潮匡人(評論家、拓殖大学客員教授)


消えた安全「保障」法制


 名は体を表す。いわゆる平和安全法制。略して平安法。なんとも間抜けなネーミングではないか。元々の名称は違う。五月十四日に平安法案が閣議決定されるまで「切れ目のない安保法制」と呼ばれてきた。正確には「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制」。安倍晋三政権は「その整備について」昨年七月一日、閣議決定した。それが「平和安全法制」となり、名称から「保障」が消え、「平和」がついた。「戦争法案」とレッテルを貼られたからであろう。ちなみに護憲派が問題視する「集団的自衛権」の6文字はどの条文にもない。

 英語のsecurityは、ラテン語のsecuritasが語源であり、本来の意味は「安全保障」でも「安全」でもなく「安心」である。「《古》過ぎた安心、油断」の意もあり(『リーダーズ英和辞典(第3版)』研究社)、シェイクスピア劇『マクベス』では「(油断)大敵」と使われた。国連の「Security Council」を日本は「安全保障理事会」と訳すが、中国語では「安全理事会」。等々を詳述した拙著『日本人が知らない安全保障学』(中公新書ラクレ)をお読みくださり、「安全保障法制」から「保障」を削除したなら著者として光栄だが、たぶん「戦争法案」に対抗しただけであろう。

 動機はともかく残念な名称である。本来のキーワードは「切れ目のない」。語源は「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)。そのキーワード「シームレス(seamless)」を、日本政府が「切れ目のない」と訳した。憲法9条以下、関連法制は英語で論じたほうが分かりやすい。

 シーム(seam)がないからシームレス。シームとは「縫い目、継ぎ目」。「弱点、隙」との意味もある(前出辞典)。それがない。つまり「縫い目のない」「継ぎ目のない」「一体となった」「スムーズな」「完璧な」状態を差す(同前)。「切れ目のない」と言ってもよい。

 逆に言えば、現行法制には「切れ目」があり、スムーズな対応ができない。日本防衛上も隙があり、それが弱点となっている。だから切れ目をなくしてシームレスな対応を可能とする安保法制を整備する。政府与党は今年四月まで、そう説明してきた。

 ところが、出来た法案はどうか。名実とも「切れ目のない安全保障法制」ではなかった。
安全保障関連法案の可決について報じる2015年7月16日付の中国各紙(共同)
安全保障関連法案の可決について報じる2015年7月16日付の中国各紙(共同)
 政府資料「『平和安全法制』の概要」の副題「我が国及び国際社会の平和及び安全のための切れ目のない体制の整備」には、辛うじて「切れ目のない」というキーワードは副題で残されたものの、「法制」ではなく「体制」と書かれた。想像できる理由は単純。グレーゾーン事態における「切れ目のない」対応を可能とするための法整備が見送りとなったから。法案すらなくなったのに、「法制」とは呼べない。そういう次第であろう。

 法整備を断念した政府はどうしたか。

 今年五月十四日、平安法案に加え、グレーゾーン事態についての対処を閣議決定した。要点は「治安出動・海上警備行動等の発令手続の迅速化」。これにより「電話等により各国務大臣の了解を得て閣議決定を行う」ことができるようになった。電話しても「連絡を取ることができなかった国務大臣に対しては、事後速やかに連絡を行う」。それでよしとされた。

 皮肉を込めて護憲派に問う。以上は閣議の軽視ではないのか。「内閣がその職権を行うのは、閣議によるものとする」と明記した内閣法4条が空文化する。文民統制が形骸化する。「いつか来た道」だ。立憲主義に反する。なぜ、そう批判しないのか。「こんな大事なことを一内閣の閣議決定で決めてよいのか」となぜ、いつもの調子で非難しないのか。

 グレーゾーン事態は存立危機事態(集団的自衛権)より生起する蓋然性が格段に高い。にもかかわらず、野党や一部マスコミは後者ばかり論じている。

これで「切れ目のない体制」?


