著者 田中一成(東京都)

 今から半世紀前、論壇で進歩的文化人という“妖怪”が跋扈(ばっこ)していた。その知的な雰囲気やソフト語り口で、若者から絶大な支持を得たのである。彼らはソ連共産主義に迎合し、日本の独立を妨げる非現実的な全面講和を説いた。竹内洋氏の『メディアと知識人』によるとその系譜には2つあって、丸山真男東大教授に代表される官学知識人と、評論家の清水幾太郎などのメディア知識人だという。両者は60年安保反対闘争で挫折して官学知識人は研究室へ撤退し、メディア知識人の一部は転向して保守の旗手になった。メディア知識人の悲劇は「いつもウケていたいという宿痾(しゅくあ)」があり、良心的ポーズでコメントを連発するテレビ文化人の今に通じる。いや、巷(ちまた)では、文化人になり損ねた「進歩的大衆人」というそうだ。進歩的大衆人の病理は政治家にもあって、うつろいがちな「民意」をタテにポピュリズム政治を積み上げていく。民主党の鳩山・菅氏や社民党の福島氏に見られる「ウケていたい症候群」につながるのである。

大阪維新の会代表の橋下徹大阪市長
大阪維新の会代表の橋下徹大阪市長
 以前に野田佳彦政権は「原発ゼロ」を打ち出しながら、非現実性がつぎつぎに露呈してエネルギー・環境戦略の閣議決定を見送った。原発ゼロを目標にしてみたが、経済への影響や、立地自治体や海外との信頼関係を失う懸念から、戦略そのものの破綻を危惧したのだ。この「原発ゼロ」の理想論を聞くと、普天間飛行場の移転先を「最低でも県外に」との幻想を振りまいた鳩山由紀夫政権の悪夢が思い出される。普天間周辺が市街化して危険が増し、日米両政府が苦心の末に、沖縄県中部にある辺野古沿岸部への移設で合意していた。

 それを鳩山元首相がアテもないのに「県外」を公約して行き詰まり、結局は辺野古沿岸に戻った。ムダになったのは多くの時間であり、失われたのは地元との信頼関係であった。普天間か辺野古に、安全を確認した新型輸送機MV22オスプレイを配備すれば、尖閣諸島を狙う中国への有効な抑止力になる。

 もっとも「大衆人」願望には、左だけでなく右にもあるから、ここでは彼らを「保守的大衆人」と呼ぶ。野田首相が消費税増税法案を通せば、「近いうち」に解散・総選挙を約束したのに、実行が長引いた。焦った自民党は、自分で同意した3党合意を非難する問責決議に賛成してしまった。政策ビジョンと大衆ウケのはざまで揺れ動いた。

 二大政党のふがいなさに、今度は橋下徹大阪市長率いる日本維新の会が旋風を巻き起こしている。この間まで、政治家になることをつゆほども考えなかった人々が、ある朝目覚めると保守的大衆人になった。実現可能性はともかく憲法改正は「参院廃止を視野」におき、集団的自衛権行使を「権利あれば当たり前」と容認し、韓国が主張する慰安婦問題は「軍に暴行、脅迫で連れてこられた証拠はない」と明快だ。ただ、橋下政治はメールを駆使した「政治のマーケティング」で政策を決めるから、世論のうつろいに振り回されかねない。原発の稼働再開に反対していた橋下市長が、一転して条件付きで再稼働に転じたのはその例ではないか。これが政治の信念でなく、「ウケていたい症候群」の“業”でなければよいのだが。