棚橋弘至(新日本プロレス所属プロレスラー)

「自分しかいない」使命感がやる気の源


 自ら“百年に一人の逸材”と標榜する強烈なキャラクターに加え、独自のマーケティング戦略で、人気・業績が低迷していた新日本プロレスを立て直したのが、棚橋弘至選手だ。
 これまでにないタイプのプロレスラーである棚橋氏は、過酷な戦いの日々の中でも決して「疲れない」「落ち込まない」男としても知られている。その強靭なモチベーションの源泉はどこにあるのだろうか。

 「2006年に初めてIWGPヘビー級王者になったときに考えたのは、新日本プロレスを変えようということでした。当時プロレスの人気は下火。売上げは年々落ちているのに、危機感を持っている人間が非常に少ない。それどころか『地上波の放送が深夜になったから仕方ない』とか『1回見てもらえれば魅力に気づいてもらえる』といった言い訳ばかりが聞こえてきました。じゃあ見てもらう努力をしているかといえば、していなかった。

 そんな中で『プロレスはもう古い』とか『痛そう』といったイメージを変え、新しいファンを獲得するためのプロモーションができるのは、自分しかいない。その使命感で、僕は新日本プロレスの改革に取り組み始めました。
ポーズをとる新日本プロレスの棚橋弘至=2013年11月18日、
東京・世田谷区の新日本プロレス道場(荒木孝雄撮影)
ポーズをとる新日本プロレスの棚橋弘至=2013年11月18日、 東京・世田谷区の新日本プロレス道場(荒木孝雄撮影)
 ただ、やはり『プロレスはかくあるべし』というイメージを持っているオールドファンが多い世界なので、改革しようとするとアンチも増えました。僕は見た目がどちらかというとチャラチャラしていますし(笑)。だいたい3、4年は“アレルギー反応”が続きましたね。
 でも、業績が下がっているのに、同じことをやっていても状況が良くなるわけがない。絶対自分が正しいという確固たる信念がありましたから、どんなにブーイングされても凹みませんでしたね。頑固なんですよ。

 実は、プロモーションをしていく上での一番の難敵は、アンチではありません。アンチ棚橋ということは、プロレスに関心がある人ですから。僕のことを嫌いなぶん、対戦相手を応援するのでプロレス全体にとってはプラスになります。本当に難しいのは、プロレスに無関心な人をいかに振り向かせるか、です」

 無関心な層に向かって情報を発信し、振り向いてもらうというのは困難な作業だ。大抵はスルーされてしまう。そこでもモチベーションが折れなかった秘訣は、強い確信だった。

 「プロレスに興味・関心を持っている人は、日本人のせいぜい10%。ということは、残り90%の無関心な人こそが、新日本プロレスにとってのビジネスチャンスだからです。
 そう考えて、たとえ相手にされなくても『下手な鉄砲』を数多く撃ち続けました。幸い、ラジオや雑誌といった媒体でプロモーションの企画が取れたのですが、それさえも無理になったら駅前でサンドイッチマンをやろうと思っていましたから。ここまで覚悟を決めてプロモーション活動に打ち込めたのは、『情報は伝わらない』ということが身にしみてわかっていたからでもあります。

 地方会場での試合後、コンビニなどに立ち寄ると、僕に気づいて『あれ、棚橋選手、なんでここにいるんですか?』と声をかけてくださる方がいます。
 ということは、公式HPや選手のブログ、ツイッターなどで何度も告知しているにもかかわらず、僕を知っているくらいのプロレス好きな方にさえ、当日近くで興行があるという情報が伝わっていないわけです。ましてや、プロレスファンでない人に至っては……という話です。
 だからこそ、残り90%のビジネスチャンスにリーチするためには繰り返し繰り返し情報を伝える作業をしなければいけないし、それでも情報は伝わらないものなんだと痛感しました。この感覚がベースになっているので、プロモーションをしていくうえでの覚悟を持てるのでしょうね」

モチベーションは2段階でマネジメント


 仕事に対する使命感、待っているチャンスと困難への冷徹な認識。それに加えて、棚橋氏は独自のモチベーションの理論でやる気を高めていく。

 「モチベーションには2種類あると、僕は考えています。
 1つ目は、幸せのハードルを下げることによって得られるモチベーションです。
 プロレスの世界では、若い頃に1人で海外遠征に行くという伝統があります。たとえばメキシコに行くと、地方巡業では自分で移動して、ホテルを取って、さらに次の仕事も取ってこなくてはいけない。そこまでしてもファイトマネーはすごく低くて、怪我をしたら何の保障もない。そういう環境を経験すると、日本は恵まれているなと痛感するわけです。

 日々の仕事の中でも、昨日まで談笑していた仲間が怪我で突然いなくなる、といったことがこの世界では日常茶飯事です。長い巡業になると、控え室が唸っている選手だらけで、まるで野戦病院のようになっている……といったこともよくあります。

 こんなふうに、厳しい環境、大変な思いをしている人をたくさん見ているからこそ、『今日も食べられた』『試合ができた』『朝、ちゃんと起きられた』といったことに心から幸せを感じることができる。『自分は恵まれているな』と感謝できる。すると、モチベーションはあっという間に上がります。

 このように、ある意味では自分より恵まれていない人に目を向けることによって得られるのが第一のモチベーションです。
 そのうえで、今度は自分より頑張っている人、自分より結果を出している人などを見ることによって、『よし、もっと頑張ろう』と思う。これが第二のモチベーションです。
 このように、モチベーションには2種類ある。モチベーション向上も2段階で行なうといいでしょう」

 もちろん、こうしてモチベーションを上げて仕事に取り組めたとしても、結果はそう簡単にはついてこない。すると、いったんは盛り上がったモチベーションもしぼみがちだ。こうしたピンチにも、棚橋氏は極めてロジカルに対処する。

 「すぐに結果が出ない努力が、実は大きな意味を持っている、という経験は、誰でも大人になる前にしているはず。わかりやすい例が学校の勉強で、『こんなの、社会に出てからいつ使うんだよ』と思っていたけれど、大人になった今では『もっと勉強しておけば良かった』と思う……そんなことはよくありますよね。

 僕自身の経験で言えば、プロ野球選手になりたくて筋トレに取り組んだことや、大学卒業の肩書きを手に入れたことが、全く違うプロレスラーの道に進んだ今、役に立っています。
 同じことは、今やっていることについても言えるはず。たとえすぐには結果につながらなくても、長期的に見たら必ず必要なことなんだと。そう考えれば、やる気は出てくるはずです」