河合雅司(産経新聞論説委員)

 認知症は、誰もが、いつ発症しても不思議ではない病気である。「もし、自分がなったら」と考えたことのある人も多いことだろう。

高齢者の4人に1人


  厚生労働省研究班の推計によれば、2012年時点の認知症高齢者は、軽度者を含め約462万人に上る。予備軍とされる「軽度認知障害」(MCI)の約400万人を加えれば、65歳以上の4人に1人が該当する計算だ。

 高齢化が急速に進み、患者数はうなぎ上りに増える。厚労省は、団塊世代が75歳以上となる2025年には「日常生活自立度II」(日常生活に支障を来す場合があるが、誰かが注意していれば自立できる状態)以上の患者が470万人と推計している。

 患者は高齢者とはかぎらない。働き盛りに発症する人もいる。2009年の厚労省研究班の調査では、65歳未満の「若年性認知症」患者は約3万7800人だ。増えるのは50代後半からだが、40代以下の患者もいる。もはや「国民病」といえよう。

 患者が交通事故や悪徳商法に巻き込まれたり、万引などのトラブルを起こしたりすることも少なくない。「若年性」の場合、仕事の継続が困難で7割が「収入が減った」としているから深刻だ。

 患者の激増を食い止めることができなければ、日本社会は大きく混乱する。認知症対策を国家戦略として打ち立て、官民を挙げて解決に乗り出すことが急がれる。

急がれる根治薬開発


 取り組むべき課題は多い。まずは、治療法の確立だ。根治できる薬物療法はいまだ存在しない。政府の健康・医療戦略推進本部の専門調査会が2020年ごろまでの治験スタートを目標として定めたが、十分な予算を確保し、英知を結集してもらいたい。

 患者の数をできる限り減らす努力も怠ってはならない。根治薬と同時に予防法の開発を進めることも必要だ。食事や生活習慣への注意のほか、ウオーキングや日常会話がリスクを減らすとの研究がある。2つの動作を同時に行う訓練をすることが、進行予防に有効との指摘もある。

 認知症は、初期段階の治療で症状の悪化を遅らせることができる場合もある。そのためにも、専門の医療機関への早期受診が欠かせない。

 一方、すでに発症している患者や家族へのサポート強化も急がれる。特別養護老人ホームなどの施設が不足する一方で、1人暮らしの高齢者や高齢者同士で介護し合う「老老介護」は増えている。

 さらに介護する側もされる側も認知症という「認認介護」という言葉まで登場した。40~50代が親の介護のために離職するケースも目立つ。患者と家族を地域全体で支援する態勢の構築に全力で取り組む必要がある。

 在宅介護へのシフトを急ぐ厚労省は昨年、5カ年計画「オレンジプラン」をスタートさせた。早期診断のための医療機関を整備したり、看護師らによる「初期集中支援チーム」が自宅を訪れ、相談に応じたりする。だが、専門医や症状を十分理解してケアできる介護職が足りない。計画を充実させるには専門人材の育成強化が不可欠となる。

患者のプライド保つ


 ここまで列挙してきた課題以上に重要なのが、認知症に対する誤解と偏見を取り除くことである。

 認知症患者のすべてが徘徊(はいかい)や妄想、暴力といった症状があるわけではない。発症後も働いたり、ボランティアをしたりする人は少なくない。

 患者が落ち着いて暮らせる環境を用意したほうが症状の改善に効果的ともされ、むしろ病院に入れられたことで悪化した事例もある。

 ところが、介護する家族のほうが、自分を認識してもらえない辛(つら)さなどから疲弊しやすく、体調を崩したりする。結果的に、患者を病院などに預けざるを得ないというケースが少なくない。

 認知症は、患者のプライドを保ちながら、さりげなく支えることがポイントとされる。家族の「介護疲れ」の悪循環を断ち切り、患者が住み慣れた場所で暮らせるようにするには、行政や医療機関の支援態勢の整備はもちろん、多くの人が患者への「接し方」を知ることが大切だ。

 最近は講演などで自ら病状の啓発を行う患者も増えてきた。一部の自治体では政策に反映させようとの動きもあるが、患者の声に直接耳を傾けることから始めたい。

 患者激増時代を乗り切るには、認知症患者に寛容な社会であることが求められる。