中西輝政(京都大学名誉教授)

 現在、国会で審議中のいわゆる安全保障関連法案の一日も早い成立が望まれる。これは間違いなく日本にとって、またアジアと世界の平和にとって、きわめて重要な意義を持つものだからである。

「護憲派」の的外れな批判


 周知の通り、同法案は5月26日に衆院特別委員会で審議入りし、目下、序盤戦とも言える段階で与野党の論戦は早くも熱を帯び始めている。例によってと言うべきか、「この法案が通れば日本が戦争に巻き込まれる」とか「徴兵制に道を開くことになる」あるいは何だかよくわからないが「とにかく違憲だ」といった声がまたぞろ出始めている。

 これらは、従来の安保政策に重要な変化をもたらすとみられた法案や政策が問題になると、それに反対する陣営からつねに喧伝(けんでん)されてきた常套(じょうとう)句と言ってもよいが、この法案の重要性と日本周辺の危機の切迫に鑑みれば、こうした声に対して単に「またいつものことか」とばかりは言っておれないのである。
中国の「抗日戦争勝利70年記念」の軍事パレードに登場した弾道ミサイルDF21。米国を挑発しているのか=9月3日(新華社=共同)
中国の「抗日戦争勝利70年記念」の軍事パレードに登場した弾道ミサイルDF21。米国を挑発しているのか=9月3日(新華社=共同)
 「好事魔多し」というべきか。たとえば年金情報の流出問題などによって今国会後半のスケジュールが見通せなくなったり、声高な反対メディアの喧伝のせいか現時点での各種世論調査など気がかりな要素も見られたりしている。また、6月4日の衆院憲法審査会で自民推薦の参考人がこの法案を「憲法違反」と断じたことが波紋を引き起こした。

 しかしこの参考人は、いわゆる「護憲派」として以前からこの法案に反対する団体の活動に従事しており、またこの10日前の新聞紙上で安倍晋三首相のポツダム宣言をめぐる発言に対しても的外れな批判をしていた人物だった。

 単純な「人選ミス」ともいえるが、従来日本の保守政党や保守陣営は学者の世界の事情にことのほか疎く、およそ学界というものに対し危ういくらい無知なことが多かった。他方、野党や一部メディアはこれを鬼の首でもとったかのように「痛快」がって見せたが、裏を返せば正面からの攻め手に事欠いていたということだろう。

限定的集団的自衛権に余地


 この参考人は「(同法案は)従来の政府見解の基本的論理では説明できないし、法的安定性を大きく揺るがす」とするが、これはまさに昨年7月の閣議決定の際の論議の蒸し返しである。この法案では、いわゆる集団的自衛権の行使には「新三要件」として、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」など、きわめて厳しい限定条件が付されている。

 これは1959年の最高裁判所の出した「砂川判決」がつとに認めた、主権国家としての「固有の自衛権」(個別的自衛権ではない)に収まるものである。また60年3月に当時の岸信介首相が参議院予算委員会で答弁しているように「一切の集団的自衛権を(憲法上)持たないというのは言い過ぎ」で、集団的自衛権というのは「他国にまで出かけていって(その国を)守る、ということに尽きるものではない」として、現憲法の枠内での限定的な集団的自衛権の成立する余地を認めてきたのである。この法理は、もとより安倍首相が岸元首相の孫にあたるということとは何の関係もない普遍的なものである。

 また昨年5月15日に出された安保法制懇(第2次)の最終報告書が言う通り、一般に集団的自衛権の行使を禁じたとされる内閣法制局の見解に対しては、我が国の存立と国民の生命を守る上で不可欠な必要最小限の自衛権とは必ずしも個別的自衛権のみを意味するとはかぎらない、という論点にも再度注意を払う必要があろう。

急速に悪化する国際情勢


 そしてこの「必要最小限」について具体的に考えるとき、現下の国際情勢とりわけ日本を取り巻く安全保障環境の激変というか、その急速な悪化にこそ目が向けられるべきだろう。もちろん理想的には憲法の改正によって議論の余地ない体制を整えてやるのがよいに決まっている。

 しかし憲法の改正に必要な発議を行う当の国会の憲法審査会の開催を長年阻んできたのは、まさに現在この法案に反対している人々だったのである。とすれば、今日の急迫する東シナ海や南シナ海をめぐる情勢と中国の軍事的脅威の増大、進行する米軍の抑止力の低下傾向を見たとき、この法案はまさに法治国家としての国是を踏まえ、ギリギリで折り合いをつけた日本存立のための「切り札」と言わなければならないのである。

 今や尖閣諸島の安全が日々、脅かされている状態が続いており、この4月27日には日米間でようやく新ガイドライン(防衛協力のための指針)が調印され、日米同盟による対中抑止力は格段に高まろうとしている。しかし、それにはこの安保法案の成立が大前提になっているのである。

 南シナ海の情勢は一層緊迫の度を増している。この法案にアジアと世界の平和がかかっているといっても決して大げさではない。

(なかにし てるまさ)