佐々木正明(産経新聞社外信部記者)

 9月1日、和歌山県太地町で地元の食文化を支えてきた追い込みイルカ漁が解禁された。この日にあわせ来日した米国籍のイルカ保護活動家、リチャード(リック)・オバリー氏(75)が、行く先々で騒動を引き起こしている。

 静岡県伊東市の親善大使に任命されたとうそぶき、太地町では飲酒運転の末、旅券不携帯で摘発され、翌々日には懲りずに車を運転し自損事故を起こした。世界のイルカ保護運動に影響力を持ち、昨今の水族館イルカ問題でも主要プレーヤーとなったオバリー氏の言動は、太地町の漁師らが生活の糧としてきた営みを貶め、彼らの誇りや尊厳を傷つけている。オバリー氏は自らが招く摩擦が、日本社会とイルカ保護運動全体に大きな亀裂を起こしていることを把握しているのだろうか?

 太地町は、追い込み漁をスパイ映画のようなタッチで隠し撮りした米作品「ザ・コーヴ」(入り江の意味)が2010年にアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞して以来、世界のイルカ保護活動家にとって、悪名高き「聖地」になった。

 オバリー氏は1960年代、水族館で飼育されたイルカの調教に従事していたが、その後、テレビ番組に一緒に出演したイルカが死んだのを契機に、イルカ保護の立場に身を転じた。ザ・コーヴでは主役として登場し、世界的に名を馳せた。かつては反捕鯨団体シー・シェパード(SS)と協調路線を取っていたが、今は一線を画し、自らの団体「リック・オバリー・ドルフィンズ・プロジェクト」を組織して、国内外の活動家たちを束ねている。活動資金は、支持者から集めた寄付金だ。

 2003年から追い込み漁の反対キャンペーンを始めたオバリー氏にとって、漁解禁前の毎年8月末に訪日するのは定例だった。今年も8月27日に来日した。

オバリー氏が伊東市の親善大使に任命!?


 オバリー氏は到着するとその足で、静岡県伊東市にいる元イルカ漁漁師の元を訪ねた。同市富戸漁港はかつてイルカ漁を行っていたが、国内外からの批判が高まり、イルカを殺す漁をやめ、イルカを愛でるウォッチングビジネスを始めた。保護活動家にとっては、漁師らにイルカ漁を諦めさせる好例の手法を示す場所でもあった。

静岡県伊東市の佃弘巳市長と握手するリック・オバリー氏。「親善大使に任命された」とうそぶいた(オバリー氏のサイトより 削除済み)
静岡県伊東市の佃弘巳市長と握手する
リック・オバリー氏。「親善大使に任命さ
れた」とうそぶいた
(オバリー氏のサイトより 削除済み)
 28日夕方、オバリー氏の団体はツイッターで「オバリー氏が伊東市の大使に任命された」と速報をうった。オバリー氏と元漁師、そして伊東市の佃弘巳(ひろみ)市長が笑顔で3人並ぶ記念写真が添付された。

 自身のフェイスブックページでも、オバリー氏は佃市長とがっちり握手する2ショット写真を掲載し、「ワオ、なんという嬉しい知らせだ。市長が私を伊東市の親善大使に任命した。日本人と敵対するのではなく、一緒に働くことは報われるのだ」というメッセージを流した。

 この知らせはまたたく間に世界中のオバリー氏の支持者らの間で広がっていった。

 「おめでとう。大きな名誉だ」「伊東市長に感謝を申し上げる」「あなたは、本当にレジェンドな人だ」

 ネット上の反応はあっという間に数千に膨らんだ。支持者たちは誰もがアカデミー賞作品主演のカリスマの言葉を信じた。

 ところが、3日後の週が明けた月曜日、大使就任は真っ赤なウソだったことがわかる。31日朝、佃市長は声明を出し、「親善大使に任命した事実はありません」と完全否定した。市側はオバリー氏と元漁師に抗議して、公式サイトから「大使任命」の誤った情報の即時削除を要請した。

 佃市長は相当に脇が甘かった。オバリー氏の言われなき非難に悩んできた太地町の住民だけでなく、永田町や霞ヶ関の関係者にも多大なる不信感を抱かせた。どんなに弁明してもオバリー氏を市役所に招き入れ、記念写真を撮影したことは明かな事実だからだ。少し調べれば、オバリー氏がこれまでも何度も騒動を引き起こしてきた「要注意人物」(治安関係者)であることがわかったはずだ。

 問題はオバリー氏サイドが情報の削除には応じたものの、なぜ削除したかの説明責任や混乱を引き起こした謝罪を一切していないことだ。この騒動は表面上まるでなかったかのようになっている。

