[学びなおしのリスク論](2)気候

漆原次郎

 明日の天気はどうか。降水確率はどれくらいか。気温は何度まで下がるか――。

 私たちは日々、これからの天気がどうなるかを気にしつつ暮らしている。傘が必要か、服は厚めのほうがよいか、催しものは予定通り開かれるかと、自分たちの暮らしに影響を及ぼすからだ。

 天気に関する事柄は、だれもが最も身近に感じられるリスクの題材の一つといえるのではないか。そう考えて、気象庁のサイトを覗くと、「気象情報を活用して気候の影響を軽減してみませんか?」というページがある。「気候リスク」という概念を人びとに伝え、気候リスクの情報を企業の経済活動などに活用してもらう取り組みを始めたようだ。
中三川浩氏。気象庁地球環境・海洋部気候情報課所属、気候リスク対策官。気象大学校卒。卒業後は地方気象台や管区気象台等で気象観測や短期予報の業務に従事。平成11年度から気象庁本庁で、世界の天候監視や異常気象の分析、国際的な気候データの流通促進、季節予報業務などを歴任。平成25年度より各種産業において季節予報などの気候情報を利活用する気候リスク管理技術の普及のための取り組みを推進する業務に従事している。
中三川浩氏。気象庁地球環境・海洋部気候情報課所属、気候リスク対策官。気象大学校卒。卒業後は地方気象台や管区気象台等で気象観測や短期予報の業務に従事。平成11年度から気象庁本庁で、世界の天候監視や異常気象の分析、国際的な気候データの流通促進、季節予報業務などを歴任。平成25年度より各種産業において季節予報などの気候情報を利活用する気候リスク管理技術の普及のための取り組みを推進する業務に従事している。
 気候リスクとはどんなもので、どう活用できるというのか。今回は、「気候リスク対策官」という肩書をもつ気象庁の中三川浩氏に聞いてみることにした。

 まず「気候リスク」の定義から。中三川氏は、「天候不順など、平年とは隔たった気候が現れることがありますが、そのような気候によって影響を受ける可能性のことを、気候リスクと呼んでいます」と説明する。

 同じ地域であれば、異常気象などが起きる“可能性”は誰にとっても変わることはない。その一方、異常気象によって受ける“影響”は企業や人それぞれに異なってくる。例えば「今シーズンの冬は寒くなる」という可能性に対して、マフラーメーカーは商品がたくさん売れるだろうからうれしいが、鉄道会社は大雪による交通マヒなどが起きるためうれしくない。

 こうしたことから、気候リスクとは「異常気象などの起こる可能性」と「その影響の大きさ」を掛けあわせたものとして考えることができる。

 「また、リスクというと悪いイメージばかり浮かぶかもしれませんが、『気候リスク』は、悪い影響だけでなく、よい影響を受ける可能性も含めて、そう呼んでいます」

売上と気象の関係性を認識し、有効な手を打つ


 気候によって影響を受ける可能性、つまり気候リスクの情報を、ではどのように役立てていくのか。「なにもむずかしいことではありません」と中三川氏は言う。アパレル業界の事例を題材に要点を説明してもらった。

 「まず、自社の売上データと、気象庁の気候データの関係性をグラフで見ることです」

 例えば、ロングブーツ売上の推移のグラフと、平均気温の推移のグラフを重ねてみる。すると、平均気温が20℃を下回るタイミングでロングブーツの売上が伸び始めるという関係を見ることができる。
気温とロングブーツ販売数の関連性。細線(左目盛)が東京の平均気温。太線(右目盛)がロングブーツ販売数。平均気温が20℃を下回ると、売上が伸びることがわかる。 (画像提供:気象庁)
気温とロングブーツ販売数の関連性。細線(左目盛)が東京の平均気温。太線(右目盛)がロングブーツ販売数。平均気温が20℃を下回ると、売上が伸びることがわかる。 (画像提供:気象庁)
 「売上と気象との関係がわかれば、次に気象予報を使って対策を立てることができるようになります」

 つまり、売上と気象の関係性を認識した上で、では今シーズンの気候はどうなるかを気象予報で得て、これまでの関係性から有効な手を打つわけだ。平均気温が20℃を下回るタイミングが平年より早ければ、早めに品揃えをすることで、シーズン当初の売り損じを避けることができる。

 ただし、長期的な予報になると、果たしてその予報が本当に当たるのかという“別のリスク”が出てくることになる。その点、比較的、短い部類の長期予報については確度が高まってきたという。

 「あまり知られていないのですが、われわれは2週間先までの平均気温などの予想を出しています。2週間であれば予想の確度も高いので、さまざまな対策を立てていただくこともできると思います」

