別冊正論23号「総復習『日韓併合』」より


別冊正論編集部


語りかける〝小冊子〟


 別冊正論『総復習「日韓併合」』の編集作業で、国立国会図書館の蔵書を調べていた時のことだ。『昭和五年朝鮮風水害誌 朝鮮總督府』と簡素な白無地の表紙に題された一冊の報告書が目に付いた。

 別冊正論より一回り大きいものの、記載わずか43頁の、本というより冊子という方がいいものだ。1千頁級の長大な書籍をはじめ東京本館だけで約2500万点といわれる膨大な蔵書の中で偶然出合ったこの小冊子は、まるで「もう一度読んで!」と訴えているようだった。

 冒頭、「凡例」でこう述べている。

「一 昭和五年の風水害は朝鮮未曾有のものなるを以て之が狀況を編述し、將来の參考に資せんとするものなり 一 本誌は昭和五年六、七月中に惹起(じゃっき)せる数囘(かい)の水害及風害全部に就き調査蒐録(しゅうろく)せり 一 本誌は主として罹災者救恤(きゅうじゅつ)方面より観察編(へん)纂(さん)せるものなり 昭和六年六月 日 朝鮮總督府内務局社會(しゃかい)課」

 目次は大きく「口繪(くちえ)」「一、状況」「二、被害の状況」「三、皇恩優(ゆう)渥(あく)」「四、罹災者の救助」「五、義捐(ぎえん)金品の募集と分配」「六、救濟實施(じっし)計畫(けいかく)(附罹災者移住状況)」。そして「附録」として「一、義捐金百圓以上の寄附者調(しらべ) 二、各地の雨量 三、重なる河川の水位調」。

 未曽有の風水害に当たり、概況として記録するのは、ひとえに将来の防災対策の参考にするためであり、度重なる全ての被害状況を調査し、被災者の救助・支援の視点から観察・編集した、という。

 この記述は、被災者への深い同情と、痛ましい被害を再び繰り返すことのないよう防災対策をしっかり講じなくてはいけない、という願いと決意のように読める。
 

 一枚の写真に浮かぶ担当者の視線

 
 「口繪」の被災地写真八枚のうちの一枚は、慶尚北道軍威郡缶渓面(面は村)大栗洞で7月15日に発生した山津波(土石流)被災地の一コマだ。説明は「水害狀況寫眞(其の六)同上屍體運搬状況」。
朝鮮総督府『昭和五年朝鮮風水害誌』より
朝鮮総督府『昭和五年朝鮮風水害誌』より
 農道を、3人の男性と1人の少年が茅に巻いた犠牲者を担架で運んでいる。3人は裸足。前後を担ぐのは村の壮年の男たちだろうか。

 枕元に寄り添う年配の男性は髷(まげ)を結い、はだけた胸にあばらが浮く。その表情は悲しみのあまり呆然としているようにさえ見える。

  足元に付き添う少年は埋葬にでも使うのか木の棒を手にし、背負子に筵(むしろ)などを積んでいる。悲しげな顔のその頬は、まるで涙の跡が
ついているようにさえ見える。年配の男性と少年は父子だろうか、そして犠牲者は妻であり母であったのか。

 暴風雨が去った後の一見のどかな田園を、照らし付ける強い夏の日差しが、この悲しみを際立たせているようで、まことにいたましい。

 総督府から派遣された担当職員らが、奥深く貧しい農村の被災地にいち早く駆けつけ、被害状況を詳しく調べながら、被災者の悲嘆や辛苦に真摯な視線を向けたからこそ、この情景が写し出され、「凡例」の言葉が述べられたのだろう。

四たびにわたる被害


 「概況」によると、朝鮮では毎年7、8月に長雨があり「多少の水害」はあるが、昭和5年は6月下旬から南鮮地方に豪雨があり忠清南、全羅南北の三道に激甚災害をもたらした。

 7月中旬にかけては朝鮮中部から北鮮地方に断続的に豪雨があり、さらに日本海に面する慶尚南北、江原、咸鏡南北の五道は強烈な暴風雨が襲来。河川の氾濫、土砂崩れ、高波などが各地に起き「罹災民の窮狀其の極に達し朝鮮未曾有の慘害を惹起するに至りたり」と述べている。
山津波に襲われた慶尚北道軍威郡缶渓面大栗洞の中心部。山鳴りと同時に土石流が起き、約20分で70戸余が呑まれ62人が犠牲になった(『昭和五年朝鮮風水害誌』)
山津波に襲われた慶尚北道軍威郡缶渓面大栗洞の中心部。山鳴りと同時に土石流が起き、約20分で70戸余が呑まれ62人が犠牲になった(『昭和五年朝鮮風水害誌』)
 被災面積は1万415平方里に及び、被害がなかったのは平安南北と黄海の三道のみだったという。

 一度目の被害は、シナ南部に発生した低気圧が東シナ海から6月21日、さらにシナ安徽省と揚子江(長江)流域の低気圧が28、29日に相次いで南鮮地方に到達した。

 二度目は、シナ山東地方から台風が蛇行しながら朝鮮に達し7月3―6日を中心に中部、南部で豪雨。

 三度目は、台湾付近から北西に進んだ台風と満洲に停滞する低気圧の影響で7月13日を中心に中部朝鮮が未曽有の豪雨に。

 四度目は、長崎付近を襲った台風が北東に移動しながら7月18日に朝鮮半島を南北に縦断した。

 仁川観測所がまとめた6月20―7月15日の主要都市の総降雨量一覧を見ると、京城714ミリ、全州490ミリ、大邱329ミリ、釜山274ミリなど、期間の長さからすれば珍しくない数字だが「今回の豪雨は降雨期極めて短時間なると場所に依り甚だしく差等あり 一例を示せば全北(全羅北道)井邑郡泰仁面の如き7月11日の数時間に330粍(ミリ)の降雨ありたるが如き狀況を以て右表に依り全般の雨量を推定するは至難なるべし」と注釈がある。

 今日の日本で頻発する局地・短時間型の集中豪雨が何度も襲来したと思われる。