宮崎正弘(評論家)

「かたち」だけ日本に追いつけ、追い越せ


 昇り龍の鼻っ柱がボキッと折れた。

 中国新幹線事故の大惨事は早くから予測されていた。手抜き工事、汚職、速度だけにこだわり、運営管理がずさん…。おそらく遠因のひとつは中国人がチームワークを取れないことに起因するのではないか。諺に言う。「中国人はひとり一人は優秀だが、三人寄れば豚になる」。日本人は「三人寄れば文殊の知恵」だが…。

 新幹線は高度の信号システムと管制が必要、しかし中国が拙速に開通させた高速鉄道は外国からのハイテクの寄せ集め、つまり使いこなせないのである。局所的には優秀なエンジニアがいても全体の整合性がないのである。

 中国の輸出力が世界一なのは労働の安価で成立しているのであり、高性能の技術を期待して世界の消費者が中国製を買っているのではない。そもそも中国人はあれだけの電化製品を生産しながらなぜ秋葉原へ日本製品を買い物に来るのか?

 軍事も外交も経済と同様に背伸びしすぎているが、通貨=人民元の躍進にしてもいつまで続くだろうか? げんに共産党幹部はなべて子弟を欧米日に留学させ、賄賂のカネをせっせと海外へ運び、人民元を信用せずに金(ゴールド)をため込んでいるではないか。

 新幹線事故が近未来の頓挫と経済的挫折を暗示しており、中国の今後を予測すると明るいことが皆無に近いことに愕然となる。

 振り返れば一九七八年、鄧小平が日本にやってきて新幹線に試乗し、「速い。速い。まるで後ろからムチで追い立てられているようだ。まさにわれわれに必要なものはこれだ」と感動し、新幹線プロジェクトを実現させる決意をした。

 以来、世界一のスピードを誇る北京―上海新幹線を中国の高度成長の象徴としてGDP成長率に重ねて見せたり、背伸びの連続だった。

 日本が東京―新青森間の「はやぶさ」にグランクラスを導入したと聞けば、中国も豪華車両を作らなければいけないという強迫観念があった。すべてが「かたち」だけ日本に追いつけ、追い越せだった。

中国初の高速鉄道の死傷事故となった中国温州市の現場=2011月7月24日
 浙江省温州南駅付近での大惨事がもたらした「想定外」は近未来の新幹線設計図がずたずたになったことだ。

 六年前から開始された全土新幹線計画の中枢は鉄道大臣だった劉志軍が強気のラッパを吹き鳴らし、やり過ぎが祟って今年二月に更迭された。この劉の失脚は新幹線工事にまつわる汚職もあぶり出した。彼のファミリー企業と怪しげな友人らの企業による応札、賄賂につきものの現金、豪邸、美女の愛人が十八人もいるとか、そんな精力絶倫男でもあった。その分が手抜き工事となりトンネル工事の鉄筋やセメントなどのごまかしにつながった。一番怖いのは高架橋、河川にかける橋梁の地盤工事の手抜きである。

 劉志軍失脚により、二〇二〇年までに総延長一万六千キロの新幹線拡大プロジェクトを実現する見込みはほぼなくなったため、予算が半分以下に削られた。ついで時速三百五十キロの区間は最高速度が三百キロに制限され、おなじく三百キロ新幹線は二百五十キロとされた。スピードの魅力は一気に色あせる。

 実は劉志軍は江沢民派であり、上海派を追い詰める絶好の機会を胡錦濤たちは得た。その上に降りかかってきたのが今回の新幹線大事故だ。国家の威信を失った表の政治の舞台裏で、胡錦濤ら団派が上海派をコーナーへ追い込める最大のチャンスが到来したのである。現場に飛ばされた副首相の張徳江(前広東省書記)も上海派である。上海派に上海派の追い詰めをやらせ、うまく行けば一気に次期皇帝=習近平の政治力を剥ぎ取る荒技が可能となる。

 このように事故ひとつをとっても裏面では権力闘争の熾烈さと直截に連結している。

ある日、ドカンと借金体質のツケが…


 事故直後から飛び出したのはネット世論の当局批判。「くそったれ」とか凄まじい非難が沸き上がり、新華社発表のニュースを信じる人がいなくなった。ネット世論を制御できなくなると中国が決まって用いるのが問題のすり替えである。

 中東ジャスミン革命の時は、その影響を恐れた中国共産党が一月から「ジャスミン」「チュニジア」「エジプト」などのキーワードを監視し、ネット世論を封殺した。フェイスブックやツイッターなどで呼びかけられた集会を各地で完全に押さえ込み、言論を弾圧した。しかし人災による新幹線事故ではネット世論を完全に封じ込めることが出来なくなって立ち往生した。革命以後、おそらく初めての異様な事態である。

 新幹線事故と事後処理のでたらめぶりが中国で次に何が起きるかをある程度まで予測させる。未曾有の混乱が不動産、金融、産業、社会、軍事など各方面で起こるだろう。

 その起爆剤となる事例は枚挙にいとまがない。中国の設備投資や住宅投資の行き過ぎ、インフラ整備のちぐはぐ、利権にまつわる破天荒な汚職、不動産バブル、地下鉄の滅茶苦茶な拡大。辺境にさえ乱立する摩天楼…。

 すべてが身の丈に合っていないのだ。必要のないところにも飛行場を造成し、はては自動車を千七百万台も生産して在庫が山となりつつある。原発を四百基体制にすると豪語しているが、事故が起きると偏西風で放射能が運ばれ甚大な被害を受けるのは日本だ。

 電化製品は補助金をつけて売り払った。それでも液晶テレビの在庫は一千万台。電気メーターの回っていない住宅が一説によると六千五百万戸。米国のサブプライム危機発生直前の空き家は一千万戸だったから、中国にサブプライム危機が発生すると仮定すれば米国の二倍以上の惨状となる。

 ところが中国はやることなすことあべこべで、たまりに貯まった外貨準備を駆使して日本企業の買収に乗り出した。この巨大な借金体質のツケは、ある日、ドカンと回ってくるだろう。

 高速道路の総延長キロ数はカナダを抜き去って米国に迫り、鉄道の高速化にも着手した。中国版新幹線は「縦四線、横四線」が目標で、二〇二〇年までに一万六千キロの開業を目指すとされた。目玉の北京―上海・千三百二十キロが開通したが、あけて吃驚(びっくり)、乗車率が二割しかない。

 空港を中国全土に百七十五カ所も建設し、次の五年で二百二十カ所にするという。北の果て、漠河(内蒙古自治区)や撫遠(黒竜江省、いずれも対岸はロシア)にも飛行場が建設される。

 大都市は競うように地下鉄を導入し、すでに北京は五輪直後に十四路線。ロンドンを超える営業キロ数である。上海も凄まじい勢いで地下鉄網を張り巡らせた。この地下鉄建設ブームは広州、深セン、南京、杭州、天津、武漢、成都、瀋陽、ハルビン、福州、重慶へと飛び火して止まるところがない。ところが庶民の不満のインフレを抑制するために地下鉄代金を安く据え置いたまま(たとえば北京は何処まで乗っても二元)だから、投資回収どころか赤字が膨らみ続ける。

 おまけに北京では地下鉄のラッシュ時に各駅で乗客の積み残しが常態化、上海では進行方向を間違えるというトラブル、南京は駅舎が水浸し、武漢は工事中に泥水で駅舎が冠水…と、あちこちでボロを出している。