櫻井よしこ(ジャーナリスト)

林立する海洋プラットホーム


 いま世界中が、中国の国際秩序への横暴な挑戦に警戒心を強めている。中国の侵略的行動が加速したきっかけは、アメリカのオバマ大統領が2013年9月10日、シリアへの軍事介入を否定した演説で「アメリカは世界の警察ではない」と宣言したことだった。その後、世界情勢は目に見えて混沌とし始めた。半年後の2014年3月、ロシアはクリミア半島を奪ったが、このときのアメリカの第一声は「軍事力は使わない」だった。アメリカの消極的反応を待っていたかのように、中国も南シナ海で、岩礁の埋め立てを急加速させ始めた。

 2015年7月現在、中国はスプラトリー諸島で七つの島(環礁)の「埋め立ては完了した」とうそぶき、人工島上で軍事施設の建設を続けている。火砲を搬入し、ファイアリークロス礁では3千メートル級の滑走路の建設も進行中だ。

 中国は、オバマ大統領の「世界の警察官の役割を果たすつもりはない」という宣言が本音であると確信し、「埋め立て」という名の侵略、力による現状変更に及んだと見てよいだろう。

 だが、アメリカも南シナ海の事態を座視できず、国防総省は5月に入ると、人工島から12カイリ以内への米軍機・艦船の派遣を検討すると発表した。同月20日には、最新の対潜哨戒機P8AポセイドンにCNNの取材クルーを同乗させてスプラトリー諸島海域の上空を飛び、埋め立て工事の様子や、中国海軍機から「出ていけ!」と警告を受ける緊迫した状況を、映像で全世界に流した。

 アメリカの情報公開は、南シナ海への国際社会の注目を一気に高め、中国の侵略行動に対する国際社会の抗議を促した。日本でも、南シナ海問題の日本への影響と、日本は一体が何をすべきかの議論が始まった。海上自衛隊のP3C哨戒機がフィリピン軍との共同訓練で初めて南シナ海を飛行したのも、中国へのメッセージである。

 ところが、実は南シナ海と同時に、私たちの眼前の東シナ海でも中国がほぼ同様の侵略行動に及んでいたことが、7月に入って明らかになった。東シナ海の日中中間線からほんの少し、申し訳程度中国側に入ったところで、新たなガス田開発を急速に拡大させ、関連施設(海洋プラットホーム)を次々と建造していたのだ。

 中国による日中中間線付近のガス田開発は、20世紀末から続けられ、両国の係争の種となってきた。平成10(1998)年11月までに、中国は白樺(中国名・春暁)、樫(天外天)、平湖、八角亭の4カ所でガス田の開発に着手し、各々数十メートルのプラットホームを建設してしまった。それが平成25年に新たに三カ所のガス田が開発され、平成26年にはさらに五カ所、今年はまたもや4カ所で開発された。この三年間で雨後の竹の子のように12カ所が開発されてしまっていた。それ以前の4カ所と、合計16カ所で中国は建造物を完成させたわけだ。

ジャーナリストの櫻井よしこ氏=2014年12月、大阪市北区
ジャーナリストの櫻井よしこ氏=2014年12月、大阪市北区
 それぞれのガス田には、海面から高さ数十メートルの海洋プラットホームが建造されている。各プラットホームには精製工場のほかに三階建ての作業員の宿泊所、ヘリポートなどがある。これらは後述するように容易に軍事拠点に転用可能だ。

 これらのガス田のほとんどは、北緯30度、東経125度の半径60キロ圏内に集中している。そこにガス田が広がっているという理由も勿論あるだろう。この海域には中東に匹敵するほどの資源が眠っているという指摘があり、中国の積極的攻勢は、同海域の資源の有望性を示すものと考えられる。

 ガス田はいずれも中間線近くにある。中国が白樺の開発を本格化させたのを契機に共同開発が両国間で検討されたとき、中国は、中間線から中国側の排他的経済水域(EEZ)では中国が単独で開発し、共同開発は日本側のEEZ内に限ると、驚くべき一方的主張を展開した。彼らの理屈は以下のようなものだった。《日本は中間線までの日本側の海しか領有権を主張していない。対して、中国は大陸棚が伸びている日本の海岸に近い沖縄トラフまでを中国の海だと主張している。したがって係争の海は、中間線から日本側のみであり、そこでは中国は共同開発に応ずるが、中国側の海は、そもそも日本が権利を主張していないのであるから、中国の単独開発だ》という言い分だ。

 あまりに身勝手な中国の言い分に立ち向かったのが、故・中川昭一氏だった。経済産業大臣だった氏は当時の私のインタビューで「中国の理屈は、俺のものは俺のもの、お前のものも俺のものということだ」と述べて憤慨した。中川氏は日本も試掘すべきだと決意したが、海洋大国であるにもかかわらず、当時の日本政府は海底調査船すら保有していなかった。そこでノルウェーから調査船を借り、数億円の経費を使って調査を行い、白樺及び樫は、海底で日本側のガス田とつながっていることを突き止めた。中国が計画中だった翌檜(龍井)も楠(断橋)も同様である。これでは、採掘地点が中国側であっても、ストロー効果で日本側の資源もチューチューと吸い取られる。

 このため中川氏は、平成7(2005)年7月14日、帝国石油に試掘権を認めた。帝国石油はそれまで幾度も試掘を認めるよう政府に要請してきたが、このときは簡単には首を縦に振ろうとしなかった。当時、周辺海域にはすでに海洋開発していた中国の軍艦や調査船が展開していたからである。日本の民間船が単独で出ていって無事で済むとは思えない、海上自衛隊や海上保安庁の護衛が必要だというのが帝国石油の考えであり、それは十分に理解できる要請だった。中川氏は、その護衛も検討しつつ、試掘の決断をした。

 ところが、時の首相、小泉純一郎氏は、同年10月、内閣改造を断行し、中川氏を農水大臣にポスト替えした。中川氏の後任、二階俊博氏は「私は試掘の道はとらない」と断言し、試掘は止められた。以来、日本のガス田開発の動きは止まったままだ。ただ海上自衛隊は同海域の哨戒活動を続け、この間にも中国はガスを取り続けてきたこと、この3年間、猛然と開発を加速させていることを見てきた。

 気になる情報がある。中国が傾斜掘削という手法をとっているのではないかという情報である。これは中間線より中国側に掘った井戸から、掘削パイプを海底の地形に沿うように這わせながら日本側海域に伸ばし、ガス田に到達させてガスを吸い上げる手法だという。このような技術が使われているとしたら、中国側とはつながっていない日本のガス田からも資源が盗まれることになる。これは侵略そのものであろう。