百地章(日本大学教授)

『Voice』2015年9月号[夏の大特集]安倍政権を潰すな より》

 目下、最大の政治課題となっているのが「安保関連法案」である。その前提となるのが集団的自衛権だが、これについてはいろいろと誤解も多く、野党や護憲派マスメディアは戦争法案と名付けて、意図的に国民をミスリードしつづけている。他方、政府の説明も必ずしも説得力のあるものとはいえず、いまだに国民多数の理解を得るに至っていない。

 しかしながら、安全保障関連法案を速やかに成立させないかぎり、次の課題である憲法改正に取り掛かることはできない。また、憲法改正が容易でないなか、日本の防衛と安全のためいますぐにでもできることは何か。それが「集団的自衛権」に関する従来の政府見解を変更し、法律の整備をすることである。したがって、この問題はきわめて重大である。

混乱の張本人は船田元議員


 ところが、6月4日の衆議院憲法審査会に呼んだ参考人が、事もあろうに自民党が推薦した学者まで含めて、3人全員が集団的自衛権の行使を憲法違反としてしまった。そのため、野党や護憲派のマスメディアがすっかり勢いづいてしまった。

 聞くところによれば、自民党の理事会では参考人候補として筆者の名前も出たが、船田元議員が「色が付きすぎている」とかよくわからない理由で反対し、違憲論者を呼んでしまうことになった。この混乱を惹き起こした張本人は船田議員である。

 その後、菅義偉官房長官が記者会見の折、「合憲つまり憲法違反ではないとする憲法学者もたくさんいる」と答えたところ、それは誰かが問題とされ、国会で名前を訊かれた菅官房長官が、西修・駒澤大学名誉教授や筆者ら3人の名前を挙げた。そのため一躍、渦中に引き込まれることになった。

日本記者クラブで記者会見する、憲法学者の百地章日大教授(左)と西修駒沢大名誉教授=2015年5月19日午後、東京・内幸町
日本記者クラブで記者会見する、憲法学者の百地章日大教授(左)と西修駒沢大名誉教授=2015年5月19日午後、東京・内幸町
 じつは、筆者の呼び掛けで10人の憲法学者が名乗り出てくれたのだが、それ以外にも「賛成だが名前を出さないでほしい」と答えた著名な国立大学の教授などもいた。憲法学界には依然として自衛隊違憲論者が多く、「憲法改正に賛成」などといおうものなら、それだけで警戒されたり、排除されかねない雰囲気がいまだに存在する。そのため、はっきり意見が表明しにくい状況にある。

 これがきっかけとなって、6月19日には日本記者クラブで、同29日には外国特派員協会で、西修先生とともに記者会見をすることになった。そこで、憲法と国際法をもとに集団的自衛権の行使が合憲である理由を詳しく述べたところ、テレビや新聞各紙が意外と丁寧に報道してくれることになった。また、外国特派員協会での会見は、その後『ニコニコ動画』や『YouTube』でもけっこう話題になったようで、7月12日には思いがけず、NHK総合テレビの『日曜討論』にも出演することになった。

 違憲論者が多いなかで、筆者らの見解がかえって新鮮に受け取られたのかもしれない。しかし、ごく常識的なことを述べただけだから、それだけ憲法学界が世間の常識とズレている証拠でもあろう。

集団的自衛権は国際法上の権利


 さて、集団的自衛権であるが、これは「自国と密接な関係にある国に対して武力攻撃がなされたときは、それを自国の平和と安全を害するものとみなして、対抗措置をとる権利」のことである。そのポイントは、他国への攻撃を「自国に対する攻撃とみなして対処する」ことにある。つまり、戦争をするためではなく、それによって武力攻撃を「抑止」することに狙いがある。

 このことは、集団的自衛権の行使を認めた各種条約から明らかである。たとえば、北大西洋条約には「欧州または北米における締約国に対する武力攻撃をすべての締約国に対する攻撃とみなし……集団的自衛権を行使する」(5条)とあり、全米相互援助条約なども同じである。

 また、集団的自衛権と個別的自衛権は不可分一体の権利であると考えられている。このことは、刑法の「正当防衛」(36条)と比較したらよくわかる。というのは、国内法上、個人に認められた「正当防衛権」に相当するのが、国際社会における国家の「自衛権」と考えられるからである。

 刑法36条は、次のように規定している。「急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない」と。つまり「正当防衛」とは「急迫不正の侵害」が発生した場合、「自分」だけでなく一緒にいた「他人の権利」を防衛することができる、というものである。

 であれば、国際法上の自衛権についても、個別的自衛権と集団的自衛権を不可分一体のものと考えるのが自然であろう。

 また、集団的自衛権の行使を文字どおり「自国に対する攻撃」とみなせるような場合に限定すれば、アメリカに追従して地球の裏側まで行くなどといったことはありえない。それゆえ、集団的自衛権の行使の範囲を新政府見解のいうように「わが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」場合に限定すれば、「必要最小限度の自衛権の行使は可能」としてきた従来の政府答弁との整合性も保たれると思われる。