 この2週間先までの平均気温などの予想は「異常天候早期警戒情報」という情報の基礎資料として提供されている。この情報は、原則、月曜と木曜、5〜14日後までを対象に、7日間平均気温が「かなり高い」もしくは「かなり低い」となる確率が30%以上、または7日間降雪量が「かなり多い」となる確率が30%以上と見込まれる場合に発表される。情報ホームページの「確率密度分布図」には、関東甲信地方といった地域や東京や大阪といった主要な地点ごとの7日間平均気温について、平年と比べて何℃低く(高く)なる確率が何パーセントといった数値を調べることができる。
気象庁サイト内「7日平均気温平年偏差の累積確率・確率密度分布図」のページ。グラフの青い棒を動かして、「19℃以下の確率:44%」「20℃以下の確率76%」といったように、気温ごとの確率を見ることができる。(画像提供:気象庁)
気象庁サイト内「7日平均気温平年偏差の累積確率・確率密度分布図」のページ。グラフの青い棒を動かして、「19℃以下の確率:44%」「20℃以下の確率76%」といったように、気温ごとの確率を見ることができる。(画像提供:気象庁)

“経験と勘”の裏づけや新たな発見も


 こうして気候リスクの情報を分析すれば、自分たちの仕事への悪影響を減らす対策を打ったり、好影響を増やす仕掛けをしたりすることができるかもしれない。仕事に伴うさまざまなリスクを最小の費用で食い止めることを「リスクマネジメント」というが、「悪い気候リスクの影響は和らげて、好ましい気候リスクの影響は伸ばすというのが、気候リスクマネジメントの基本です」と中三川氏は言う。

 これまで各業界の気候に関するリスクマネジメントは、“経験と勘”に基づくものが多かった。さまざまな業界で、「気温が何℃まで下がると何々が売れ始める」といった話がある。その多くは、その業界の人たちの感覚による予想だったようだ。もちろん、それも重要ではあるが、「気象データの裏付けをとって定量的に評価すれば、その話の信頼性が向上します。また、意思決定をする際、誰もが納得できるようになります」と、中三川氏は続ける。

 実際に気象データを定量的に評価する観点から商品の売上の変化を見ると、さきのロングブーツのように“経験と勘”がやはり当たっていたとわかったものもある一方、予想外の結果が出たものもあったという。

 「秋物の肌着は日平均気温が20℃を下回ると売れ始め、冬物は15℃を下回ると売れ始めることが、気象データからわかりました。肌着はこんな気温で売れ始めるのかと、アパレル業界の方たちが驚いていました」

個人の暮らしの中で役立てる


 気候リスクの評価と管理を、私たち個人の暮らしの中で活用しようとしたらどうなるか。

 例えば、2週間後に控えたマラソン大会。これも2週間先までの7日平均気温の予測を活用することができそうだ。「暑いと予想されていれば、当日までに体を暑さに慣らしておく対策を打てます。逆に向こう1週間は暑いものの、その後は気温が下がり気温の変動が大きいといった予想があれば、体調管理に気をつけることが一つのリスクマネジメントになります」。

 また、寒冷地への中長期の出張では、そこに長らく滞在するために気候リスクマネジメントの考え方を当てはめられそうだ。まず、滞在期間の現地と出張先の気温の違いを平年値から把握しておく。それとともに、2週間先までの気温の確率を把握することができれば、より適切に防寒への備えもできるだろう。

 考えてみれば、私たちは、明日、週末、数日後の天気がどうなるかの情報を把握し、寒い場合はこういう準備をする、また雨の場合はこういう過ごし方をするといった計画を立ててきた。そう、リスクマネジメントという言葉や概念を用いずとも、リスクマネジメントをしてきたのだ。

 日本人はリスクや確率でものごとを判断するのが苦手と言われてきた。しかし、中三川氏は言う。「気象の話をすれば、かならずしもそうではないと思います。天気予報の降水確率が30%であれば折りたたみ傘を持ち、50%だったら丈の長い傘を持つといった行動をとっているのですから」。

 難しそうなリスクという概念について考える上で、天気という題材は最も身近なよい教材といえそうだ。

◎今回のまとめ◎

・気候リスクは、気候によって影響を受ける可能性のこと。「異常気象などの起こる可能性 × その影響の大きさ」で求められる。

・自分のデータと気候のデータを同じグラフで示すと関連性が見えてくる。さらに気象予報と組み合わせれば、効果的なリスクマネジメントも可能。

・天気の話は、リスクやリスクマネジメントを認識する上での良い教材でもある。