政策なら、少しの雨でもすぐ逃げなければならない。 一刻も早く気象庁は表現を正確に(「記録的」とか「観測史上最大」という代わりに、「九州・中国地方では何年ぶり」という表現)に直すべきである。 (平成26年8月20日)

橋が流れる原因…正しく伝えることが防災の基本

  2014年8月18日、お盆明けの月曜日に岐阜県高山に大雨があった。1時間に57ミリ、2日にわたって合計310ミリの雨だった。1時間に50ミリを超えると豪雨になるが、それでも57ミリというのは日本列島では「雨の季節、特に7月」には毎日のように降る量だ。そして2日に310ミリというのは、少し前の台風11号の時の高知県に1000ミリを超える雨が降ったことや、諫早豪雨、長崎豪雨といった豪雨ではいずれも1日1000ミリ程度の雨が降るので、決して「異常な気象」ということではない。

  さらに奇妙なことが起こった。普段、水深1メートル以下で穏やかに流れている高山市の川の水位が5メートルから8メートルになった。それでもまだ川は深く氾濫までには至らなかった。 その時である。川の橋が突然として崩壊し、流出した。さいわいその橋に人も車も通っていなかったので人的被害はなかったが、ぞっとする結果だ。というのは、大雨で川が増水するというのは普通にあることで、特に日本のように山地が多い地形の場合、雨と川の増水は「日常茶飯事」の中に入る。普通、川が増水しても、橋が水でかぶるまでは通行できる。

 この写真は台風の時の四日市市の川の状態だが、すでに川の水は橋ぎりぎりまで増水しているが、それでも通行止めにもならずに車が走っている。つまり、「記録的」な大雨が降ったら「橋が流出し、人が流される」というのは「日本の常識」ではない。日本の常識は「川が増水しても、特別なことがない限り、橋を通行できる間は橋は破壊しない」ということだ。

 もし、「増水したら橋が流される」ということなら、
 1)どのぐらいまで増水したら、橋は破壊されるのか?
 2)橋が危険になったら通行止めになるのか? 
がわかっていなければ危なくて橋を渡ることができない。 さらに加えて流出した橋は「耐震工事」をしたばかりで、工事直後である。私は以上の説明をする時間がなく、テレビで「手抜き工事だったかもしれない」とコメントした。つまり工事直後の橋が、単に川の増水だけで流出するということになると、それは「設計上の一大事」だからであるし、日本の橋梁の信頼性全体にかかわるゆゆしき事態だからだ。

 橋梁の設計は「増水では崩壊しない」となっていて、だから増水だけで橋が通行止めになることもなく、みんなが避難したりすることができる。橋桁は上流から特別に大きな流木などが流れ、それが考えられない程のものでない限り、倒壊しないのだ。そして高山の場合も流木はなかった。 ということはこの事件は、「自然災害」ではなく、「手抜き工事」か「設計ミス」であることは確かである。仮に工事が「耐震工事」であっても、その時にコンクリートの劣化や設計の問題をチェックされるので、強度が不十分だったのだから、その修復が行われているはずだ。 まずは「なにも検討しないでお金(税金)があるから、工事だけをした」ということだろう。

 このブログでは、「記録的」、「これまでに経験したことがない」、「観測史上初めて」といういい加減な言葉を気象庁が使うことの危険性(国民が犠牲になる)を指摘してきたが、この事件もいい加減な治水対策をそのまま示したものだが、マスコミは「異常」を繰り返している。 このままではまた犠牲者を出すだろう。正しい原因の追及とその対策がなければ災害を減らすことはできない。 (平成26年8月20日)

天気図と広島の水害


 広島で大きな水害が起こった時の天気図は、太平洋に少し弱くなった夏の高気圧があり、大陸の高気圧との間に停滞前線を作っていて、それが中国地方の少し北の日本海にあった。

 このような天気図は梅雨の終わりの頃の7月に毎年、よく見られるもので、気象観測が十分に行われるようになった1950年代から、「ごく普通の気象」である。初歩の気象で、このぐらいなら理科系の人ならおおよそ知っていることだ。

