青木伸行(産経新聞ワシントン支局長)

米大統領選は「人気投票」


 ホワイトハウスへの道のりは長い。過酷なサバイバル・レースであり、資金力、組織力、気力の三拍子がそろわないと勝ち抜けない。何より、米国の大統領選挙は「人気投票」という側面が強く、この点が、日本の議院内閣制の下での首相選びとは違うところだ。

 民主、共和両党の候補者選びレースでは目下のところ、2つの潮流がある。

 一つは、共和党では「不動産王」の異名を取るドナルド・トランプ氏の勢いが止まらず、本命と見られていたジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事が、支持率の低迷にあえいでいること。もう一つは、民主党の最有力候補であるヒラリー・クリントン前国務長官の支持率が、下降線をたどっていることだ。

 政策論争は脇に置き、2つの潮流を、「人気」を推し量る一つのバロメーターである人物評に即してみると、言い得て妙で興味深い。

 米キニピアック大学は8月に実施した世論調査で「候補者の名前を聞いて、最初に思い浮かべる言葉は?」という質問を、有権者に投げかけた。答えは、クリントン氏については「嘘つき」「不誠実」「信用できない」「経験」「強さ」―の順だ。

 クリントン氏は、長官在任中に私用のメールアカウントを公務に使っていた問題などを追及されており、これまでの釈明を含む対応のまずさと不透明さが、「嘘つき」などのイメージを与えてしまっている。支持率低下の要因も、まさにここにある。元々ある「やり手だが、人間味が感じられず冷たい」といった負のイメージが、メール問題によって増幅されている格好でもある。

 逆に、「経験」と「強さ」が売りだが、共和党支持者の間では「唯一の訴求点は、女性であることだけ」という陰口が絶えない。

 ブッシュ氏はどうかというと、「ブッシュ」「家族」「正直」「弱さ」「兄」―。父と兄が大統領だったブッシュ氏にとり、「ブッシュ王朝」「エスタブリッシュメント」というイメージを、いかに払拭するかが課題となっている。このため、陣営も「『ブッシュ』ではなく『ジェブ』だ」と、しきりにアピールしてきた。だが、有権者の目には「ジェブらしさ」が映らないようだ。

 また、イラク戦争に踏み切り米国に後遺症をもたらした前大統領の兄は、「負の遺産」という側面があり、これを引きずったままだ。

 穏健派のブッシュ氏には、保守層の票を取り込むことが大きな課題でもある。しかし、「弱さ」はとりわけ保守層に毛嫌いされ、激しい口調で強硬な発言を繰り返すトランプ氏との対比で、いっそう「弱さ」が印象づけられる結果となっている。

「トランプ現象」の秘密


 では、トランプ氏はどうだろうか。「傲慢」「自慢」「間抜け」「実業家」「道化師」と、まるでいいところはない。だが、そこに「トランプ現象」の秘密が隠されているといえる。

 支持者の間からは「彼の演説は激怒、皮肉、侮辱に満ちているが、型にはまった用意された発言ではなく、自分の言葉で話している」との声が聞かれる。トランプ氏は、極論すれば「アジテーター」に過ぎないのだが、彼を支持することは既存の政治と政治家に対するアンチテーゼだというわけだ。

 そうした既存の政治と政治家に対する飽き足りなさは、政治と無縁な元神経外科医のベン・カーソン氏の支持率が、再び上昇傾向にあることにも現われている。

 トランプ氏は、いわば不満のはけ口となっており、その中核をなすのが保守層である。連邦最高裁判所が今年6月、同性婚を合憲と判断したことに象徴されるように、米国社会のリベラル化が進んでいるうえ、オバマ大統領は、イラン核合意やキューバとの国交正常化など、立て続けにレガシー(政治的遺産)を手中に収めている。勢い、保守層の間には危機感と不満が鬱積し、これを「怒りのグループ」と称する政治アナリストもいる。

 怒りの矛先は、「党内のふがいないエスタブリッシュメント」へと向けられ、その反動として、トランプ氏の支持率を押し上げ、「トランプ現象」が生じていると分析されている。