 しかし、英語のサイトでは9月に入ってからも「オバリー氏、伊東市大使就任」の情報は出回っている。伊東市側も「英語での声明を発表するつもりはない」としており、積極的にこのスキャンダルの火消しを行っているようには見えない。

 イルカ漁問題はこれまでもこうして、オバリー氏のような活動家が横のものを縦にするような虚偽の情報を流布し、その情報を海外の人々が正しい情報として受け入れ、漁師に対する非難のボルテージを上げるという負のサイクルが続いてきた。支持者はカリスマが物事を歪めて伝える情報に、煽動された。

 オバリー氏がなぜ「親善大使任命」などと高らかにうたったかは不明だが、伊東市長との面会を利用して、自身の行動に箔をつけようとした意思があったことは間違いない。

和歌山では飲酒運転


 そうして、オバリー氏は9月1日の漁解禁にあわせて太地町に乗り込んできた。毎年9月1日には、追い込み漁が行われる入り江で支持者らと一緒に「イルカを救え」パフォーマンスを行うことになっている。常宿は近接する那智勝浦町の高級温泉ホテルだ。「オバリー氏は、豪華な宿泊費さえもイルカ漁の漁師を虐めて得た寄付金から払っている」。オバリー氏の行動を煙たがる漁業関係者はこう揶揄する。

 前日の夜、オバリー氏は自らレンタカーを運転して、那智勝浦町内の居酒屋に1人で出かけた。翌日のパフォーマンスのための景気づけだったのだろう。ビールを飲んで食事をして、2軒目の中華料理屋にも出向いた。そうして、ほろ酔い気分でホテルへ帰ろうとした。

 ところがその様子を見ていた地元民がいた。「オバリー氏が酒を飲んで、車を運転している」。この情報を和歌山県警新宮署に通報した。

 9月1日は、警察にとっても警戒を強める日だ。海外から訪れる活動家が不測の事態を起こす恐れがある。米国や英国などでは動物を守るためなら人間に危害を加えることも厭わない「環境テロ」が社会問題化していた。警察や海上保安庁は海外での事例を研究し、毎年、訓練を行って警護態勢を強化していた。

 通報を受けた新宮署の警察官はオバリー氏に職務質問した。すぐに呼気検査を実施した。だが、摘発するレベルのアルコール分は検出されなかった。警察官は身分証明書の提示を求めた。しかし、このとき、オバリー氏は運転免許証も旅券も所持していなかった。

 治安が悪化している国ではこの時点で不審人物と判断され、署に連行されるケースも多いだろう。しかしここは日本だ。警察官はオバリー氏に、ホテルにいったん戻って旅券や運転免許証を取ってくるようやんわりと促した。

 ところが、オバリー氏はこの提案を拒否した。頑な態度をふまえ、新宮署は厳格に法を執行することを決めた。出入国管理法違反(旅券不携帯)の現行犯逮捕。そうして「オバリー容疑者」は署に連行された。警察幹部は「オバリー氏には遵法精神がみられない」と語った。

 米アカデミー賞作品主演活動家の逮捕のニュースは国内外の通信社が「速報」で報じた。支持者たちは警察の姿勢に反発した。「なんと馬鹿げたことだ!」「警察は即座に釈放せよ」「むかつく。だから日本はきらいなんだ」

 自らも「イルカ漁について明確に反対する」と言う脳科学者の茂木健一郎氏も不快感を示した。「オバリー氏逮捕」のニュースを目の当たりにし、ツイッターでこうつぶやいた。
茂木氏のツィッター
茂木氏のツィッター
 「『ザ・コーヴ』の監督(★ママ)の逮捕、形式的には違法なのかもしれないが(旅行者に常に旅券の携帯を求めるという法律自体問題で、提示を求められたら近隣の警察署で二日以内に示す、といった条文が妥当だと思う)、諸外国に対しては日本の市民的自由について、むしろネガティヴな印象を与えると思う」

 茂木氏はさらに「京都を歩いている家族連れの外国人旅行者が、旅券不携帯で逮捕されることはないでしょう」ともつぶやき、和歌山県警の姿勢を暗に非難した。

 しかし、交通事故が多発し、飲酒運転には厳格な取り締り規制を敷いている日本で、運転免許証も持たずに居酒屋に行き、酒を飲んで帰りも平気で車を運転している人がいるのであれば摘発するのは当然ではないか。この時のオバリー氏の態度は、「京都を歩いている家族連れの外国人旅行者」とは違うのである。

