米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設を巡る翁長雄志・沖縄県知事と安倍官邸の話し合いが平行線をたどっている。もっとも重要な問題は、「なぜ沖縄に米軍基地があるのか」という根源的な問題だ。大前研一氏が解説する。

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 周知の通り沖縄は1972年に返還されたが、米軍関係者によれば、実は返されたのは「民政」だけで、「軍政」は返さないという条件だった。つまり、軍政=米軍基地に関しては、日本は口出しできないのだ。

 ところが、この“事実”を安倍首相の大叔父である当時の佐藤栄作首相も、その後の自民党政権も、外務省も一切、国民に説明していない。自民党の悪しき外交慣習として、文書に残っていないか、残っていたとしても隠している。

 だから沖縄で米軍基地反対運動が続くわけだが、アメリカにしてみれば、なぜそんなことで騒ぐのか理解できないというのが本音だろう。

 わかりやすい例は、オスプレイの配備だ。墜落事故が多くて安全性に問題がある飛行機だから配備を許してはいけないと大騒ぎしていたが、気がついてみたら、いつの間にか普天間飛行場に24機が配備されていた。それに対して日本政府は抵抗も抗議もしていない。沖縄の軍政に関してアメリカが、日本に相談する必要も承認を得る必要もないという証左である。
会談に臨む菅官房長官(左)と沖縄県の翁長雄志知事=2015年4月5日、那覇市内のホテル
 菅義偉官房長官は沖縄を訪問して翁長知事と会談した際、普天間飛行場の辺野古移設について「粛々と進めていく」と述べて「上から目線」と批判されたが、日本政府はアメリカの意向に逆らえないのだから、「取り決め通り粛々と」と言わざるをえない。

 つまり、辺野古移設は自分たちが介在できる問題ではなく、歴代の自民党政権がコミットし、政治家が利権化してきた問題だから、過去の延長線上で決まった通りにやるしかないという意味で、菅官房長官は「粛々と」という言葉を使ったのだろう。それは極めて正しい認識だと思う。

 佐藤栄作は退陣後の1974年に核兵器を「持たず、作らず、持ち込ませず」の「非核三原則」や「沖縄返還」などによるアジアの平和への貢献を理由としてノーベル平和賞を受賞したが、とんでもない話である。核兵器の「持ち込ませず」は偽りであり、沖縄の軍政は返さないという密約を交わしていたわけだから、まさに嘘と欺瞞の塊だ。

 したがって、いくら翁長知事が日本外国特派員協会で会見したり訪米したりして辺野古反対を切に訴えても、意味はないのである。

 本気で沖縄の米軍基地問題を考えるなら、安倍首相の祖父の岸信介が1960年に改定し、大叔父の佐藤栄作が1970年に自動延長した日米安保条約の矛盾、そして沖縄返還のイカサマまで戻って議論する必要がある。

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