著者 中井知之

 安保法案が成立しても、反対派からは「若者を戦場に送るな」「安倍は人間じゃない」などと激しい言葉も飛び交っている。確かに戦後、集団的自衛権を認めてなくても平和が保たれてきており、安保法案によってアメリカの戦争に巻き込まれるという懸念があること自体は当然だ。しかしなぜ今、集団的自衛権が必要とされてきているのか、行使できないままだとどうなるのかもよく考える必要がある。

 現在、日本の安全保障上最も差し迫った危機は、中国が「核心的利益」とまで位置づける尖閣諸島である。中国は急速な軍備拡大を背景に海洋進出の姿勢を鮮明にし、実際に南シナ海でも強硬姿勢を見せている。

 中国に武力行使をしても利益にならないと思わせるために最も重要なことは、日本が確固たる防衛力を持ち、武力による尖閣奪取が不可能だと思わせることだ。そのためには、米軍の支援の有無が重要なポイントとなる。支援を取り付ける意味でも、米軍と自衛隊の連携を高める意味でも、集団的自衛権の容認は非常に有効である。

 第二に国際社会を味方に付けることである。日本だけでなく欧米各国からも非難を受け経済制裁を受けるならば中国にとっても耐えがたい打撃となり、不利益が上回ることとなる。そのため中国も尖閣問題を歴史問題とリンクさせるなど国際世論工作に懸命だ。「国家の存立の危機」が発生したときでも危険な仕事は他国任せ、後方支援すらしないというのでは、欧米の積極的な支持を得ることは到底望めない。国際社会では集団的自衛権は当たり前のものであり、有事の際に常識的な行動を取れるようにしておく必要がある。

 これらの抑止力が不十分だと、中国はいつでも武力行使によって尖閣を手中にできるという状態になる。そうなると日本が話し合いで平和を守りたいと思っても、中国からすれば戦争によって尖閣が手に入るのだから、合意や譲歩など全く期待できない。日本が大人しく尖閣を明け渡さないなら、戦争が始まるのは時間の問題となってしまう。米中を筆頭に国際社会は現在でも軍事力に依存していて、それぞれにとっての「正義の戦争」が存在している。中国が台頭した中において、日本だけがその現実を無視していては外交も平和も成り立たなくなるのだ。

 実際に軍事的優位を狙う中国は、アメリカに対して「太平洋は二つの大国を受け入れる十分な空間がある」と新大国間関係を提唱している。これは「米軍が東アジアに介入し中国とにらみ合うのは互いのためにならない」とアメリカに促すものだ。くしくも、内向き傾向のアメリカは「世界の警察官をやめた」とも言われており、米軍の活動を削減する分、同盟国に負担増を求めている。日本がこれに応じなければ、アメリカがこの「新大国間関係」に乗ることは十分ありうる。アメリカを東アジアにつなぎとめておくには同盟国としての日本の価値を高める必要があり、このタイミングで安保法制の整備は、戦略的に見て全く理に適ったことである。

 このような国際情勢の変化に対応しなくとも日米安保が将来に渡って維持されるというわけではない。在日米軍基地の存在価値がさらに低くなり、その時点で日本は基地を提供してきただけの存在で同盟国として確かな実績がないならば、あっさり見捨てられてしまうだろう。現在でもアメリカ政界では日米安保の片務性に対する不満が渦巻いているのだ。日本の厳しい安保環境で自主防衛となると気の遠くなるような予算が必要となり、現在の日本の財政状況では相当厳しい。そのときにギリシャのような財政危機にでもなっていれば全くどうしようもない。

 そうなると尖閣だけでは話は済まない。武力衝突が起きても勝利が見込めるとなれば、中国は日本との戦争を恐れることはなくなる。世界各国が中国の顔色をうかがい、アメリカに見捨てられた日本の言うことなど聞く耳を持たないという状況であれば、中国としては自己正当化もしやすいし、挑発的行動も取りやすい。反日同盟を組む韓国は対馬を本気で狙い始めるだろうし、ロシアや北朝鮮も何をしてくるか分からない。戦争発生のリスクは飛躍的に高まり、そのときに自衛隊員がさらされるリスクの大きさは後方支援どころの話ではない。また、そのような状況では日本はまともな外交が成り立つはずもなく、何もなくともアジアにおいて中国が断然有利の仕組みが構築されていくだろう。

 一方で中東などでアメリカの戦争に加担すればテロのリスクが高まる、という懸念もある。確かに、こちらも事態の推移によっては大きなリスクになりうる。明らかに筋が悪いような場合には参加しないということも必要だろう。ただ中東に関して言えば、地理的に言っても、歴史から言っても、後方支援という役割から言っても、日本の持つリスクが欧米よりはるかに小さいことは間違いない。潜在的なリスクの大きさを比較すれば、日米同盟が弱体化したときの外交・安全保障上のリスクの方がはるかに大きいと言える。周囲に野心的な大国や気ちがいじみた反日国家を抱える日本としては、ある程度アメリカの求めに応じていく他、選択の余地はないのである。