 つまり、高気圧が日本の東南にあり、前線が日本海側に停滞しているので、東シナ海から湿った空気が移動し、それが湿舌のようになるので、九州や中国地方に大雨を降らせる。その規模は、1時間に50ミリから100ミリ、1日に500ミリから1000ミリというところだ。
2014年8月の土砂崩れで壊滅状態となった家屋。この教訓を生かし、政府は土砂災害の見直しを決めた=広島市安佐南区
2014年8月の土砂崩れで壊滅状態となった家屋。この教訓を生かし、政府は土砂災害の見直しを決めた=広島市安佐南区
 この程度の雨は毎年、降るもので、それをNHKは気象庁の発表通り、単に「観測史上最大」と言っていた。この時に安倍首相は夏期休暇からの帰りの記者会見で、「その地域では珍しい豪雨」とより正しく表現していた。それほど多くの言葉を言えない首相でも「その地域では」ということを言って、誤解を少なくしようとしているが、NHKは誤解を増やそうとしているように見える。

 2014年8月20日の広島の雨にしても、その数日前の福山の川の氾濫にしても(300ミリ)、狭い地域では珍しい雨かも知れないが、中国地方ではごくありふれた大雨の一つである。そうなると今回の広島の災害の真なる原因はどこになるだろうか?

 今回の広島の災害での土砂崩れは一か所ではなかった。広島市の安佐北区で4か所、安佐北区でもあり、あきらかに偶然ではない。そして、広島県では平成11年に呉で同じような土砂崩れが起きて32名が死亡(1名は現在でも行方不明)している。

もともと広島の大地は「まさ土」でおおわれていて土壌はもろく、危険個所は32000か所に及ぶ。そして昭和40年から始まった宅地造成で多くの危険個所に住宅が建っているという。問題は「宅地造成の許可があるかどうか、あるなら許可基準はどうなっているか」である。

 日本の役所の“ポンコツ認可”だから、「住宅が危険にさらされるかどうかなど許可要件にはない」などと言われるのではないか。姉葉事件の時に、建築確認というのは「マンションが危険な設計でも、そんなこと審査しない」と言われてびっくりしたものだ。普段は「役所が許可したから心配ない」と言い、事故が起こると「そんなこと知らない」と来る。責任の逃れて逃れの為に役人を雇っているわけではないのに。

 8月20日の夕刊各紙は、朝日新聞が単に「豪雨」とし(正しい表現)、広島の造成地の問題を取り上げていた。毎日新聞は同じく「豪雨」とし(正しい表現)、「避難勧告は発生後」ということで午前3時過ぎの起こった災害の「避難勧告」が4時20分だったことを報じている。広島市の担当部長は「今までに経験したことがない雨量」と言っている。

 しかし、もともと1999年に広島で32人の犠牲者を出す土砂災害があり、それが機になって土砂災害防止法ができている。でも、つねに「経験のない」と言えば「想定外」となり、個人の経験を超えることが起これば、住民は死んでも仕方がないというのが広島市の見解であることがわかる。

 中日新聞は「記録的豪雨」と題していて(不適切な表現)、「その地点での二十四時間の雨量としては観測史上最多」としていて、「史上」というのが10年なのか、1000年なのかは書いていない。普通はアメダスが設置されてからだから、40年ぐらいと思うが、長い場所で80年ぐらい、短かい場合は10年にも満たない。

 10年ぶりという雨を「観測史上初めて」という表現は、不適切を通り越して「報道として許すことができないほどの表現」ということができるだろう。日本語としては「史上」といえば、少なくの100年、あるいは1000年ぐらいの期間を指す。

 また最近、「観測史上はじめて」が増えていて、それが「異常気象」とされるが、アメダスの設置場所を増やせば、それだけ「観測史上はじめて」が増えるという仕組みである。このような不合理な表現が使われるのは、おそらくなにかの利権があってNHKがそれに組みしているとしか考えられない。

 多くの犠牲者を出した広島の事件が、気象のせいではなく、造成、許可、警告などの問題として取り扱われないと、なくなった人たちは浮かばれないだろう。この際、報道は、問題が気象にあるのか、それとも「お上」が国民に対してしなければならない義務を怠っているのか、それを明確にしないと、私たちは「いつどこに逃げる」とか、「この家に住んで良いのか」ということすらわからない。

 ちなみに名古屋市はかなり「ハザードマップ」が充実しているが、それでも大雨で土砂崩れする危険箇所を示す地図は「地震ハザードマップ」に書き加えられているだけだ。また「ハザードマップ」というむつかしい英語を使わなければならない理由もない。普通に「危険箇所の地図」としたらどうか。(平成26年8月22日)