勝川俊雄 (東京海洋大学准教授)

 5月21日の参議院農林水産委員会で、筆者が執筆したWedge5月号「絶滅危惧のクロマグロ 産卵場の漁獲規制を急げ」という記事が大きく取り上げられた。

 この記事は、絶滅が危ぶまれている太平洋クロマグロ(以下、クロマグロ)が6~8月に産卵のため日本海沖に集まってくるところを、巻き網船団が集中的に漁獲している現状に警鐘を鳴らすもので、このまま放置しておくと、更なる資源の悪化を招くので、規制を急ぐべき、といった内容であった。

画像:iStock
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 本川一善水産庁長官は「産卵場の漁業の影響はほとんど無い」、「クロマグロは親が減っても子は減らない」とした上で、私の主張は「公平性や科学的根拠を欠く」と非難した。国会答弁の議事録はインターネットで公開されている。筆者は参考人として呼ばれなかったので、この場を借りて水産庁の主張の妥当性を検証する。結論から言えば、水産庁の主張はクロマグロの将来を憂慮させるものとなっている。

 水産庁の主張を要約すると次のようになる。

 a)日本海産卵場の漁獲がクロマグロの産卵に与える影響は軽微

 b)クロマグロ幼魚の新規加入が減ったのは海洋環境が原因

 c)クロマグロ幼魚の新規加入は親魚の資源量とは無関係に変動する

 d)親魚ではなく未成魚を獲り控えることが重要と科学委員会が言っている

 順に検証していく。

 a)日本海産卵場の漁獲がクロマグロの産卵に与える影響は軽微

 山陰施網(まさあみ)漁業協同組合は、自主規制によって産卵場での親魚の漁獲上限を設定している(2011~14年は2000トン、15年は1800トン)。科学者が推定した03~12年の親魚量の平均は、約34000トンであり、2000トンの自主規制枠一杯まで漁獲をしても、親魚全体の6%に過ぎない。これを根拠に、水産庁は「産卵場の漁業の影響はほとんど無い」と主張している。

 漁獲によって失われるのは、その年の産卵だけでは無い。その先の生涯の産卵機会が全て失われる。日本海産卵場の漁獲の主体である3歳の親魚を1トン漁獲すると、その先に卵を産むはずだった親魚が17トン失われる計算になる。再生産への影響をその年の産卵だけで評価するという水産庁の考え方は、根本的に間違っている。

 産卵場の巻き網漁業の長期的な影響を評価するために、この漁業がなかった場合の親魚量を試算して、現状との比較をおこなった(下図参照)。現状の親魚資源量(青線)は、03年から12年の間に半減した。日本海産卵場の巻き網操業が無かったシナリオ(黄線)では、親魚の減少幅は半分以下に緩和され、親魚量は現在の回復目標水準である歴史的中間値と近い水準になった。産卵場の巻き網操業が無ければ、未成魚の漁獲半減といった急激な規制は不要であったことがわかる。この試算では、獲らなかった魚が生き残るところまでしか考慮していない。実際には、生き残った魚が卵を産み、それが未来の加入増加につながっていくので、親魚量はこの試算以上に増えていたはずだ。
日本海沖産卵場での巻き網操業がなければ、現在の回復目標値に近い水準となっていた (注)ISCレポート等をもとに作成
日本海沖産卵場での巻き網操業がなければ、現在の回復目標値に近い水準となっていた (注)ISCレポート等をもとに作成
 b)クロマグロ幼魚の新規加入が減ったのは海洋環境が原因

 魚の卵の生き残りは水温や海流など海洋環境の影響で変動をするのは事実である。しかし、近年のクロマグロの幼魚の加入減少が海洋環境の影響であるという科学的根拠は見当たらない。加入の減少について、北太平洋まぐろ類国際科学委員会(ISC)のクロマグロワーキンググループ座長である鈴木治郎氏(水産総合研究センター)は、「加入の減少に対する明確な説明はないが、次回の資源評価での重要な課題である」と述べている。ISCは加入減少の原因を特定していないのだ。

 卵の生残率の指標として、親魚1キロあたり何個体の幼魚が新規加入したかを計算してみると、04年以降の卵の生残率は、長期的な平均値よりも良い値となる。これは、海洋環境がクロマグロにとって良好であることを示唆している。クロマグロの卵の生き残りに最も強く影響する産卵場周辺の水温は、好適な条件が続いている。

 C)クロマグロ幼魚の新規加入は親魚の資源量とは無関係に変動する

海洋環境が原因とは思えないクロマグロの新規加入減少 (出所)ISCレポート等をもとに作成
海洋環境が原因とは思えないクロマグロの新規加入減少 (出所)ISCレポート等をもとに作成
 水産庁は、クロマグロは親と子の数に明瞭な相関関係が見られないので、親を残しても子は増えないと主張している。相関関係が無いから、因果関係が無いと断定することはできない。様々な誤差が含まれる漁獲データの解析では、本当は因果関係があったとしても、統計学的に有意な相関を見いだせないケースが多いからだ。