 オバリー氏は警察署でお灸を据えられて、1日後の9月1日夜に釈放された。入り江でのパフォーマンスは主役抜きで行われていた。娑婆に出た後、オバリー氏は吠えた。団体のHPにはこんな声明が掲載された。

 「オバリー氏は、高まる太地町への圧力と『日本の過激で、極右でラジカルな政府』が相まって、西洋人を危険な立場に追い込んでいると考えている。オバリー氏は『彼らは西洋人をすべて懲らしめようとしている。命令はもっと上の方からやってきた。地元警察ではない。私達はいつも地元警察の人たちと仲良くしているからだ』と言った」

 オバリー氏の息子、リンカーン・オバリー氏は米3大ネットワークのNBCニュースの取材に対して、こう答えた。釈放後、父親と電話で事情を聞いていた。

 「(酒を飲んだという)耳よりな情報は、父を夕食の席で見つけた地元のレポーターからもたらされたのかもしれない。パパラッチに仕組まれたのだ」

 リンカーン氏はNBCに対して不満をぶちまけ、「75歳の父は警察官から尋問される留置場で落ち着かない一夜を過ごした」とも訴えた。

 しかし、オバリー氏は元気だった。ホテルへと帰り、翌日の2日、早朝から太地町に出向き、漁師たちの様子を監視した。

度重なる騒動に
地元住民はあきれ果てている


 オバリー氏は懲りずに自分でレンタカーを運転した。波止場内の駐車場に車を止めようとした際、段差があることに気付かずに、そのまま前へ突っ込み、タイヤが段差に乗り出して、運転不能になった。
オバリー氏は、警察署から釈放された翌日の9月2日朝、太地町で自損事故を起こした(地元住民提供)
オバリー氏は、警察署から釈放された翌日の9月2日朝、太地町で自損事故を起こした(地元住民提供)
 自損事故。オバリー氏はつい数時間前まで滞在した警察に通報した。当時、周りに車や歩行者がいなかったことが幸いした。本人にも他の人にもケガはなかったが、一歩間違えば、大けがを負う危険性もあった。
オバリー氏は、事故った車の前で、ピースポーズをした(地元住民提供)
オバリー氏は、事故った車の
前で、ピースポーズをした
(地元住民提供)
 現場で事故処理が行われ、レンタカーはレッカー車で運ばれた。何事かと周囲に人が集まりだし、オバリー氏はピースポーズを示して住民におどけて見せた。

 イルカ漁が始まり、のどかな町には警察官と外国人活動家が往来し、住民らはこの時期、タダでさえナーバスになる。オバリー氏が引き起こした度重なる騒動について、地元住民は「もうほとほとあきれ果ててる。はやく出て行ってほしい」と嘆いた。

 オバリー氏を一躍有名にした「ザ・コーヴ」は公開後すぐに事実誤認にまみれていることがわかった。日本語版上映の際、日本の制作会社が明らかに間違いの部分を省くという修正を行ったほどだ。あらゆるシーンの検証の結果、ルイ・シホヨス監督らは、撮影された時期も場所も異なる映像素材を組み替えて編集してあるはずもない場面を生み出したり、CGを駆使して虚像を作り出したりした疑いも浮上した。

 当の本人のオバリー氏はそうしたトリックのあるザ・コーヴの弱点があることを見越し、一切制作には関与していないという立場を取り続けた。「私は漁師に自分の価値観を押付けたことは1度もない。私は映画の出演に応じただけだ」と逃げをうち、さらに住民らの不信感を増幅させた。

 オバリー氏が太地町を訪れるようになってもう12年になる。しかし、もう何年も太地町の住民はオバリー氏とまともな会話をしていないのではないか。あの手この手で漁を止めさせようとしたが、漁師たちは合法で持続的可能な捕獲量で行われている漁を決して止めるつもりはない。むしろ、地元の漁師たちはオバリー氏やシー・シェパードのような「外敵」がいるからこそ結束し、食文化を守るための営みを次世代にもつなごうとする気概にあふれている。

 しかしながら、オバリー氏が派手な立ち回りをすればするほど、支持者たちからの寄付金が彼の懐に落ちるビジネスモデルが成立してしまっている。支持者たちは、太地にこだわるオバリー氏の執念を褒め称える。しかし、住民たちは「オバリー氏はイルカ保護という利権を守っているのだ」と非難している。

 イルカ漁をめぐる不毛な騒動は今後も続いていく。太地を訪れ、パフォーマンスを行う活動家たちは自分たちの行動が反発を呼ぶだけで、むしろイルカ漁の停止から遠のかせてることに気付いていない。