早稲田塾講師 坂東太郎のよくわかる時事用語
THE PAGEより転載
 中村修二教授らのノーベル物理学賞受賞に沸く日本ですが、10日午後(日本時間)に発表されるノーベル平和賞には、「日本国憲法9条を保持してきた日本国民」がノミネートされています。ノルウェーのオスロ国際平和研究所(PRIO)が受賞予想のトップ候補に挙げたこともあり、結果に注目が集まっています。日本人の平和賞といえば、「非核三原則」を打ち出した佐藤栄作元首相が過去に受賞していますが、憲法9条は人でも団体でもありません。

 ノーベル平和賞はどのように決まるのか、過去の受賞例を振り返りながらみていきましょう。
1994年12月10日、中東和平に貢献したとしてノーベル平和賞を受賞したパレスチナのアラファト大統領(左)イスラエルのペレス外相(中央)とラビン首相の3氏(ロイター/アフロ)
1994年12月10日、中東和平に貢献したとしてノーベル平和賞を受賞したパレスチナのアラファト大統領(左)イスラエルのペレス外相(中央)とラビン首相の3氏(ロイター/アフロ)

申請して受理されるには?


 ノーベル賞とはダイナマイトの発明で知られるノーベル(1833~96年)が築いた巨額の遺産ほぼ全額を基金として創設された賞です。簡単にいってしまうと「スウェーデンの賞」(ノルウェーはノーベル存命中はスウェーデンとの連合王国だった)。「物理学賞」「化学賞」「経済学賞」がスウェーデン王立科学アカデミーによって、「医学生理学賞」はスウェーデンの医科大学が「文学賞」はスウェーデンの語学研究所が決定します。平和賞だけがノルウェーです(1905年に連合解消)。ノーベルの遺言に基づく措置ですが、理由までは分かっていません。

 まず前年の9月から候補者の推薦を受け付けます。ノルウェー・ノーベル委員会(5人)が各国の政府(国務大臣)、国会(国会議員)、研究機関(大学教授など)および過去の受賞者や過去・現在のノーベル委員会委員などに候補者推薦要項が届けられます。平和賞だけは個人だけでなく団体も受賞対象となります。

 翌年2月に締め切られ、選考スタート。委員会を中心に多くて20程度に絞り込みます。近年の傾向ではこの段階まで達するのに候補者の10分の1程度となっているようです。候補者名も選考過程も秘密で50年経つと研究目的のため公開されます。10月に受賞者を発表し、12月に授賞式という運びです。今回の憲法9条は市民団体が推薦を目指し、候補者を推薦できる大学教授らの承諾を得てノミネートの運びとなりました。

 平和賞は、1901年から始まる古い賞で、第一次世界大戦時(1914~16年)と第二次世界大戦時(1939~43年)は「該当なし」でした。

どんな選考基準があるの?


 選考過程が秘密なのでハッキリとは分かりません。ただ受賞者の受賞理由から大まかな傾向はうかがえます。第二次世界大戦前は文字通りの平和運動家や世界秩序の安定化や紛争を停止した政治家などに多く贈られてきました。

 戦後は幅がやや広がり、人権擁護や民主化が大きなキーワードになっています。強権が振るわれている地域での活動家などです。国際原子力機関(2005年)など軍備縮小の歩みを刻んだ受賞も多くみられます。加えて最近では国連気候変動に関する政府間パネル(07年)のように環境保護へも高い評価を与えている傾向があります。

過去の受賞例は?


「ノーベル平和賞」1990年以降の主な受賞者
「ノーベル平和賞」1990年以降の主な受賞者
 ノルウェー・ノーベル委員会委員はノルウェー国会によって選ばれ、ほぼノルウェー人と考えていいでしょう。現在の構成もそうなっています。ただしノルウェー政府は常々「政府とは関係ない独立機関」との見解を述べてはいるのです。

 ただ、本当にそうなのでしょうか。例えば1994年の受賞者はパレスチナ紛争に一定のメドをつけてイスラエル建国で住む場所を失ったパレスチナ人とイスラエルの間で、前者の暫定自治政府を認める「オスロ合意」に積極的に関わったとしてアラファト・パレスチナ解放機構(PLO)議長、ラビン・イスラエル首相、ペレス同外相に与えられました。「オスロ合意」の名でわかるように交渉の中心的存在だったのはノルウェー政府です。

 ただこの「政府とは関係ない独立機関」が役立つ場面もあります。例えば、中国の民主化運動指導者で服役中の劉暁波氏が2010年に受賞した際には面目丸つぶれの中国政府が猛反発しました。中国は敵視するチベット指導者ダライ・ラマ14世にも1989年に贈られた過去もあり頭に来たのでしょう。それでもノルウェー政府は平然と例の「政府とは関係ない独立機関」論で押し切ってしまいました。こうなると委員会と政府を一体とみなし(一体なのだが)、挑発を続けると中国の国際的印象が悪くなるので、これ以上強いず「無視」という形で通り過ぎさせてきました。

 政治的な配慮が過ぎるという批判もあります。2012年受賞の欧州連合(EU)はまさに欧州債務危機の最中でEU崩壊かと不安視する向きもある中でした。応援のメッセージがなかったとは誰も思わないでしょう。「核なき世界」演説が評価された米オバマ大統領の受賞(09年)も「話しただけでノーベル賞か?」と疑問視されました。これもまた一種の応援とみなされます。

 なお今回の「日本国憲法9条」がノミネートにまで至ったのもまた一種の「励まし系」でしょう。集団的自衛権の行使容認など安倍晋三政権の「9条骨抜き」批判への応援とも推測できます。ちなみに法律は受賞対象ではないので、受賞すれば対象は「日本国民」となります。

 日本人の受賞者は1974年の佐藤栄作元首相のみ。在任中の1968年の国会答弁でいわゆる「非核三原則」(核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず)の基本方針を答弁したのが直接の評価とされています。しかし日米安全保障条約下で基地を提供している日本に米軍が核兵器を持ち込んでいないととは考えにくく、近年の公文書公開などで佐藤首相は持ち込みを知っていて日米首脳会談で米ニクソン大統領との間で密約していたのがほぼ確実となっています。

突出する日本の「ノーベル賞信仰」


 ノーベル賞が日本で事実上「世界最高の賞」と位置づけられる理由として、もちろん選考委員の努力があったことは認めますが、それにしても評価が絶大すぎます。現に他の北欧の賞があまり注目されてもいません。

 そうなった最大の理由は、日本人で初めて受賞(物理学)した湯川秀樹博士(1949年)が、文字通り性格的にも思想的にもすぐれていたので、その類推を後の受賞者に重ねるからでしょう。また湯川博士はすぐれた文章家で、多くの人に著作を通して親しまれたので、教育者のイメージも重ねられているように感じます。

 さらにいえば、湯川博士の受賞が敗戦直後であり、打ちひしがれた日本人に誇りを取り戻す効用があった点も見逃せません。


ばんどう・たろう 毎日新聞記者などを経て現在、早稲田塾論文科講師、日本ニュース時事能力検定協会監事、十文字学園女子大学非常勤講師を務める。著書に『マスコミの秘密』『時事問題の裏技』『ニュースの歴史学』など。【早稲田塾公式サイト】