 太平洋のマグロ類は、東側では全米熱帯まぐろ類委員会(IATTC)により、西側では中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)により管理されている。両者が、親魚量の回復を管理目標としていることからも、親魚の維持が重要であるという国際的なコンセンサスがあることは自明である。水産庁自身も、WCPFCでは親魚量を歴史的中間値まで回復させるべきと主張している。海外では「親魚を回復すべき」と主張しながら、国内では「親魚は減っても問題ない」と開き直るのは、自己矛盾である。

 d)親魚ではなく未成魚を獲り控えることが重要と科学委員会が言っている

 水産庁は、親魚の漁獲を規制しない理由として「科学者が様々なシナリオで計算した結果、幼魚削減シナリオのみで資源の回復が確認された」ということを常々述べてきた。ISCが検討したシナリオは、たったの7種類。未成魚の漁獲削減は15%から50%まで様々な段階を検討しているが、親魚については、規制無し、もしくは、15%削減しか検討していない。最初から未成魚の削減ありきの偏ったシナリオ選択をして、親魚の削減についてはそもそも検討していないのだから、親魚の削減によって資源が回復したという結果が得られないのは当然である。

 WCPFCでは、日本の強い希望でWCPFC本会議とは独立した北小委員会という小規模な組織でクロマグロの資源管理の議論をしている。国際会議では、公平性の観点から、議事進行に強い権限を持つ議長を関係各国で持ち回りにするのが通常である。北小委員会の座長は、日本(水産庁)が独占している。北小委員会に対して、日本は強い影響力を持っているのだ。

 水産庁は、北小委員会のみならずISCにも強い影響力を持っている。ISCは、北小委員会の指示で科学的な分析を行う組織であり、ISCの主要なメンバーは日本の水産総合研究センターの研究者である。長年、北小委員会の議長を務めた元水産庁次長の宮原正典氏が、現在は水産総合研究センターの理事長を務めていることからも、両者の緊密な関係は明らかだろう。

 北小委員会およびISCは、日本寄りの提案を続けてきた。親魚の削減シナリオを除外しておくことは、巻き網で親魚を大量に獲っている唯一の国である日本に好都合である。また、日本の漁獲シェアが高かった02~04年の漁獲量を基準に漁獲上限を設定したので、最近年(10~12年の平均)と比較すると、日本はたった6%の削減だが、メキシコは49%、韓国は70%の大幅削減になる。韓国とメキシコは猛反発をしたが、水産庁は、日本企業への輸入自粛指導をちらつかせて、大幅な漁獲削減を呑ませたのである。

 日本国内でも、未成魚の漁獲量は最近年から35%削減だが、親魚の漁獲量は3305トンから4882トンへと48%も増加している。幼魚の漁獲圧削減が必要なことは、筆者としても異論は無い。しかし、親魚を集中漁獲する特定の漁業だけが得をするような現在の規制のあり方には賛同できない。幼魚を主体に漁獲をする国内の小規模漁業者からは、「親魚も同様に規制をすべきだ」という不満の声が上がっている。

 今後、日本主導の意図的な科学に基づく規制に対する国際的な風当たりが強まってくるのは間違いない。今年7月のIATTC年次会合で、米国は、日本よりも高い親魚水準を回復目標として、親魚の漁獲半減を含む様々なシナリオを分析した上で、太平洋の東西で共通の枠組みで規制を行う提案をしたが、日本が合意せず、採択されなかった。大幅な漁獲削減を行ったメキシコは、幼魚の加入が激減していることを憂慮し、来年はさらに250トン自主的に漁獲量を削減することを表明した。世界が9月のWCPFCでの日本の対応に注目している。日本が対応を誤れば、ワシントン条約での規制が現実味を帯びてくるだろう。

求められる国家戦略の再構築


日本の親魚は漁獲制限が2010年~12年の平均漁獲量を上回る (出所)各種資料をもとに作成
日本の親魚は漁獲制限が2010年~12年の平均漁獲量を上回る (出所)各種資料をもとに作成
 クロマグロの産卵場漁獲への懸念は降って湧いたものではない。10年に学術雑誌Natureは、「太平洋クロマグロの個体数は安定しており、高い漁獲率でも資源に悪影響はない」とするISCと、「産卵場での漁獲が続けば資源の枯渇を招く」という私の見解の相違をニュースとして取り上げている。同じ記事の中で、台湾の研究者は、「個体数は年々減少しつつあり、直ちに管理措置を講じなければ深刻な事態の前兆が現れるだろう」とコメントしている。こういった声に真摯に耳を傾けていれば、今頃、クロマグロは絶滅危惧種にはなっていなかっただろう。

 クロマグロに依存している小規模漁業は危機的な状況に追い込まれている。山口県の見島のマグロ一本釣り漁業は消滅し、壱岐や対馬の一本釣り漁業も窮地に追い込まれている。漁業は離島の基幹産業であるばかりでなく、領海を監視する役割を果たしてきた。日本のEEZを守ってきた離島漁業の衰退は、国防上も大きな問題である。

 産卵期の巻き網操業は、経済的に見ても問題が多い。産卵期のクロマグロは脂が抜けていて価値が低い。満足な冷凍設備がない巻き網船で漁獲するので、相場が安くても生で出荷せざるを得ない。脂の抜けたマグロを一度に水揚げするために、相場は暴落する。冬場には1キロ1万円を超えることも珍しくないクロマグロが、産卵場の巻き網だとその10分の1の値段しかつかない。

 戦後の日本漁業は、食料難を解決するために、食料増産に国を挙げて取り組んできた。目先の漁獲量を増やすことが全てに優先され、地域経済、国防、海洋生態系の健全性、観光など、水産資源のもつ多面的な価値が損なわれている。内閣府、経済産業省、防衛省、環境省、国土交通省などを交えて、国益の観点から水産資源をどの様に利用すべきか議論をして、国家戦略を再構築する必要がある。