 政府与党にも問う。電話閣議や事後連絡で「発令手続の迅速化」を図るのではなく、「領域警備法」を制定し、平時から自衛隊に領域警備の任務と権限を付与すべきではなかったのか。憲法上の要請に加え、そのほうが実務上の要請にも叶う。なぜなら電話閣議の時間すら致命傷となり得るからだ。

 さらなる問題は「治安出動・海上警備行動等の発令」後である。海警行動が発令されると、海上保安庁法20条2項が適用され(自衛隊法93条)、武器使用権限が拡大する。ただし同条は武器使用の対象となる「外国船舶」について「軍艦及び各国政府が所有し又は運航する船舶であつて非商業的目的のみに使用されるものを除く」と明記する。

 したがって日本領海を・有害航行・する中国の軍艦は適用除外。つまり武器を使用できない。警告射撃も許されない。いくら発令手続を迅速化しても武器を使えない以上、対処には限界がある。潜没航行する中国潜水艦も同様である。日本政府の方針は、海警行動発令後「自衛隊が当該潜水艦に対して、海面上を航行し、かつその旗を揚げる旨要求すること及び当該潜水艦がこれに応じない場合にはわが国の領海外への退去要求を行う」。それはよいが、海自の「要求」に応じない中国原潜に、どう対処するのか。

 同様の疑問は中国の「海警」にも当てはまる。「外国政府が所有し又は運航する船舶」である以上、前記条文により武器使用できない。これでも「切れ目のない体制」と呼べるのだろうか。

 中国「海警」を含め、想定されるグレーゾーン事態の相手は「警察」かもしれない。ならば当方も、一義的に警察や海上保安庁が対処することになる。政府がいう「切れ目のない体制の整備」には、法整備に加え、海保を含む警察力を向上させていく必要がある。そうしないと警察力と防衛力の間に「切れ目」が残ってしまう(自衛隊の能力を下げれば、切れ目はなくなるが、それでは本末転倒)。

 だが他ならぬ日本の法律が、それを阻んでいる。たとえば海上保安庁法。「この法律のいかなる規定も海上保安庁又はその職員が軍隊として組織され、訓練され、又は軍隊の機能を営むことを認めるものとこれを解釈してはならない」(25条)。憲法9条に配慮した条文であろう。本来こうした条文もすべて改正すべきであった。たとえば「国家安全保障基本法」を制定して。

 そもそも国際法上、軍艦や政府船舶は「いずれの国の管轄権からも完全に免除される」(国連海洋法条約)。それを「警察権」(法執行権)で対処しようとするから無理が生じる。国際法上は警察権ではなく「自衛権」として説明しないと、警告射撃以上の措置は取れない。同様に今回、自衛隊による邦人救出も警察権と説明され、「領域国政府の同意」がある場合に限られた。「同意」が得られない場合、平安法は邦人を見殺しにする。

 治安出動時も同様である。警察官の武器使用は(有名な)警察官職務執行法7条が適用されるが、自衛官は加えて隊法90条が適用されるため鎮圧などの権限が拡大する。治安出動時に警察官の武器使用を、今後も平時と同じ要件で縛る合理的な理由はなにか。ぜひ聞かせてほしい。

 それだけではない。新たに制定される「国際平和支援法」により自衛隊を派遣する際には例外なき事前の国会承認が必要となった。公明党の要求に自民党が屈した結果である。政治に妥協や譲歩は不可避だが、今回は一線を越え、筋を曲げた。私はそう懸念する。

 国会閉会中や衆院が解散されている場合、迅速に対応できない。どうしてもタイムラグが生じる。対応に「切れ目」が生まれる。特措法制定に伴う「切れ目」をなくすべく一般法(恒久法)として国際平和支援法を整備するはずだったのが、連立与党やマスコミ世論に屈し「歯止め」を設けた結果、「切れ目」が残った。そういうことであろう。