民主党代表選で菅直人首相(63)が小沢一郎元幹事長(68)に勝利した。内閣改造と党役員人事では論功行賞が行われ、民主党の反小沢勢力はわが世の春を謳歌(おうか)している。それでも、菅政権が、衆参ねじれ国会を乗り切るのは至難のわざだ。菅か小沢か、反小沢か親小沢かをめぐって、権力闘争はなお続くだろう。だが、そもそも首相と小沢氏は「中原に鹿を逐(お)う」に値する識見を持っているのか。

鈍感な2人

 民の健やかな暮らしを支えることが、為政者にとって最重要事であることは言うまでもない。だからこそ、首相と小沢氏は党代表選の政見に「国民の生活が第一。」のスローガンを掲げたのだろう。

 そうであっても、政治には、生活とは一見なんの関係もなさそうだが、実に重要な事柄もある。そういった分野について政治家に見識や覚悟があるかどうかは、その種の特別な案件が実際の課題になるか、または選挙の論戦の際でもなければなかなか分からない。

 今回の民主党代表選は、首相と小沢氏という2人の実力者が、国土と主権の保全に鈍感であることを示してしまった。

 尖閣諸島海域で中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突を繰り返し逃走したのが9月7日。巡視船は翌8日、この中国漁船を停船させ、船長を公務執行妨害の疑いで逮捕し、船を回航した。中国政府はこれに反発し、さまざまな「抗議」や嫌がらせを始めた。中国メディアは巡視船の方が衝突したと誤った情報を流した。

 代表選まっただ中の出来事だったが、素早く立ち上がり、政府を支援する動きを公然と示した民主党議員はベテランから新人にいたるまでほぼ皆無だった。与党時代の自民党であれば、少なくとも何人かの国会議員が声を挙げただろう。

 日本の立場を発信できる機会が十分すぎるほど与えられていた首相も小沢氏も、その立場を使うことはなかった。

 首相は8日夕、報道各社のインタビューでこの問題を問われたが、第一声は「まあこれは、わが国の法律について、まあ厳正に対応していくと。そういうことだと思ってます」だけ。記者団が「中国に対しては一歩も退かないおつもりですか」と“お膳立て”しても、首相は「あの、法律についての対応。それをきちんとやっていくということです」と繰り返した。

「ゆっくり楽しんで」

 同じ日の夜、首相官邸の大ホールで は、自衛隊の高級幹部を集めた首相主催の懇親会が開かれた。首相は「国民の期待を大事にして、一層奮闘をお願いしたい」とは語ったが、こうものたまった。

 「私が最高司令官でありますので、最後までどうぞ、最高司令官として主催の懇親会ですので、今日はゆっくり楽しんでください」

 自衛隊の将官たちは内心、ずっこけたろう。

 小沢氏も次期首相候補の自覚があれば、尖閣問題についての主張を展開してもよさそうだが、8日の記者会見で言及することはなかった。あれだけ毎年、大訪中団を率いて中国の首脳部と握手してきた小沢氏だ。少しくらいモノを言っても壊れない信頼関係はないのだろうか。

 首相と小沢氏は、9日に札幌で立会演説会を開いたが、外交安全保障の話はゼロ。10日に民主党国会議員有志が主催した2人の公開討論会でも尖閣の話題は一切なかった。

 国家の3要素は領土・国民・主権といわれる。尖閣諸島は日本が実効支配しており両国間の領土問題では決してないが、日本の領土、主権が脅かされている重大事であるのに変わりはない。

 このような問題への首相と小沢氏の「沈黙」を、中国は「与しやすし」とみて、対日政策立案の参考にしているに違いない。

 首相と小沢氏が語らねばならないのは(1)確固たる尖閣諸島保有の意志(2)尖閣が日米安全保障条約の発動の対象であること(3)日本国民に理解と協力を呼びかける-の3点だったはずだ。

 那覇地検は24日、尖閣衝突事件で逮捕した中国人船長を処分保留で釈放すると突如発表した。このような中国への屈服は、一地検がくだせる決定ではない。外遊中の菅首相と前原誠司外相、留守居役の仙谷由人官房長官らの政治判断による「指揮権発動」に決まっている。

 国の主権と領土を守る気概を喪失し、法治主義を放棄した首相と閣僚たちは、廟堂に座る資格がないのではないか。
(政治部 榊原智)