国際社会では国際法が優位


 集団的自衛権は、国連憲章51条によってすべての国連加盟国に認められた国際法上の「固有の権利」(フランス語訳では「自然権」)である。それゆえ、たとえ憲法に明記されていなくても、わが国が国際法上、集団的自衛権を保有し行使できるのは当然である。

 ところが、集団的自衛権が国際法上の権利であり、米英各国をはじめ世界中の国々が国連憲章に従ってこの権利を行使していることに気付かない憲法学者がいる。彼らは、必死になって日本国憲法を眺め、どこにも集団的自衛権の規定が見つけられないため、わが国では集団的自衛権の行使など認められない、と憲法解釈の変更に反対する。なかには、憲法のなかに集団的自衛権を見つけ出すことは、「ネス湖でネッシーを探し出すより難しい」などと無知をさらけ出している者もいる。それならば、アメリカ、フランス、ドイツなど、諸外国の憲法を調べてみればよかろう。わざわざ憲法に集団的自衛権を明記している国など、寡聞にして知らない。

 つまり、通説に従えば条約よりも憲法が優位する国内と異なり、国際社会においては、憲法よりも国際法(条約、慣習国際法)が優先され、国家は国際法に基づいて行動する。それゆえ、集団的自衛権の行使についても、わが国は国連憲章51条によって、すべての加盟国に認められたこの「固有の権利」を行使することができるわけである。

 同じ事は、「領土権」についてもいえよう。領土権も国際法によって認められた主権国家に固有の権利であるから、憲法に規定があろうがなかろうが、当然認められる。それゆえ、各国とも国際法に基づいて領土権を主張している。この点、憲法には明文規定がないから、わが国には領土権は認められず、したがってわが国は領空や領海を侵犯する外国機・外国船を排除することなどできない、と主張する憲法学者はいないであろう。

日本国憲法には禁止規定なし


 このように、集団的自衛権は国連憲章によってすべての主権国家に認められた「固有の権利」であるが、憲法で集団的自衛権の行使を「禁止」したり「制約」することは可能である。また、国連加盟に当たって、集団的自衛権の行使について何らかの「留保」をなすこともできる。

 しかしながら、日本国憲法の憲法9条1、2項をみても、集団的自衛権の行使を「禁止」したり直接「制約」したりする明文の規定は見当たらない。つまり、集団的自衛権の行使を「憲法違反」とする明示的規定は存在しない。また、わが国が国連加盟に当たって集団的自衛権の行使を「留保」したなどという事実もない。それゆえ、わが国が他の加盟国と同様、国連憲章に従って集団的自衛権を「行使」しうることは当然のことであって、憲法違反ではない。

 ちなみに、京都大学の大石眞教授も、筆者と同様の見解を表明している。教授は「私は、憲法に明確な禁止規定がないにもかかわらず、集団的自衛権を当然に否認する議論にはくみしない」として集団的自衛権の行使を容認している(「日本国憲法と集団的自衛権」『ジュリスト』2007年10月15日号)。

 とすれば、「わが国は集団的自衛権を保有するが、行使することはできない」などという奇妙な昭和47(1972)年の政府見解は、国際法および憲法からの論理的な帰結ではなく、あくまで当時の内閣法制局が考え出した制約にすぎない。これについて西修教授は、当時の政治状況のなかから生み出された妥協の産物にすぎない、と指摘している(「集団的自衛権は違憲といえるか」『産経新聞』平成27年6月12日付)。それゆえ、政府がこのような不自然な解釈にいつまでも拘束される理由は存在しない。

 この点、最高裁も、昭和34(1959)年12月の砂川事件判決で次のように述べている。「憲法9条は、わが国が主権国家としてもつ固有の自衛権を否定していないこと」そして「わが国が、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な措置をとりうることは、当然である」と。判決を見れば明らかなように、この「固有の自衛権」のなかには個別的自衛権だけでなく、集団的自衛権も含まれている。

 つまり、憲法81条により、憲法解釈について最終的な判断権を有する最高裁が集団的自衛権を射程に入れた判決のなかでこのように述べているのであるから、憲法違反の問題はクリアできていると考えるべきである。

 それゆえ、わが国が集団的自衛権を行使できることは、国際法および憲法に照らして明らかであり、最高裁もこれを認めているのだから、「集団的自衛権の行使」を認めた政府の新見解は、何ら問題ない。

 とはいうものの、憲法9条2項は「戦力の不保持」と「交戦権の否認」を定めており、その限りで集団的自衛権の行使が「制限」されることはありえよう。そのため、政府の新見解も、集団的自衛権の行使を「限定的に容認」することになった。したがって、政府の新見解は「憲法9条の枠内の変更」であって、まったく問題はないし、憲法に違反しないと考えられる。