 しかし、トランプ氏への支持は保守層のみならず、穏健層や中間層などに幅広く広がっており、かつて政府機関の閉鎖をもたらした党派対立の先鋭化や、「決められない政治」に対する嫌気感が、根底にあるようにみえる。その意味で「トランプ現象」は、米国の政治が深刻な状況に置かれ続けていることの反映だといえよう。

国民に夢を抱かせる候補者不在


 オバマ氏はかつて、「チェンジ」を掲げ彗星のごとく登場した。その後、国民の失望を買うことになりはしたが、国民を鼓舞し、国民に夢を抱かせるような候補者は今回、見当たらない。

 クリントン氏はオバマ氏との距離感に腐心している。彼の支持率がレガシーの形成に伴い回復基調となり、これを基本的に踏襲するというシグナルを送ることで、自身に対するオバマ氏と国民の支持を引きつけようとしている。一方では、オバマ氏との差別化をどれだけ図り独自色を打ち出せるか、も重要である。

 後者についてはクリントン氏の経済政策が、「オバマノミクス」「オバマ大統領のステレオから流れる海賊版レコードのようだ」と評されるなど、オバマ政権の政策に比べ極端な違いはない。

 そのうえ、彼女の最たる「参謀」が夫のビル・クリントン元大統領ときては、「3期目のオバマ政権」に加え、「3期目のクリントン政権」と揶揄されるのもうなずける。その分、安定した政権運営が期待できることと、やはり「初の女性大統領」が売りであろう。

 クリントン氏にとり気がかりなのは、ジョー・バイデン副大統領の動向だろう。関係筋によると、本人はやる気ありだが、クリントン氏がもう一段、苦境に立たされ民主党内に危機感が高まるかどうかを、見極めようとしているという。

 バイデン氏が出馬すれば、オバマ氏はレガシーなどの「継承者」として、バイデン氏を支持する意向だとされ、クリントン氏にマイナスであることは言うまでもない。

 クリントン氏には当面、10月に予定されている議会での公聴会を乗り切ることが、大きな課題となっている。

トランプ氏の存在は共和党にマイナス


 共和党候補者を見渡すと、安定感という点ではブッシュ氏がずば抜けているように思う。ただ、オバマ政権とクリントン氏、そしてトランプ氏に対する攻撃を通じ、前述のように「ジェブらしさ」を強烈にアピールするか、あるいはトランプ氏の“自滅”を待つしか再浮上する道はなさそうだ。

 そのトランプ氏については当初から、「候補指名を受ける可能性がない先頭走者だ」(バージニア大学のラリー・サバト教授)といった見方が根強い。

 理由は「過去にも率直な物言いの人物が、一定の注目と支持を集めたものの、敗退した例が多くある」(同)こと。さらに「有権者の一部は、不満のはけ口としてトランプ氏を一時的に支持しているにすぎず、彼の大統領としての資質を信頼しているわけではない。支持者はいずれ離反するだろう」(政治アナリスト)という見立てにある。

 そうした見立てに反し、仮にトランプ人気が失速しないまま来年2月のアイオワ、ニューハンプシャー、サウスカロライナ各州などでの予備選・党員集会に突入した場合、「トランプ氏に核のボタンを預けていいのか」という指摘もある中で、支持者が実際に票を投じるのか注目される。米国民の良識が問われるだろう。

 また、トランプ氏が無所属となった場合でも、共和党にとっては、ただでさえ複数の保守派候補に分散してしまっている保守票を、奪われる恐れもある。いずれにせよ、トランプ氏の存在は共和党にはマイナスだ。

 有力候補者がこの先、米国をどこへ導こうとしているのか。現状ではそれがまだ判然としない。有識者などの間では依然、最終的に「クリントン対ブッシュ」になるとの観測が有力なのだが、その構図のままだとすると、米国民にとってはいささか憂鬱な指導者選びの長期レースが展開されることになる。