河野邦夫(ライター)

訪問者の5割以上は女性


 イルカの追い込み漁が行われている和歌山県太地町に、シー・シェパード(SS)の活動家が訪れ、漁師らに悪質な嫌がらせを続けている。SSは、太地町を舞台にした『ザ・コーヴ』が米アカデミー賞を受賞した2010年から、活動家チームを常駐させるようになった。活動家のことを「コーヴ・ガーディアンズ」(入り江の見張り人)と名づけ、太地町のキャンペーンを全世界にアピールし、資金を寄付するよう呼びかけている。

 SSのキャンペーンは今年で6年目に入ったが、これまで参加した人数を数えると、他の団体メンバーやリピーターを含め、通算で述べ700名近い活動家が太地町を訪れている。

 読者の方々は驚くかも知れないが、訪問者の5割以上が女性であり、ほとんどが余暇を利用してキャンペーンに加わった一般人であるものの、それを反イルカ漁などの活動を生業とする一部の「プロフェッショナル」の職業活動家が統率している。

 彼らは最新の撮影機器やネット技術を活用しており、嫌がらせの手法も年々進化している。さらに、太地町へのキャンペーン参加は、活動家としての出世の階段をあがっていく登竜門としての役割も持ち合わせていることも判明した。

 私はそうした活動家ら1人1人の素性や動向を追跡してきたが、これまでの調査から、活動家とはいったいどんな人たちなのか、彼らは太地町でどんな嫌がらせを行っているのかといった実態が浮かび上がってきた。

 手元に持つデータをもとに、太地を訪れる「シー・シェパード活動家の正体」を解き明かしたいと思う。

 SSは昨年度からデンマークのフェロー諸島でも、太地町と同じような反捕鯨キャンペーンを行っている。デンマークでの活動家は欧州出身者が目立っているが、太地町に来ている活動家は割合としては米国人とオーストラリア人が多い。

 これは地理的な理由が働いているだけでなく、コーヴ・ガーディアンズが米国のSS本部が主体となったキャンペーンである点と、南極海での調査捕鯨妨害活動でイニシアティブを取っているオーストラリアのSS支部が、日本のイルカ漁にも活動することに高い関心を持っていることなどが挙げられる。

 太地町に活動家が殺到するようになった直接のきっかけはやはり『ザ・コーヴ』だったのだが、1年目の宣伝効果をふまえ、キャンペーンを継続するかどうかについては、現在、パリに逃亡している創始者のポール・ワトソン容疑者(64)が最終判断を下したようだ。

 太地町の反イルカ漁キャンペーンは「可愛くて頭の良い動物が殺される」という人間の感情論に訴えるものであり、ワトソン容疑者の頭の中には、他のキャンペーンに比べても集客力があるとの認識があったようだ。

 キャンペーン自体にショー的な要素も強く、太地での活動は当初からSSの最重要キャンペーンの一つとして、位置付けられている。3年目ごろからは米豪以外にも、欧州など他の地域の活動家も目立つようになった。

 もう1つのSSの重要キャンペーンである南極海の調査捕鯨妨害キャンペーンに比べると、インフラや生活環境の整い、安全で快適に滞在できる日本国内でのキャンペーンは、体力的なハードルも低い。統計でみれば、参加した活動家の54%が女性だった。また女性は、可愛らしいイルカを守りたいという気持ちが男性よりも強いのかも知れない。

キャリアアップになる太地での運動


 活動家は大まかには2種類あり、1つはそれぞれの国で本職を持ち余暇を利用して太地町を訪れるアマチュア活動家、もう一つは日本で長期滞在が出来る、定職を持たない「プロ」の活動家である。

 太地での運動に参加することは、プロの活動家にとって、キャリアアップの位置づけにもなっているようだ。

 欧米やオーストラリアのメディアは、イルカ漁をやめさせるためにわざわざ太地まで訪れた活動家のことを記事に取り上げる傾向にある。ワトソン容疑者をはじめ活動家がTV出演を果たすケースもある。そうして、SSの顔として内外から認められるようになり、幹部としての階段を上がるのだ。

 2003年にSS活動家として初めて太地町を訪れ、逮捕された人物がいる。ワトソン容疑者の右腕であり、側近中の側近、オランダ出身のアレックス・コーネリソンだ。

 現在はSSグローバルのディレクターという肩書きを持ち、団体の事実上のトップ。太地の後に最重要幹部までのぼりつめた出世頭である。

 コーヴ・ガーディアンズの1年目のリーダーを務めた米国人の活動家、スコット・ウェストと2年目のリーダー、南アフリカ出身の女性活動家、ロージー・クネケ、そして、その後を引き継いだ米国人女性活動家、メリッサ・セーガルも太地での実績が認められ、SS内で確固たる地位を得た。

 スコット・ウェストは米国環境保護局(EPA)の元主任捜査官で、50歳で退職してからSSに加わった。団体内でキャリアを積んだ活動家とは異なり、犯罪捜査員としての実績をかわれ、最初から団体内ではVIP扱いだった。

 太地のキャンペーン以外にも米オレゴン州で行われたダム関連のキャンペーン、さらには昨年度のデンマークのフェロー諸島のキャンペーンでもリーダーを歴任しており、ワトソン容疑者からの信頼が厚いのはこのことからもわかる。

 ウェストは太地町以外の場所でも日本で活動場所を広げようとしていた。1年目のキャンペーン終了後、岩手県大槌町のイシイルカ漁をターゲットにしようと現地を訪問。その矢先に東日本大震災の津波に遭遇して、命からがら帰国した経緯を持つ。

SSと距離を取る活動家も


 2012年度以降、法務省はSSのリーダー格を入国拒否にする措置を取っている。これまでの対象者は15人程度に上るという。

 入国拒否により太地町に来ることができなくなった活動家は他のキャンペーンに派遣されることも明らかになってきた。

 SS南アフリカ支部を立ち上げたロージー・クネケは、祖国の金融機関でマネージャーを辞めた後に、SSに加わったインテリだ。太地の後、南極海での調査捕鯨妨害活動に加わり、 デンマーク・フェロー諸島でのキャンペーンでリーダー格を務めている。今年7月には現地で過激な妨害行為を働いたとして逮捕され、筋金入りの職業活動家の道を突き進んでいる。

 こうした動きとは相反して、太地の後に、SSと距離を取る活動家もいる。2011年度から2年半太地町のキャンペーンリーダーを務めたメリッサ・セーガルのケースがこれにあてはまる。

 彼女は太地への長期滞在を5回繰り返した。本来の法務省のSS対策から推察すると、極めて例外的なケースと言えるのだが、ついに昨年12月に入国拒否措置を受けた。

 彼女は元々、米国で最大の動物愛護団体「PeTA」に所属していたが、30代になってSSに転身、太地でのキャンペーン統率も大過なくこなし、団体内でも信頼が厚かった。

 しかし、先頃、セーガルはフェイスブック上でSSから脱退した事を明かした。彼女は「真のアクティビズムとは一人の人物のエゴよりも大きな大義に取り組む事。私はもはや組織や力関係には関わらない」と書き記し、SSが数少ない人物の方針で運営されていることを暴露した。

 SSのような巨大組織は徹底したヒエラルキーと管理システムがあり、それに不満を持って去るメンバーが多いとは聞くが、セーガルもその一人となったようだ。